長編9
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縁切り神社

由紀さんはもともと同じ病棟で働いていた先輩で、由紀さんが転職する前はよく2人でご飯を食べに行く仲でした。

由紀さんが転職してから久しぶりに食事に行こうという連絡があり、約1年ぶりに会った時に聞いたお話です。

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「最近さ、縁切り神社に行ったのよ」

「縁切り神社ですか。縁を切りたい人がいたんですか」

「実はね、ストーカー被害にあってて」

「ええ!ストーカーですか?!大丈夫なんですか」

「うーん、たぶん」

「たぶんって…心配ですよ。知ってる人なんですか?」

「まったく知らない人。いろいろ聞いてほしくて」

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転職後、大体最寄りの駅に着くのは21時すぎ。早い時間とは言えないが、夜勤がなくなったためかなり楽になった。

駅から家までは徒歩15分ほど。駅を出て1つ目の横断歩道で信号待ちをしていると、視線を感じた。

周りを見ると、右斜め後ろの男がこちらを見ていたが、由紀は特に気にすることなく横断歩道を渡る。

すると、横断歩道を渡り切ったあたりから先ほどの男が由紀のすぐ真横を同じペースで歩き始めた。

驚いて男を見ると、男もこちらを見ており目が合う。顔を90度曲げ由紀を見ながら歩いていたのだ。

少し怖くなった由紀は歩くペースをあげ男と距離をあけようと思った。

3つほど横断歩道を渡ったところで赤信号にひっかかり立ち止まる。

もう大丈夫かなと後ろを振り向くと誰もいなかった。

安堵してほっと一息つき、何となく車道を挟んだ反対側の歩道に目をやると、男は顔だけを90度曲げ由紀を見ながら立ち止まっていた。

「ひゃっ…!」

思わず声が出て、一瞬体が固まったような感じがした。

女性なら尚のこと分かると思うがこれはなかなかに怖い。

横断歩道を渡った先にすぐコンビニがある。あと2,3分歩けばすぐ家だったが、家を知られるかもしれないと思いコンビニに駆け込んだ。

すぐに父親に電話をかける。由紀は実家に住んでおり、両親ともに家にいる時間。父親に迎えに来てもらおうと思ったのだ。

繰り返すコール音、なかなか電話にでない父。男のせいなのか、数メートル走ったせいなのか、脈は速く動悸を感じていた。

父は電話に出ず、急いで母に電話をかける。

3コールほどで「もしもし」と母の声が聞こえた。

「お父さんいる?」

「いるよ。部屋で仕事してるかな」

「代わって!」

「はいはい、ちょっと待って。」

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「どうした?」

少しして父が電話にでる。

男の話をして、迎えを頼んだ。

「男はまだいるの?」

雑誌が並んでいるあたりから外を確認したが、男の姿は見えなかった。

「たぶん、ぱっと見た感じではいない…」

「そっか。すぐに行くからコンビニから出ないで待ってて」

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10分ほどで父が迎えに来た。

2人でコンビニをでて周りを見渡すが男はいなかった。

家に帰ると母が心配そうな顔で出迎えてくれた。

父もまた男が現れたら迎えに行くから、コンビニやスーパーに逃げ込んでいなさいと言ってくれた。

次の日からの帰り道はかなりソワソワ、キョロキョロしながら歩いていたため周りからしたら由紀が不審者のように見えていたかもしれない。

2週間ほど経った日、いつものように21時ごろに駅に着き、1つ目の横断歩道渡ろうとした時、1メートルほど右側にあの男がいた。注意深く周りを観察してここまで来たはずなのに、いつからいたのか、少しニヤついてこちらをみている。

どうしようかと悩んだが、由紀は駅まで走って引き返すことにした。

トイレに逃げ込みたくなったが、人が多いほうがいいと思い駅ナカの本屋に入った。

その日は父親に車で迎えに来てもらった。

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まだ2回しかその男を見ていなかったが、初めて見た日の男が由紀にとってはあまりにも怖かった。

体は正面を向いているのに顔だけを90度曲げ、こちらじっと見つめてくるあの姿が忘れられない。

いつ、どこで現れるのか、同じ電車にも乗っているのか、自分が気が付いていないだけでつけてきているのではないか…毎日神経質になりストレスも大きかった。

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翌週も駅から家に向かう1つ目の横断歩道にあの男がいた。少しニヤついてこちらをみている。駅に引き返そうと思ったが、ふと家の方向が同じだけで、自意識過剰なのかもしれないという考えが浮かぶ。

その日は駅に引き返さず、横断歩道を渡った。

少しゆっくり歩く。男も由紀の後ろを少しゆっくり歩く。歩くペースを上げる。男も歩くペースを上げる。

そしてすぐ横に並び、顔だけこちらをむいてニヤニヤとしている。

ああやっぱり、わざとついてきてたんだ…と後悔。

仕方なくスーパーに逃げ込み父親に電話した。

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「由紀ちゃん最近顔色悪いけど大丈夫?」

職場の先輩が心配そうに声をかけてくれ、実は…と男のことを相談する。

「ええ、それストーカーだよ!怖いね…。事務のSさん知ってる?あの人元警察官だよ、相談してみたら?」

先輩のすすめもありSさんに相談してみたところ、何かあってからでは遅いこと、私以外にも被害女性がいる可能性なども考え、直接警察署に行って相談してみるのがいいと言われた。

また、防犯ブザーを買うよう勧められたため、その日のうちにネットで注文した。

(護身用だとしてもスタンガンは傷害罪になること、催涙スプレーも相手の目に入り失明した場合傷害罪になる可能性があることも教えてくれた。正当防衛はナイフで襲い掛かってくるなど、よほどの事態ではないと認められないことも多いらしい)

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その週の金曜日に有休をとり、午前中地元の警察署へ向かった。

警察署に来るのは初めてで、何か悪さをしたわけではないが妙に緊張して脇汗が止まらない。

受付の年配女性が要件を聞いてきたので、ストーカーのような被害にあっていて相談をしたいと伝えた。相談は初めてか、電話での相談はしたかなどを聞かれ、氏名・住所・電話番号を記入するよう用紙を渡された。

用紙を書き終えると番号札を首からかけ椅子に座って待つように言われる。

5分ほどしたところで男性警察官が由紀の前に立ち、警察手帳を広げ「生活安全課の安納です。」と名乗ってきた。由紀さんですか?と聞かれ、はいと頷くと、こちらへどうぞと2階の個室に通された。

部屋には机が一つと椅子が対面で2脚ずつ置かれている。部屋の奥には扉があり、奥に生活安全課の部署があるようだった。

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「ストーカーに悩まれているということでお間違いないですか?」

「はい…あの、こちらまとめてきました。」

事前に男についての出来事、日時、見た目などをまとめたものを安納さんに手渡した。

「なるほど、ふんふん。ああ横について、なるほど」

安納さんは由紀がまとめたものを読みながらうんうんと頷いている。

「怖かったですね、この横断歩道は角にラーメン屋さんがあるところ?」

「はい…」

「全く知らない人?」

「知らない人です。」

「声をかけられたり、なにかされたりしてない?」

「それはないです…」

「男も仕事帰りみたいな恰好ですか?スーツ着てたりかばん持っていたり」

「いえ、いつもパーカーにズボンだった気がします。荷物は…そういえば手ぶらだったと思います」

「なるほど、なるほど。やっぱり少し変だよね。家はばれてない?」

「おそらく大丈夫だと思います。」

男のことやその時の状況についていくつか質問をされた。

「あの、写真とか撮ってたほうが良かったですか」

「いや、写真は撮らないほうがいいよ。そりゃあればこちらとしては役に立つけど、相手にばれたら逆上される可能性高いからね。携帯奪われちゃったり壊されちゃったりとか」

「なるほど…」

「それより電話してるフリのほうがいいよ、相手を見ながらね。そうすると警察に電話されているのかもってビビるやつも多いから。あと大声出せる?なにかされそうになったら大声出して」

「大声…」

「キャーでもワーでも、極端な話火事だーでもいいよ。周りの人の目を引き付けるのが大事だからね。大声出してって言ってもなかなかできない人のほうが多いけどね」

「頑張ります…あの防犯ブザーは買いました」

「防犯ブザーもいいね。ブザー鳴らしたら遠くに投げてね。相手が止めようとしてくるかもしれないから。」

「なるほど…」

「ひとまず見回りは増やすね、もう少し頻繁に続くようだったらもう一段階対応をあげるね。」

「はい…」

「もう一段階対応が上がったら、駅で私服警察官と待ち合わせして由紀さんの後ろを少し距離空けて私服警察官が歩いて、そのとき男がそういう行為してたら現行犯で捕まえたりとかね。」

そんなこともしてくれるのか、まだその段階ではないようだが相談してよかったと思った。

「とりあえず、またその男がいて怖かったら110番していいよ。110番したら逃げちゃうとは思うけど後からその時の防犯カメラ確認したりできるから。それで特定はできないかもしれないけどね。」

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「わかりました。ありがとうございます。」

「こちらからもたまに確認の電話しますから。」

安納さんから名刺を受け取り警察署をでた。

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2日後の日曜日、先輩に誘われて縁切り神社に来た。

縁結びは知っていたが、縁切り神社の存在はこの時まで知らなかった。

絵馬がずらっと並んでおり、けっこうみんな来ているんだなと思いながら絵馬の内容を見てみたが、なかなかすごかった。

【不倫相手の○○が事故にあって夫との縁がきれますように】

【○○との縁が切れ、○○の人生がめちゃくちゃに狂いますように】など。

やっぱり生きている人間が一番怖いなぁと思いながら、その中に【ストーカーと縁が切れますように】と書いた絵馬をつるした。

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それからの1か月間男を見ることはなくなった。

警察の見回りの効果もあったのかもしれないが、縁切り神社のおかげもあるような気がしていた。

その間、1度安納さんから電話があり、その後男に会っていないことを伝えると、また何かあればすぐに相談して下さいとのことだった。

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11月に入りその日も21時過ぎに駅に着いた。

1つ目の交差点でも男はいない。完全に安心というわけではないがだいぶストレスは減った。

家の目の前の横断歩道で信号が赤になる。

立ち止まると横に男がいた。

由紀がびっくりする間もなく、男がにゅっと由紀を正面やや下からのぞきこむように顔を近づけてきた。顔と顔が触れてしまいそうな距離に男のニヤニヤとした顔がある。

「きゃー!!!」

思わず叫び声をあげ両手で顔を覆いその場にしゃがみこんだ。

前を歩いていたサラリーマンが大丈夫ですかと声をかけてくれた。

「男、男の人が…」

だがそこにはもう男の姿はない。

サラリーマンにお礼をいい、家の目の前ではあったが、少し戻ってコンビニに入り、泣きながら父親に電話をして迎えに来てもらった。

110番をするかという話になったが、もう男の姿は見えないため明日安納さんに連絡することにした。

翌日、生活安全課の安納さんに連絡をし、昨夜あったことを相談した。

再度男と遭遇した時間と場所を確認され、防犯カメラを確認後再度連絡をすると言われた。

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数日後警察署から電話が来た。

「○○警察署、生活安全課の安納です。由紀さんですか?」

「はい、あの、防犯カメラ確認していただけましたか?」

「はい。ただ…。11月〇日21時30頃、△△4丁目の交差点で間違いないですよね」

「え、はい」

「じつは、防犯カメラを確認したのですが…。由紀さんの姿は確認できました。ただ男の姿が映っていなかったんです。」

「え??」

「前後の時間も、駅から由紀さんの家までに設置してある数台のカメラも、我々何度か確認してみたのですが、男の姿は確認できませんでした。」

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「え…え?なんでですか?」

「いや、分からないの。私もなんでですかって聞いちゃったもんね」

「どういうことですか、まったく映ってなかったんですか?」

「そうみたい、意味が分からないけど。ただ確認できなかったから何をどうするってこともなくて。また何かあれば連絡してくださいで終わったよ…。私の幻覚や被害妄想だと思われたかな~って思うとなんか悔しいけどね。」

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それから約3か月、由紀さんは一度も男と会っていない。

「本当に怖かったし府に落ちないけど、あれからはもう会ってないから。やっぱり縁切り神社のおかげかな。」

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