中編4
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ストーカー

 一日目

 ある日の夜。

 独り暮らしの大学生の青年は、コンビニから帰る途中で女性を殴る男と遭遇した。

 そのあまりの光景に大学生は間髪容れず、男に詰め寄る。

 すると男は口元に若干の笑みを作ったかと思うと、駆け足でその場から去った。

 青年は後に残されたボサボサ髪の女性を起き上がらせ、ギョッとした。

 女性の顔が、まるで焼け爛れているかのような醜さだったのだ。

 女性は彼に感謝を述べ、何か御礼をさせてくれと、おもむろに青年の手を握った。

 悪寒が走った青年はなるべく優しく手を引き剥がすと、御礼が欲しくて助けたわけではないと断り、その場から逃げるように立ち去った。

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 二日目

 夜23時。

 いつものようにコンビニで買い物を済ませて帰路に着く青年は、昨日の夜に一悶着あった道を若干警戒しながら早足で歩を進める。

 失礼にはなると思うが、なるべく昨日の女性に会いたくないのだ。

 自分で助けといて今さらだが。

 そんなことを考えていると、不意に目の前に人影が現れ、ぶつかりそうになる。

 すみません。

 そう言うより先に、青年は目の前に現れた人物にギョッとする。

 昨日の女性だった。

 髪の毛は昨日と同様にボサボサで、昨日の男に髪を引っ張られたからではなく、恐らく単に手入れをしていないからのようだ。

 あまり目を合わせないように、軽く会釈をして女性の横を通りすぎる。

 その際、青年は耳元で自分の名前を呼ばれた。

 一言違わず本名であったため、青年は恐怖を覚えてそのまま走り去った。

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 七日目

 青年はあれからなるべく行きと帰りに『あの道』を通らないようにした。

 その甲斐あってか、件の女性とは出会わなくなった。

 だが警戒心だけは未だに解かず、慎重に帰路に着いている。

 そして今日も今日とて夜中にコンビニで買い物をした青年は、少し遠回りになるが、全く違う道を通って自宅であるボロアパートまで帰ってきた。

 2階にある自分の部屋の前までたどり着き、いざ鍵を開けようとしたところで、スマホに電話の着信が入った。

 スマホには非通知と表示されており、不審に思いながらも通話に出る。

 もしもし。

 そう電話口に語りかけると、自分の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 あの女の声だった。

 戦慄を覚える。

 全身から冷汗が流れ出てくるのを感じ、金縛りにあったかのように身体が硬直する。

 余りの出来事にしばらく無言を貫いていると、電話口から女が

 後ろだよ。

 と呟いた。

 ゆっくり後ろを振り向き、下を覗いてみると、暗闇に灯る電柱の真下にその女は立っていた。

 醜い笑顔は電柱の明かりに晒され、不気味な陰を作っていた。

 なんなんだよ……ふざけんなよ……!

 青年は恐怖と怒りが入り交じった、ぐちゃぐちゃな感情を覚えつつ、慌てて部屋の中へと退避するのだった。

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 二十日目

 あれから女はあの手この手を使って青年へと接触を繰り返していた。

 青年もまた様々な手を使ったが、その殆どが徒労に終わり、恐怖を通り越してうんざりしていた。

 その余りの執拗さに、ストーカー被害未経験だった青年は警察に相談するという最善手を失念していた。

 そんな青年は今日も今日とて夜中にコンビニで買い物をして、その帰路に着く。

 別の道を使っても無駄なことが分かった為、いつも使っている道を通る。

 すると案の定、例の女が現れた。

 流石に慣れたのか、青年は無視を貫いて女の脇を素通りする。

 そして暫く歩いていると、背後から女が大声で

 青年の母親が住む実家の場所を口にし、

 挨拶しに行きたいな。

 そう呟いた。

「いい加減にしろよッッッ!!」

 青年は我慢の限界が来たのか、素通りした女の元まで戻り、その髪を掴む。

 ギトギトした不快な感触だったが、今はそんなことに構ってられない。

「なんなんだよお前は!!」

 青年は怒号を放ちながら女の髪の毛を真下へと引っ張り、女の顔を地面へと叩き付ける。

 しかし女はそんなことも意に介さず、青年へと語りかける。

 私はこんなに愛しているのにどうして愛してくれないの……? と。

 その顔の額からは一筋の血が流れており、より醜悪さに拍車を掛けていた。

「っ……!? 知らねぇよ!!」

 青年は立ち上がる女を突き飛ばす。

 その瞬間、通りかかってきた一人のサラリーマンに声をかけられた。

 傍まで走り寄ってきたサラリーマンは、喧嘩かなにか知らないが、女性に暴力は駄目だろうと青年へと呼び掛ける、が。

 青年はサラリーマンに話しかけられるや否や、半べそをかいたような笑みを浮かべ、その場から走り去った。

 取り残されたサラリーマンは倒れた女からお礼を言われ、思い出したかのように振り返り、そして顔を曇らせた。

 その女の余りの顔の醜悪さに。

 女はサラリーマンの顔を見つめ返すと、口元に不気味な笑みを浮かべるのだった。

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