これは退職警察官のAさんから聞いた話。
Aさんは、警視庁捜査第一課を最後に退職した警察官だった。警察人生の殆どを刑事として過ごし、捜一にも何度も配属され、様々な犯罪の捜査に関わってきた。
これは、Aさんが若い頃、島部の警察署に勤務していたときに体験した話だそうだ。
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「もう、40年くらい前になるかな。島の名前は言えねえが、ある島の警察署に刑事として配属されたことがあった。」
島の警察署は一般に署員数が少なく、また、署員のうち何人かは離島で駐在所勤務をしている。この離島の駐在所というのは一つの島に一つしかなく、警察官も一人であるのが普通だった。
Aさんが配属されたM島の離島K島にも駐在があり、Fさん夫妻が駐在として勤務していた。K島は全島民を合わせても200人足らずの小さい島だった。
「まあ、島は基本事件なんかないからな・・・。突然Fさんから110番入電があったときはびっくりしたもんさ」
ある夏の日、Fさんから署に連絡があった。村の名主の家で異様な変死体が発見されたというのだ。
それは台風が近づいているある日、村の若い衆が数週間後に迫っている祭りの相談のために名主の家を訪ねたときに発見したそうだ。
発見した若者の一人が、Fさんのところに転がるように駆けてきたという。Fさんが見に行くと、名主の家の土間で3人が首をつっているのを見つけた。その3人とはその名主の妻、息子夫婦だった。さらに屋敷の奥を検めると、奥の居間で名主の母と弟の2人が、奥座敷で名主本人が、そして離れで隠居している名主の父がそれぞれ縊死体で見つかった。
要は、名主の家に暮らしている7人全員が死んでいたのだ。
それも、異様なことに、何処から調達したのか分からないが、全員が黒っぽい荒縄で首をつっていたそうだ。
Fさんは現場の写真をとりあえず数枚撮影し、その様子をM島警察署に報告してきた。とても駐在一人の手に負える案件ではなかったため、すぐに応援をよこすべきだったところ、何せ台風が近づいていたので、M島本島からK島へ駆けつけることができなかった。
本署からは、とりあえず現場の写真をきちんと撮影すること、現場に無闇に島民を入れないよう指示すること、現場の状況をきちんと記録した後に、ご遺体をおろすことなどを指示した。Fさんは村の若い衆と協力して、7人のご遺体をおろし、とりあえず名主の家の座敷に並べて安置したようだった。
やっと現場処理が終わったのは、ご遺体を発見した次の日の朝だったという。
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「本署から応援に行かれたのは、結局現場処理が終わったという報告を受けてから、さらに1日たった後だったんだ。」
本署から応援に行ったのは、鑑識や検死を担当するAさん、Aさんの上司であるB係長、それから、Aさんの後輩に当たるCくんの3人だった。
「だが、結果的には、この1日の遅れが致命的だったんだな・・・。」
AさんたちがK島に着き、Fさん夫婦が詰めている駐在所につくと、Fさんの妻がおどおどとした様子で出迎えてくれた。妻が言うにはFさんが昨日の晩から帰らないという。
「それで、さらに奇妙なことを言い出すんだ。」
妻はFさんが証拠品として押収してきた縄が消えているというのだ。確かに証拠品を置いておく倉庫に入れるところを見たと言うが、今朝確認するとその縄だけがないという。証拠品をしまっている倉庫の鍵は開いていたという。
「俺たちはFさんを探すことにした。結果的にはすぐに見つかったんだよ」
果たして、Fさんは、駐在所からほど近い、海辺の防風林にいた。
黒い縄で首をつっている状態で発見されたのだ。
そして、調べると、村のあちこちの家、木立に縊死体があった。
Fさんを入れると、縊死体は全部で6体だった。
「そう、みんな同じような黒い縄で首をつっていたんだ」
ちなみに、Aさんが検視をした結果、6体の内、最も早く亡くなったのは自宅の裏の木で死んでいたSという60代男性であり、それが昨日の昼前。その次は、Lさんという40代の女性で村の公民館のトイレで首をつっていた。どうやら、Fさん自身は一番最後、今朝方未明に亡くなったようだった。
「何が起こっているのかさっぱりわからなかったよ。一昨日の名主の家で縊死体が使っていた縄で、警察官を含む、全く無関係の村人が一斉に首をつっていたんだよ」
「署の口さがないやつは、Fさんが証拠品の縄を持ち出して、村人を無差別に襲い、首吊りに見せかけて殺したんだ、なんていう奴もいたよ。もちろん、そういう可能性も考えられる。ただ、6人のご遺体は、見る限り自殺だったんだよ。」
他殺体と自殺体では、所見が違うのだとAさんはいう。
6体のご遺体は間違いなく自殺の所見だったのだそうだ。
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結局どうなったんですか?と尋ねると、Aさんはふーっとタバコの煙を吐き出して答えてくれた。
「結局、事件は集団ヒステリーによる連鎖自殺、として片付けられた、というより、そう片付ける他なかったんだよ」
なんせな・・・、Aさんは続ける。
「聞き込みをしているときにな、村の一人の子どもが言ったんだよな。
『黒い縄がしゅるしゅるとヘビみたいに進んでいき、家の中に消えた』って。
その家っていうのは、Sさんの家だったんだよ」
縄はどうしたんですか?と尋ねると、Aさんは「ああ、あれな」
「あれは、B係長が灯油かけて燃やしちまったよ。」
「ただ、6本しかなかったんだ。どう探しても、あと1本なかった。」
もしかしたら、今でもK島では、黒い縄が犠牲者を探してうろついているかもな・・・。
Aさんは、ちょっと遠い目をしながら、最後にそう付け足した。
作者かがり いずみ
Aさんから聞いたお話です。
この他にAさんの話をご覧になりたい方は、「現代風の呪い」「部屋の中の溺死体」「人形」などをお読みください。
Aさんは元気でしたよ。