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中編4
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ノイズ

30歳を過ぎた頃から、体力の衰えを感じるようになってきました。

そこで、運動不足解消のためにウォーキングでもしてみようかと思いたち、帰宅時に電車を一駅手前で降りて歩いて帰ることにしました。

普段は使うことのない駅の改札を出ると、目の前に線路と平行に走る片道2車線の国道があり、この道沿いを南下するといつもの最寄り駅にたどり着きます。

普段は電車や車で通り過ぎるだけの道のりは、そう長くはないものの途中で大きな川を越える橋があり、改めて徒歩で渡ってみると、高低差のある道のりが500メートル以上続くのでなかなかの運動量。

徒歩や自転車では越えるのが難儀だからか、夜の帰宅時間には橋の両サイドに設けられた狭い歩道を歩く人はほとんどおらず、自分のペースで歩ける事も仕事終わりのウォーキングにはちょうど良いと感じました。

最初の3日間こそ、普段はまじまじと見ることのない風景を楽しみながら歩いていましたが、4日目から急激に飽きてしまい、これはいかんと5日目以降はradikoでお笑い芸人の深夜ラジオを聴きながら歩くようにしてみました。

これがなかなか良く、見慣れてしまった景色に興を削がれる事なく、耳の中で紡がれてゆくテンポの良い掛け合いを楽しみながら、家まで帰ることができました。

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夜のウォーキングが習慣づいてきた頃、ある一定の場所に差し掛かるとイヤホンに「ザァ…ザッザー…」というノイズが入り始めることに気がつきました。

毎日違う番組を再生しているので、音源自体に雑音が入っていることは考えにくく、橋を登り川の中腹あたりまで来るとノイズが入り始める事から、「川の上は電波が悪いのかな?」と思い、特に気にも止めていませんでしたが、ある時ノイズに紛れて声のようなものが聞こえた気がして、初めて「ん?なんだ?」と立ち止まりました。

誰か周りにいるのかとイヤホンを外しながら辺りを見回しましたが、歩いている人影はなく、車道を行き交う車の走行音がするだけです。

数秒立ち止まり、耳を澄ませましたが、私の気のせいだったのだと結論づけ、再びイヤホンを着け歩き始めました。

相変わらず「ザァ…ザッザー…」

と、一定のリズムを刻むノイズ混じりのラジオが聞こえてきます。

しばらくすると、今度は先ほどよりもはっきりと呼びかけるようなイントネーションの音が聞こえ、どうやらこのイヤホンから聞こえてきているようだと気がつきました。

ボリュームを思い切り上げ、聴覚に集中すると、音質の悪さ故にノイズに聴こえていたものの、「ネェ…コッチー…」と言っているようでした。

「んん?…こっち?」

思わず独り言をもらすと、それまで一定のリズムだったノイズが「ザザザザ!ザザザザ!ザッザ!ザッザ!」

と、急に激しくひずみ、割れた機械音のような音声が「キヅイタ!キヅイタ!コッチ!コッチ!」と、耳の中で反響し始めました。

お腹の底からせり上がるような悪寒を感じ、全身に鳥肌が立つのがわかりました。

ラジオ番組の録音音源を配信しているはずなのになぜ呼びかけることなどできるのか…。

もはやラジオ番組はノイズにかき消され、「ザッザ!ゴッヂ!ゴッチ!コッチ!コッチ!コッヂ!コッチ!コッチ!………」

拡声器を通したようなガサガサの音声が大音量で鳴り響き、堪らず両耳からイヤホンを外しました。

その時、勢い余って片方が指の隙間からこぼれ落ちてしまい、反射的に行方を目で追いかけると、イヤホンは前方に向かって2、3回弾みながらコロコロと転がり、ギリギリ橋から川へ落下する手前で止まりました。

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しかし、問題はそのすぐ向こうにありました。

コンクリート製の橋の欄干から地面までの20センチほどの隙間から…ずぶ濡れの女の顔が覗いているのです。

私は、「ヒッ!」と声にならない声をあげ、数歩後ずさると車道側のガードレールにくっつくようにへたり込んでしまいました。

灰色に近い色の顔を少し傾けるように私の方を向いており、白く濁った瞳と視線が合うと口をぱくぱくと動かして私に何かを喋りかけているようでした。

今までひっきりなしに行き来していた車の流れは、こんな時に限ってぷっつりと途切れてしまい、イヤホンから微かに漏れるノイズは女の口の動きと同じリズムをきざんでいました。

腰が抜けてしまいガードレールにしがみつくように座り込んだ私に向かって、女が片手をぬぅっと伸ばしてきました。

橋に上がってくる!と思いながらも言うことを聞かない足に、恐怖と焦りばかりが募り、爪が剥がれかけたボロボロの女の手をただ凝視する事しか出来ずにいました。

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「大丈夫ですか!?」

はっとして振り返ると、男性が1人、小走りでこちらに向かってくるのが見えました。

「どうしました!?具合が悪いんですか?」

私のそばにしゃがみながら心配そうに話しかける男性にに縋る思いで「そこに、そこに…!」と女が這い上がってきたあたりを指差しましたが、その時にはすでに女の姿は無く、落としたイヤホンだけが転がっていました。

お互いに戸惑いながらも、男性に支えられながらやっとの事で立ち上がり「あ、あの…、見間違い、かもしれません。驚いて転んでしまって…。」と、説明にならない曖昧な返事をすると、男性はかすかに不審そうな表情を浮かべましたが、「そうですか…。怪我が無いなら良かった。」と膝に付いた砂を払いながら言いました。

落としたバッグを拾い、男性と並んで歩きながらあの場所を通り過ぎる時、もう一度欄干の下を見下ろすと、落としたイヤホンのすぐそばに腐った肉片のようなものが付いた爪が一つ落ちていました…。

男性が「ん?今何か聞こえたかな?」と言い終わる前に、

「橋の上は風の音がうるさいですね!」と言葉を遮り、家路を急ぎました。

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