中編5
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偶像への喝采

ベッドで寝転がりながらショート動画をだらだらと見漁っていたら飽きてきた。

これでもか!というくらい背を伸ばして時計をふと見やる。

あ、そろそろ時間だ!

ゲームチェアに背を預け、のど飴を口の中に放り込み、配信の準備を整える。

自分で作成したアバターの「アイネ」が画面に浮かび上がる。

私の動きに合わせて画面の中の「アイネ」もゆらゆらと揺らめく。

そう。私は世間で言われるところのいわゆるVチューバーだ。

その前はアイドル活動をしていた。

ただ地上波で映ることはなく、いわゆる地下アイドルというジャンルだった。

地下アイドルと言ってももちろん千差万別ある。

売れているグループもあれば日の目を浴びないグループもある。

私のグループはメンバーの入れ替わりも少なくなく、それ故にファンも定着しない。

よくあることだが人間関係も決して芳しいものではなかった。

それぞれが生き残るために、個性的なキャラを演出するもののどうしてもぶつかり合ってしまう。

そんな生き方に少し疲れてしまい、私は引退することにした。

最初は何をしようか不安ではあったかが、捨てる神あれば拾う神あり。

ツテを辿ってVチューバーの運営会社へとたどり着いた。

アイドル時代の時も顔出しでライブ配信は行なっていたことがある。

ただ私のように売れていないアイドルにでさえ時たまストーカーのような輩に絡まれる。

いや、売れてないからこそ自分がその子にとってのナイトになれるという妄想に余計に駆られてしまうのかもしれない。

家の構造とか窓から見える景色で、『このアパートでしょ!』と特定されたあの時、全身の汗が引いていくあの感覚。今でも忘れない。背景だけでも変えておけばよかった。

その点、顔も背景も見せなくて済むという点で安心して配信できる。

差別化が難しいと思ったが、意外にも多くのリスナーさんを獲得することができた。

これでも結構歌の練習もしていたし、「気の利いたクール毒舌集」をいうノートも作成していた。

過去の努力がここで結びついたと思うと考え深い。

歌唱力とサバサバしたバッサリと人を切るようなトークがリスナーさんの心を掴むことができたとちょっとは自信を持っている。

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左手の鏡に映った化粧が施されていない私のやぼったい目と目が合った。

アイドル時代は化粧の研究もよくやっていた。どうしたらこの素地から120%以上のものが叩き出せるか。

一流のアイドルたちはどのような化粧を施しているか、動画サイトでも化粧の方法を丁寧に教えてくれる。只管に真似て自分の顔とマッチするように調整していく。

メンバーとも被らないようにメンバーがいない時には化粧箱を勝手に漁っていたのは内緒の話。

私が満足した私でみんなに受け入れて欲しかった。

クールキャラを売りにしていたが心の奥底ではチヤホヤされたい願望がメラメラと燃え盛っていた。

特定の誰かからという訳ではなく。

みんながチヤホヤしてくれるというその空気で呼吸をしたいのだ。

ただ、多数のリスナーさんから今、愛されているのは私ではなく「アイネ」。

そしてみんなが思い描く理想的な「私」。

本当の私は知られることも見られることもないだろう。

私は虚像を操り、皆はその偶像を愛する。

当初は複雑な気持ちでは合ったが今でこそ、この現状に満足している。

なぜならば私にとって「アイネ」とは私の実像に他ならないと思っているからだ。

のど飴も口の中で溶け切り、軽く発声練習をする。

(よし)と心の中で呟く。

「みんな、待たせたね!!今日もそれなりにやってくよ〜!!」

マイクが拾った軽快な歌声が世界へと拡散していった。

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りんご姫『やっぱり、アイネの歌声は最高だ〜』

ゆきぴよ『本当!いつ聞いても癒される』

モーレツ田中『これだけ歌が上手いのにVで止まってるの勿体無い』

ゆきぴよ『本当それ!』

ドドすこんぶ将軍『絶対中の人も可愛いと思います』

ああああ『顔も可愛かったら地上波に出てるよ』

りんご姫『@ああああ お前帰れ』

モーレツ田中『モテない隠キャはさようなら』

ああああ『音声だって今時、好きに変えられるしな』

ドクロ男爵『いや、生歌も普通に最高だよ』

団子100兄弟『@ああああ なんでここにきたんだよ。冷めるから消えろ』

ドドすこんぶ将軍『成敗!!!!!』

ゆきぴよ『みんな相手にするのやめよ!アイネが一番かわいそうだよ』

団子100兄弟『そうしよ!無視が一番!』

コメント欄が炎上しそうになり止めに入ろうと思ったが、冷静になってくれた。

私のせいで争うわないで!っていうあのセリフはついぞ言えなかった。

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色々と話し終わったあと、最後の質問コーナーの時間と差し掛かった。

いわゆる投げ銭の金額に応じて、質問に答えていくというスタイルだ。

「普段は何をされてますか?」

「恋人はいますか?」

「将来どうしたいですか?」というありふれた質問を流し読みしていく。

「ライブを開催してほしいです」という願望のコメントもある。

もう人の前で顔出しはする気はない。

画面にピコンと大きくコメントが映し出す。

3,000円の投げ銭があった。

「カップ数は何カップですか?」というこれもよくある質問だ。

よくこんな情報に3,000円も払えるなと感心する。

「・・・恥ずかしいな。良いカップって答えでも良い?」

「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!EEEEEEEEE」と興奮している。

本当はAカップだ。この答えだけで興奮できるのは幸せなことかもしれない。

その後も色々と質問や願望の声が届いて、ちょっと皮肉を効かせた感じで答えていく。

「そろそろ終わりの時間が近づいてきたね。寂しいけど、次の質問で最後にしようかな〜」と

疲れも出てきたので今日の配信を終わりにしようとした。

ピロリンピロリンと画面に王冠の付いたコメント欄が現れた。

これは10,000円を投げてくれた際に出てくる。

最後の最後でこれはありがたい!と思い私はその文字列を目で追っていく。

私は一瞬その言葉たちがどんな意味を形成しているか理解できなかった。

「アイネ」は目をパチパチして止まっている。

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ドクロ男爵『今でも歌う前はビーハニーののど飴を舐めてるんですか?』

そして私は恐る恐るマウスの近くに置かれている瓶を見る。

その瓶のパッケージには英語で「ビーハニー」と書かれていた。(続)

Concrete
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