題名「真冬の朝の出来事」
次は僕の番か。嫌だね。怪談だなんて。でも、順番だから、しょうがないか。
僕のは、ちょっと変わっていて、怖いと言うより──そう。何だか物悲しいんだ。
では、
翔太君というのは元気一杯な幼稚園児なんだけど、その翔太君の近所に一家心中をした家があった。
心中したのは「山室」という家で、若い夫婦には五歳になる娘がいた。
夏のことだった。発見されたのは四日後で、
──ああ。この部分は省略だ。気持ちのいい話じゃない。
さて。
近所に住む人達は、今も建物が残されている山室家の敷地に、間違って子供が入ったりしないよう注意していた。
翔太君も、
「このおうちに入ってはいけませんよ」
お母さんから、そう言い聞かされていた。
なのに翔太君はその家の庭にゴルフボールを見つけてしまった。
ゴルフボールを取って戻るだけのこと。十秒とかからない。翔太君は自慢の腕時計を見た。ミッキーマウスの秒針が、たった十回動くだけの時間。
ゴルフボールを手に入れた翔太君は庭から出ようとした。そのとき、更にもう一個、ゴルフボールを見つけた。
庭に物置があった。スチール製で、自転車が二、三台入るくらいの大きさ。ボールは、その扉の前に落ちていた。
二個目を手に入れた翔太君は、物置の扉が薄く開いているのに気がついた。
何か惹かれるものがあった。扉を開けて中に入った。
「あっ!」
入ると同時に扉が閉まってしまった。
後悔しても、それは後の祭り。
物置の扉が開かない──。どうしても駄目だった。
幸い、中は真っ暗でなかった。壁の細い隙間から外の光が漏れていた。
大声で何度も助けを求めた。
不幸なことに、その日は連休だった。隣家は留守になっていた。
翔太君は気丈だった。それでも相当に心細い思いをしていた。
しばらくして、翔太君は女の子の存在に気がついた──。同じ年頃の女の子。
でも、狭い物置の中で、どうして直ぐに気づけなかったのだろう……。
女の子はワンピース姿だった。
翔太君はセーターの上にジャンパーを羽織っていた。それでも寒かった。
「寒くないの?」
女の子に聞いた。
「うん」
「名前は?」
「みゆき。でも、お父さんとお母さんは、みゆって呼ぶ」
「みゆ?」
「うん。ミミが入ったの」
「みみ?」
「子猫なの。この中に入ったの。でも、いないの……」
みゆきちゃんの言う通り、猫はいなかった。
「出られない?」
「うん」
翔太君はそう答えるしかなかった。
「どうしてここにいるの?」
「これ」翔太君はポケットからゴルフボールを取り出して、「ゴルフボールだよ」
「知ってる。お父さんが持ってる」
みゆきちゃんが言った。
時間は刻々と過ぎて行く。寒さも増していった。翔太君は震えていた。
不思議なことに、みゆきちゃんは、それでも平気な顔をしていた。鳥肌の一つも立ててなかった。
ミッキーマウスは午後の十時になっていた。もう物置の中は真っ暗だ。
と。
いきなり扉が開いて、何本もの懐中電灯の光が入ってきた。
「いたぞ!」
男が叫んだ。みゆきちゃんを抱き上げて、そのまま物置から出した。
「見つけた! こんなところにいた!」
大勢の人が行方不明の女の子を捜していた。そして見つけることが出来た。
「みゆきちゃんだね?」
「うん」
「よかった! もうすぐ、お父さんとお母さんが来るから!」
「男の子がいるぅ」
物置を指して、みゆきちゃんが言った。
「男の子? おい、本当か?」
別の男性が聞いた。
「ば、馬鹿な! 誰もいるものか! し、しかし、これで二度目だ……ここに子供が閉じこめられたのは……」
彼の声が震えていた。
「二度目?」
「あ、ああ。越して来たばかりの君は知らないだろう。去年の冬、ここで亡くなった子供がいた。
見つけたときには、もう冷たくなっていた。手にゴルフボールを持っていてね……。
あれは吐く息も凍るような真冬の朝だった。その前には一家心中もあったし、本当にこの家は……」
物置の中、翔太君は、
「どうして僕が見えないの? お母さんはどこ? ねえ。僕、ずっとここにいるよ。ああ。すごく寒い……」
ポケットからゴルフボールを取り出して、
「よかったね。子猫はきっと見つかるよ……」
そのとき、
ミッキーマウスの針が、
猛スピードで
逆回転を始めた──
了
作者いも
分かりにくい作品なので、理解出来なかったときには聞いてね。