現身の桜〜うつしみのさくら〜

中編7
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現身の桜〜うつしみのさくら〜

先日、久しぶりに高校の同窓会に行った。

私の通っていた高校はさほどよいランクではなかったので、皆が皆大学に行ったわけではなかった。半数位が専門学校、1割位は就職組もいた。

必ずしも頑張って受験して大学に行った人が幸せになっているとも限らず、専門学校に行った人が、その後割と良い企業に就職し、それなりの地位で働いていたりするから面白いものである。

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そんな同窓会での再会の中、特に印象に残ったのがT君だった。

T君は私の記憶では高校時代、若干やんちゃだった。いわゆる硬派の不良というわけではなく、適当に楽しいことをして過ごそうといった感じの軟弱な不良だった。

当然、勉強はせず、成績はいつも最下層。遅刻や欠席も多いことから、卒業も危ぶまれていたが、まあ、何とか卒業し、確か名前さえ書けば入れるような専門学校に行ったと思った(なんの学校だったかは良く覚えていない)。

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ところが、同窓会で再会したT君は、三つ揃えのスーツを着こなし、髪の毛もきめていた。そして、地方銀行とは言え、一応銀行員、しかも肩書きは支店長ということで、だいぶ人は変わるものだと思った。

同窓会の席で、私はたまたまT君の近くに座ることになった。私以外の者も皆一様にT君の変貌に驚いたようで、T君は周り中から「一体どうしたんだ?」と質問攻めにあっていた。

ところが、当のT君自身は「いやー」とか、「たまたま運が良いだけで…」など適当にお茶を濁すばかりで、変貌の原因については結局わからずじまいだった。

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そして、楽しい時間はあっという間で、同窓会は解散となり、気の合う者同士で後は二次会、三次会にという流れになった。私はそんなにものすごく仲良い人もいないので、さて帰るかな、と思って準備をしていたが、そこで、T君に声をかけられた。

はて、私はあなたとそんなに親しかったでしたっけ?

そうは思ったが、特に予定があって早く帰ろうとしたわけでもなく、なんだか珍しい誘いだったので、乗ってみることにした。

T君は同窓会の会場からほど近い、小さいがお洒落なバーに連れて行ってくれた。

さすが銀行員だ。接客とかもするのだろうか?

互いに好みのカクテルを注文すると、しばらく、昔の話に花が咲いた。

そう言えば、昔とずいぶん違うじゃないか。

私がそう切り出したのがきっかけだっただろうか。T君が不思議な話をしてくれた。

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うちの実家、今はもうないんだけどさ、結構歴史がある家でさ、庭に立派な桜があったんだよな。桜も立派だったけど、家もご立派でさ、ちいさい頃から厳しくしつけられたんだよね。特に嫌だったのが兄貴と比べられることだったな。「Sは〇〇なのに、Tは☓☓」みたいな言われ方がしょっちゅうだった。

それで、高校生の時は一番の反抗期。散々遊んで、いい加減していたんだ。皆が見ていたのはその頃の俺だな。

あれ、話が逸れたな。そうそう、桜だ。

俺はちいさい頃からばあちゃんから「あの桜は特別な桜だ」と言われて育ったんだ。ばあちゃんは何が特別なのか、具体的に話してくれなかったけど、俺はわかってたんだよな。あの桜、春になって花の咲く時期になると、根元辺りにぼんやりと光るモノが立っているのが見えるんだ。

そう、多分幽霊。

お前、こういう話し好きだろ?

顔も見えないし、手や脚もはっきりしないけど、なんとなく人っぽい。まあ、物心ついたときから毎年見ていたせいか「怖い」っていうのはなかったけど、確かに特別なんだというのはわかった。

毎年毎年、そいつはただそこにいるだけで、別に何もしないんだ。

だけど、アレは専門の1年のときだったな。実は遊びで付き合っていた女の子を妊娠させちゃってさ、やべえ、おろすにしても金がねえ、ってなったんだよね。今考えると最低だよな俺。

で、それが丁度、今頃、桜の時期だったんだ。

俺は、どうしていいかわからずに庭をウロウロしていたんだ。

ウロウロしながら「ちきしょう!金がどっかから降ってこねえかな」なんて馬鹿な独り言を言いながらさ。そうしたら、桜の木の下のアレがふらりと動いたのが見えた。そして、顔、顔見えないんだけど、顔だってわかったんだけど、それをこっち向けたんだ。

丁度顔っぽいところに横に切れ目が入ってさ。

そう、そいつ笑ったんだよ。ニヤリっていうのがぴったりな笑い方。

そして、フッと消えたんだ。

そしたらさ、次の日、俺が止めていたバイクに車をぶつけたやつがいて、なんやかんやで示談金っていうの?で結構な金が転がり込んできたんだよね。

妊娠した彼女には頼み込んでその金で子どもおろしてもらったんだ。

これって、あの桜の木の下のアレのおかげだよな。どう考えても。

当時の俺はそう思ったんだ。

それからかな。何かに困ると、事あるごとに俺は「アレ」に願いをかけたんだ。

いろんなことが上手くいったよ。資格試験の山かけも完璧にあたったし、就職もトントン拍子だった。最初に就職したところで営業やってたんだけど、ここぞって時にはよい顧客にも恵まれて、結果ヘッドハンティングされて今の銀行に勤めることになったんだよ。

え?いいことづくめじゃないかって?

ああ、そうだよな。俺もそう思ってきた。

でもな、初めて「アレ」に願いをかけてから5年くらいしたときかな?ふと気付いたんだよ。

桜の木の下のアレが、だんだんとしっかりした人間の輪郭になってきていたんだよな。

小さい頃見ていたときはぼんやりとした光の塊みたいだったんだけど、今はもう、間違いなく人。良く見ると目鼻も見えてきた。

そして、願いをかけるときの例のニヤリっていう笑いも。今はもう、ハッキリと「笑った」とわかるようになっていたんだ。

で、一番ゾッとしたのは、その顔立ちがどうも俺に似ているんだってこと。

さらに2年くらい過ぎて、もうそろそろ30になろうという年。実は、俺、結婚をきめていたんだよな。

で、落ちついて身を固めようとした時かな。その時も性懲りもなく、なにかの願いを俺は「アレ」にかけていたんだけど、初めて、「アレ」がニヤリと笑いながら俺に手を伸ばしてきた。あまりにもびっくりして、俺が動けなくていると、「アレ」の指先が俺の首筋に触れたんだ。その瞬間、あまりの冷たさにびっくりした。

その指先がゆっくりと喉に食い込んでいくのがわかるが、体が全く動かないんだ。

そして、なにより、眼の前で「アレ」のぼやけた顔が、丁度カメラのレンズの焦点を合わせるみたいにくっきりとしていく。

俺の顔になっていった。

その時、「T!!」と母屋から声がかかった。

母の声だった。

その声がかかった瞬間、「アレ」は霧消した。そして、俺の体も動くようになった。けど、ものすごい倦怠感で立っていられず、その場にしゃがみこんだ。

その上、どうやら息も止めていたみたいで、俺はゲホゲホ咳き込んでしまった。

当然、何をしていたのかと問いただされた。祖母と母の2人でだ。

俺は母達のあまりの剣幕に、専門1年生の頃からの「アレ」とのことを喋っちまったんだよな。どうせ信じてはもらえないだろう、そう思ったんだけど、母達の反応はチョット予想と違った。

「お前に、ちゃんと話しておかなかったのがいけなかったね…」

祖母はそう言うと、母ともども少し俺から離たところで、「S子さん(俺の母の名前)、ここまで来てしまったらもう…」「これ以上…させないように」などとゴソゴソと話していた。

結局、俺は仕事を無理やり休まされて、婚約者である彼女といっしょにY県にある親戚の家に行くように命じられ、1週間ほどそこで過ごしたんだ。

それきり、実家に戻っても、「アレ」に会うことはなくなった。

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「どういうこと?って、顔しているな」

T君はだいぶん酔ったようなトロンとした目で私を見た。

「結論を言うとな、1週間たって実家に帰ってきたら、母が死んでいたんだ。急性心筋梗塞だとさ。」

グラスに残ったカクテルを煽る。もうここに来てから3杯目だ。

「帰ってきた俺に祖母が言った。

あの桜は特別なんだ。現身の桜だ。

願いをかければ姿をとられる。

姿をとられれば生命を取られる。

きちんと祀れば家は栄えるが、我欲で縋れば家を滅ぼす。

そういう存在だ。

もう、お前の姿はずいぶん取られていた。あんなになるまで儂らは気付かなかった。

もう、取り返すには、人一人分くらいの命が必要だったよ。

儂じゃ足りない。

だから、S子さんが身代わりになったんだよ。

馬鹿なことをしたな。お前。

本当に、馬鹿なことをしたよ・・・。」

「確かに、アレはもう見なくなった。俺の姿を写した『アレ』はな。でも、桜の季節になるといるんだよ。

母の姿をして、あの桜の下でニヤニヤと笑いながら手招きをしている、あいつが」

だから、歴史ある家だったけど、土地ごと売っちまったよ

T君は辛そうにそう言った。

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