御呼び頂き有難う御座います、塚崎雅次郎(つかさき・まさじろう)です。
「あれは何だったのか?」な話を御送り致そうと、今回の席に御呼ばれしまして、感謝致します。
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先ずは細君である峰代(みねよ)、彼女が私の留守中に女性が訪ねて来たと言う話をした。
「あの、彼は居ますか?」
絵に描いた様な細面(ほそおもて)の和服、上品な感じで私は妻しか女性を知らんのと、峰代も私が自分しか知らない事を分かっているので、怪訝な顔をして訊いた。
「雅次郎さんとどう言う関係で?」
「へえ、あの人雅次郎さんとおっしゃるんですか」
「??」
「まさか、あの人の名前も知らないで、訪ねて来られたんですか?」
明らかにカマを掛ける意図で、眉間に皺(シワ)を寄せる峰代が細面に問い掛ける。
「いえいえ、彼は私の事を知っています。又来ますね」
何故か峰代の死角と言える場所から、高級車が現れたかと思うと、御辞儀をして乗り込んだ細面を乗せてさっさと行ってしまう。
「何なのよもう!」
庭先で日向ぼっこをしていた老人達が出て来て、「何だべ」と峰代と同じく、高級車の居なくなった道を驚きながら眺めている。
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「アンタ!一体何なの、あの女は!」
「私に女性の知り合いが居ると思うか」
帰宅して開口一番、玄関先で強い口調で言われた私は、顔を真っ赤にした峰代を凝視する。温厚である筈の彼女らしからぬ、下手をすると妬いている様にも見える、瞳の奥の炎が見える。
「あの女、彼は私の事を知ってるなんて言ったのよ!」
「────ストーカーか何かか?」
「知らないわよ!」
「うーん………」
冷静に返した所で、焼け石に水だと判断した私は、何と無く鞄の中を改める。
トサリと、書類を詰めていたいわゆるクリアファイルが出て来た。
「ああっ」
真っ赤な顔付きだった峰代が、今度は顔を青ざめさせる。
「ん?」
細面の和服を着た女性の絵柄が有る。
「────この女よ!間違い無い!」
「イラストじゃないか」なんて軽く返そうとするも、私は何故か、このイラストを用いた時間が勤務中に有ったかを思い出し始める。
「────そうだ!昼の小会議で岩狐(いわこ)神社の話をしたな!何でも勤務先の土地神様なんだって」
「────それと何の関係が有るの?」
ひとしきり爆発し切ったか、燃え尽きて壁に寄り掛かって脱力した峰代に、私はそこに油揚げを奉納しようとして中々行けていない事を話す。
「勤務先で油揚げを奉納し忘れたから来たの?御偉いさんで無くて」
「私をのんびりした狸か何かだと思って、社長に話して欲しいとでも思って来たのかね。ほら、社長が穏やかなのに仁王様みたいな怖い顔付きだから」
私はスマートフォンを操作して、飲み会の画像を漁(あさ)り、違った意味での赤鬼みたいな社長を見せる。
「───あー出来上がってる」
少しずつ峰代も落ち着きを取り戻しつつある。
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桜の散り始めるタイミングで、岩狐神社を社長等と共に参拝した私は、たまたま仕事が休みで何故か付いて来てくれた峰代と共に、いなり寿司を奉納して皆で食べた。
ホロホロと酢飯が口の中で崩れ、甘辛く煮た油揚げの味わいが広がる。
「塚崎君、あの人かね」
驚いた社長の声に顔を上げると、老紳士と共に頭を下げる細面の和服姿のあの女性が居る。
「元気でねーっ。それと御免なさい、御稲荷さん作らせてくれて有難ーうっ」
両手で口許メガホンを作った峰代が、明るい声で感謝と謝罪の声を響かせて、御辞儀をして老紳士と共に高級車へと乗り込む細面へと呼び掛ける。
赤鬼みたいなあの時の表情とは一変して、元の穏やかな妻の顔だ。後部座席の窓が開いて、細面が笑みを浮かべて再びこっちに会釈して、穏やかに高級車が去って行く。
腕によりを掛けた峰代のいなり寿司が奉納された岩狐神社が、桜の花吹雪をまとい、晴れやかな中に幻想的に映えている。
作者芝阪雁茂
材料と展開は有れど、名称が浮かばないのを悶々と抱えながらラジオ音源を聴いていたら、まさかの良い意味での恐怖回。変なタイミングで出て来てくれた、お岩さん風の不思議エピソードに感謝。お岩さんの神社に行けない分、この場を借りて感謝を(礼)。
早出なのに打つ手が止まらなくなって、コンパクトにまとまってしまった(汗)。もう一つの作品への準備運動って事に致しますかね。