中編6
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呪いの代償

警察官というのは、世間一般で考えているより大変な仕事だ。人が危険だと思って逃げるところにわざわざ行かなければならないのはもちろん、特にきついのは、ご遺体を多く見ることだ。

ご遺体といっても様々で、亡くなったばかりのものもあれば、数日経って腐敗が進んでいるもの、溺死したために見るも無残になっているものまでたくさんある。

警察官になって初めて知ったのは、私達日本人が、普段はいかに人の死を見ずに過ごせているかということだった。

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これは、僕が大先輩の刑事から聞いた話だ。先輩とは、その日、二人で焼き鳥屋で飲んでいた。酒が入ると若い頃の武勇伝を話したがる、典型的な「先輩肌」の先輩だったが、そういう人にありがちで面倒見がよく、仕事のこともよく教えてくれるので僕は慕っていた。

「なあ、お前、呪いってあると思うか?」

先輩が藪から棒に言い出した。

「はあ、呪いっすか?あるとは思えませんね」

「俺が、ちょうどお前くらいだった頃、そうだなー刑事になって2年目くらいだったか。ある変死体を扱ったんだ」

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その一報は、アパートの大家から入った。隣の部屋から異臭がすると騒ぎになり、「そう言えば、何日もその異臭がする部屋の家主を見ていない」ということで110番通報が入ったのだ。

交番の警察官が駆けつけ、大家の合鍵で戸を開けると、案の定、死後1週間は経っているご遺体があった。夏場だったので腐敗が進み、締め切っていたせいもあり、その臭いたるやものすごいものがあった。

「まあ、ご遺体はウジとハエまみれだった。ひでえもんだ」

「先輩、今俺たち食事中っス」

「馬鹿野郎!こういう話をしながら焼き肉食えてこその刑事だ」

「先輩・・・」

刑事課らしい先輩だ・・・。話を続ける。

すぐに刑事課に連絡が入り、当時下っ端だった先輩を含めた刑事数人と鑑識係が急行した。

ご遺体の検死が済み、事件性を特定するための捜査が本格的に始まった。検死の結果、どうも外傷はない。2DKの間取りの寝室に使っている部屋のベッドの上で仰向けに亡くなっている状況から見て、病死が最も疑われた。

それでも一応捜査をするためにあらかた部屋を調べたとき、先輩はおそらく書斎兼居間として使っていた隣部屋で一冊のノートを見つけた。

ノートはおそらく亡くなられた家主が日記帳に使っていたもののようだった。

「この日記っていうのが奇妙でな・・・」

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(以下、先輩の話から再現した日記の引用。個人が特定されないように多少の加工を施した。書いている本人は中小企業に勤めているサラリーマンらしかったが、3月頃より会社に行かれなくなり、4月からは病気のため休業していたようだった。この話に関係ありそうなところだけ記載する。)

5月3日

やはりあいつだけは許せない。あいつに大学時代、プロダクションの情報を教えてやったのは俺だ。あのとき、あいつが先に面接に入った。あいつが採用担当に俺の有る事無い事言いふらしたせいで、俺は落ちてあいつだけがあの世界に入った。あいつがいなければ、「〇〇〇〇」(バラエティー番組のタイトル)に出ていたのも、「△△△△」(芸能人の名前)と結婚していたのも俺だったのに。

5月11日

また、あいつがテレビで喋っていた。偉そうにしやがって。社会情勢のことなんか何も知らないくせに。それに、画面越しに俺に目配せしやがる。勝った気でいるんだ!今に見てろ。

復讐だ

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「なんかトチ狂ってないですか?」

「ああ、どうやら会社を休んだのも精神の病気らしい。妄想ってやつだな。内容からして、この「あいつ」っているのは芸能人の「✕✕✕✕」なんだろうが、このご遺体の主と同じ大学に行っていた事実もなければ、そもそも、年齢もちょっと違うんだ」

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5月15日

いろいろ調べた結果、最も俺に合っているのはこの方法だ。半紙、墨、それから犬の血はすぐに用意できる。針を13本、麻ひも、割れた鏡も今日手に入れてきた。後はあいつが身につけているもの、髪の毛、なんでもいい。何かあれば呪い殺すことができるのに。

まずは、今日、呪物を作った。後は、蠱物のみだ。

5月16日

どうにか、手に入れる方法は・・・

5月22日

名案だ。あいつは本のサイン会をやる。その会場に行けば蠱物を手に入れることができる。近づきさえすれば何でもいい。何でもいいんだ。

5月26日

ついにやった!偉そうにサインなんかしやがって。このサイン、そして、握手をした!これで(不明瞭な文字)。

明日、早速〇〇神社に埋めに行こう。

5月28日

こころなしかテレビに映るあいつの精彩がなくなっている。まだまだ。もっと苦しめばいい。

(以下、恨み言が1ページ以上に渡って書かれていたらしいが省略)

6月4日

まだ生きてやがる。早く、早く死ね。

これはお前が今までやってきたことだ。自分に不利な人間を全部殺してきた。俺は知ってるんだぞ。今度はお前が裁きを受ける番だ。

俺の人生を返せ。死をもって償え。

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「結局、✕✕に呪いは効いたんですか?」

「ああ、偶然かもしれないが、6月下旬に✕✕はスピード違反の取締を受け、逃げようとして事故で死んだんだ」

「マジっすか・・・」

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6月22日

新聞を読んだ。ざまあみろ。ざまあみろ!

やった!やってやったぞ!!

これであいつはもう俺の人生を歪めることがないんだ。俺は自由だ!

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「なんか、テンション高くなってますね。本当に呪いが成功したってことっスか?」

「さあな、でも、この後、日記にはしばらくハイテンションな記述が続くんだ。おそらく書き手と✕✕はなんの面識もない。だが、彼からすれば自分の人生を捻じ曲げた張本人が死んで清々したからだろう。7月には元気になったので会社に復職するーという記述も見られ始めたんだ。ただ、」

もっと狂い始めるのはこれからだー

先輩は前置きをして先を続けた。

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7月15日

あいつがこの世からいなくなったせいか、体調もよい。産業医の指示も守れている。復職ができそうだ。仕事もうまくいくに違いない。俺は無敵だ。

7月18日

昨晩、夜中に玄関の扉を叩く音がした。誰のいたずらだ?酔っぱらいでもいるのか?

安眠が妨害されたらかなわない。

7月19日

まただ。夜中にうるさい。

7月20日

また夜中に扉を叩く音。今度は戸を開けて確認したが、外には誰もいない。誰だ一体!

(この後、ほぼ毎日のように同様の記述がある。)

8月2日

もう、我慢の限界だ。復職も近いのに、こんなことに邪魔されたくない。

今日は一晩中戸を見張り、音が鳴ったらすぐに開けてみるつもりだ。

8月3日

何だ、あの目は?見間違いか?

いや、一応書いておこう。昨晩、午前2時ごろにやはり音がなった。すぐさま戸を開けたが、周囲に誰もいない。戸を閉めた後、郵便受けのフタが開いていて、そこから目が見えた気がした。しかも、逆さまに覗いている目だ。

見間違いに違いない。

その他は変わったことはない。

8月5日

相変わらず音が鳴る。郵便受けのフタにガムテープを貼った。

これで大丈夫。もう覗かれない。

8月7日

だめだ。ガムテープくらいじゃ、防げない。カリカリいっている。細い隙間から入ろうとしている。

8月11日

何かが家の中に入ってこようとしている。昨日、扉を開けたときに入られていないか不安。もう、扉を開けるのはやめておこう。

8月13日

あれは夜中になると動くようだ。郵便受けはふさいでいる。他?水道の蛇口から?まさか!昼は大丈夫だ。でも夜が怖い。

8月14日

カリカリ、カリカリ、一晩中音がする。なんだ、あれは?どうしたらいい?入られたら、俺もあいつと同じように・・・

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「この後、日記は支離滅裂になっていく。被害者の会社に連絡をとったところ、8月10日を最後に連絡が全く取れなくなったそうだ。」

「ちょうど、『なにかが入ってこようとしている』と日記に書かれている後からですね」

「そうだ。」

「その後はどうなったんですか?」

「その後はだな・・・」

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8月15日

だめだ。あらゆるところから入ってこようとしている。

どこからも覗いていやがる。

怖い、怖い

怖くて扉を開けられない。水道の蛇口もひねることが出来ない。

(以下、字が乱れ始める)

8月20日

そうか・・・こぶつ

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「ここで、日記が終わっていた。発見される10日くらい前だ。」

「ところで、やっこさんの死因は何だったんですか?」

「死因か。餓死だ」

冷蔵庫の中には豊富に食べ物があったし、別に水道や電気も止められていない。

にも関わらず、本人は餓死だったという。

「なあ、呪いって、本当にあんのかな?」

ビールを煽り、とろんと酔った様な眼で、先輩は誰にともなく言った。

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