配信を終え、ベットの上に寝転がった。
なぜ、のど飴の種類を知っているのであろうか。
「私は市販の龍丸散をよく舐めてるよ〜。ビーハニーって聞いたことないけど、美味しいなら今度買ってみようかな」と誤魔化してその場をやり過ごした。
コメント欄を再確認したがどうやら「ドクロ男爵」は私の生歌を聞いたことがある人物だ。
ということはそれは間違いなく、アイネの中が私であるということを知っていることになる。
「ドクロ男爵・・・」そう呟きながら、そのハンドルネームの人物像が徐々に脳内に浮かび上がり輪郭を形成していく。
ガタイがよく見えるが全身がブヨブヨの肉で包まれているだけの図体。
テカテカに黒光りした脂ギッシュな長髪。
まんまるの顔に包丁で切れ込みを入れたような細い目。
やぼったい団子っぱな。
分厚い唇の隙間から見える薄汚れた並びの悪い歯。
全く似合っていない赤い縁のメガネ。
黒系の素地に得体の知れないロゴとドクロマークがプリントされているTシャツをよく着ていた。
腰回りには鎖がジャラジャラと巻き付いてきた。
典型的って言えばそんなタイプだ。
アイドル時代こいつに追いかけ回されて最終的にアイドルを辞める決定打となった嫌な記憶が再起してくる。
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蛙石広大(びきいし こうだい)
ドクロ男爵は絶対にあいつだ。
ただどうやって私がアイネだと分かる情報を手に入れることが出来たのだろうか。
どこからか個人情報が流れている?
ネットで何度か「アイネ 中の人」でエゴサーチをしたことがあるが、私の正体に辿り着いている記事はなさそうだった。
事務所が流出させてしまったらもっと反響があるだろうし。
色々考えを張り巡らすも答えが出ない。
ムクっと起き上がりのど飴の瓶を机の中にしまい、そのまま寝ることにした。
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「ブブブブブ」とスマホのバイブ音で目が覚めた。
「久しぶり〜元気してた?暇だったらお茶でも行こうよ〜!!!」と私の感傷なぞお構いなしで元気な声が耳元に反響した。気分も落ち込んでいるのでタイミングとしてはバッチリだが。
「久しぶりって。二週間くらい前にあったでしょ笑。でも暇してたから行こ!」と私は快諾した。
待ち合わせ場所に辿り着くとそこには元アイドル仲間の島田えみるが私を見つけ大仰に手を振っていた。
「ごめんごめん。待った?」
「全然!私も今きたばかりだよ!」
「それならよかった。お店は島田チョイスの場所?」
「うん!SNSでバズって人気あるんだけど、そこにあるシフォンケーキがものすごく美味しいんだって!というか何回も言うけど島田って呼ぶのやめてよ〜」
「島田は島田でしょ!」
「島田ってなんかアイドルっぽくないいじゃん」
「もう私たちはアイドルじゃないでしょ」
「う〜ん。気持ちはまだアイドル?的な?」
「はいはい」と私は適当に相槌を打ったが島田は「も〜」と膨れっ面をして納得していなさそうだった。いや、実際にもうアイドルじゃないからね。
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シフォンケーキを平らげて一息ついたところで、件の話をすることにした。
「え〜!?あいつまだアイネに付き纏ってたの?」と目をパチクリさせている。
「いや確定ではないのだけど、多分あいつかなって、、、というかプライベートでその名前で呼ばないでよ」と私は浮かない顔で答えた。
島田はアイネの中が私であることを知っている。
というのもこの子の伝手でVチューバーとなったのだった。
島田がいなければアイネも今の私もいなかったのだ。
島田も一時期はそっちの路線で目指そうとしていたみたいだったが、結果は上手くいかなかったみたいだ。
今はその事務所の事務員をやっている。そんな島田は私の歌唱レベルとかを知っており、Vチューバーとしてなら上手くいくと思った算段で声を掛けてきた。
結果は割と上手く行ってしまった。
そうなるとまるで私が島田を踏み台にした感じになってしまうが当の本人は「私はやっぱり顔で勝負しないと上手くいかないから」と天然なのかケンカを売ってるのか分からない返答をされたが相手にするのは止めた。
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「でもどうやってその情報を入手することが出来るんだろうね」と首を傾げた。
私もそこが最大の疑問だった。
「流石に内部から漏らされているとは考え難いけども」
「そうだよね。う〜ん。あいつのヤバさは尋常じゃなかったもんね。警察に投げかけても思ったより頼りにならなかったもんね。というかそういう仕事している私たちにも原因あるから的な対応だったよね」と島田は眉間に皺を寄せていた。
「まぁ、アイドルにストーカーはつきものだとはいっても、こっちとしては別に望んでないからね」
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蛙石は最初は気のいいオタクの人くらいの認識しかなかった。
私も特段人気あるわけではなく、ファンと言ってくれるだけでも凄く嬉しかった。
何度も足を運んでくれて徐々に仲が良くなっていった。
あくまでもアイドルとファンの垣根は超えないが。
ただあいつが勘違いをし始めて私が蛙石に好意があると思われてしまった。
ライブが終わった後に二人になろうとしつこく誘ってきたので、私もちょっと距離を取ろうと素っ気ない態度で接するようになってしまった。
それが仇となってしまった。
あいつはエスカレートして私に付き纏うようになった。
家がバレるのも一瞬だった。
ポストには毎日のように手紙の類が入れられていた。
挙げ句の果てには使用済みの避妊具も入れ込まれている時があり、流石に悲鳴をあげてしまった。
警察へと駆け込み、蛙石は私に近づくことを禁じられた。
その甲斐あってか、一時期はストーカー好意がピタッと止まった。
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ただそれでで安堵してしまった私が甘かった。
掛け持ちしていたバイト先の飲食店であいつが急に現れて「俺が悪かった、また前みたいに普通に話したい」と言ってきた。
あまりに虫の良い話だった。私がそれまでの間どれだけ苦しめられたか。
その苦しさを考えることなく、どうしてこんなにも簡単に近づいて来れるのだろうか。
「やめてください。また警察に言いますよ」と私は機械的に答えた。
舌打ちでもしそうな顔で、あいつは店を後にした。
なんで逆恨みされなければならないのか。
でも相手にしてはダメだ。
毅然としていれば折れてくれると信じていた。
いやそうであって欲しいと願っていた。
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ある日のこと、ポストを開けると封筒が入っていた。
中身がちょっと厚めの宛先不明の茶封筒だ。
怪訝に思いながらも封を開ける。
中には写真が何枚も入っていた。
一枚一枚めくって見ていくが、ゴミが散乱している写真でよく分からなかった。
「なんだろ」と呟きながら捲り続けると、見覚えのあるのど飴の殻のビンが写っていた。
全身からスッと血の気が引いていく。そして最後の一枚を見た私は声を出すことさえ出来ずにその場にへたり込んだ。
そこに写り込んでいるのは赤茶色の染みついた使用済みの生理用品だった。
あいつは超えてなならない一線を超えてきたのだ。(続)
作者カバネリ