中編7
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キーちゃん

実は今日、お前に話したい事があってさ、だからウチに来てもらったんだ。

別にそれほど深刻な話ってわけじゃ……いや、深刻っちゃ深刻だな。

まあ、とりあえず聞いてくれよ。

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俺が今の高校に転校してくる前、田巣下町って所に住んでた事は前に教えたよな。

そこにいた頃の話で、俺がまだ小学生になったばっかりの時だ。

その年の夏休みに、家族でキャンプに行く事になった。近くの山にキャンプ場があったから、そこに行った。

で、昼にカレーを作ろうってなって、父ちゃんと母ちゃんと、あと姉ちゃんは三人で野菜を切ったり、火を起こそうとしたりしてた。でも、俺はまだ小一だったから、どの作業も危なくてやらせてもらえなかったんだ。

仕方ないから近くの山道をぷらぷら歩いてた。

その時にな、キーキーっていう動物の鳴き声が林の中から聞こえたんだ。

だいぶ近くで鳴いてると思ったから、俺は道を逸れて、林の中に入っていった。

そしたらな、小さくて変な猿を見つけたんだよ。キーキー鳴いてるのはそいつだった。

大きさは10センチくらしかなくて、木の幹にしがみついてた。

毛の色が黒いから、ニホンザルじゃないって事くらいは当時の俺でも分かった。

でも毛が黒い猿っつったら、チンパンジーくらいしか知らないだろ?

チンパンジーなんて動物園にしかいないはずだし、子供心におかしいなって思いながら、その猿を観察したんだ。

小さいから可愛くてさ、俺は持ってたスナック菓子をそいつにやった。

そしたらそいつは美味しそうに食べた。

で、もっとくれってな感じで、手を振っておねだりするんだ。

そのしぐさがまた可愛くて、俺はそいつをペットにしたいと思って、リュックの中に入れちゃったんだよ。

……ああ、分かってるよ、野生動物をむやみに捕まえて飼っちゃダメな事くらい。法律違反だからな。

ただ、そん時は俺も小学生だ。何にも知らないから平気で持ち帰ろうとした。

でも、親に言ったら反対されそうだから、黙ってたんだ。父ちゃんは動物嫌いで、犬を飼う事すら反対されてたから。

俺は皆に黙って猿を家に持ち帰る事にした。

猿はキーキーうるさいから、親にバレるんじゃないかってひやひやしてたけど、エサをたくさん食べたら鳴かなくなるみたいで、俺は持ってたおやつを全部やった。

おかげで、家に帰るまでバレなかったよ。

で、その日から猿の飼育生活が始まったんだ。

俺は猿にキーちゃんって名前を付けた。理由は当然、キーキー鳴くから。笑っちゃうくらい安直だろ? 

で、俺は親にエサを買ってもらうわけにはいかないから、おやつとかご飯の残りとかをこっそりキーちゃんにやってた。

キーちゃんも俺になついてきて、俺の手に頭をこすりつけて甘えるようになった。それがまた可愛いんだ。

だから、最初はキーちゃんと一緒に生活できて幸せだった。

でもな、一週間くらい経つと、だんだんキーちゃんが可哀想になってきたんだ。

なんでかっていうと、キーちゃんがよく窓の向こうを見ながら、キーキー鳴くんだよ。

キーちゃんはどう見ても子猿だから、親に会いたいのかな、とか思ってさ。そう思いながら見ると、尚更キーちゃんの鳴き声が悲しく聞こえるんだ。

それに、山で見つけた時にキーちゃんが一生懸命鳴いてたのって、はぐれた親を呼ぶためだったんじゃないかなって思えてきてさ……。

だから俺、キーちゃんとは離れたくなかったけど、次の休みに自転車で山に行って、キーちゃんを返そうって思ったんだ。

今思うと無責任な考えだよな。キーちゃんを山に返したところで、親に会えるかどうかなんて分からないし、仮に会えたとしても、キーちゃんには人間の臭いが付いちゃってるから、親も世話をしないかもしれない。そうなればエサの取り方を知らないキーちゃんは飢え死にするだけだ。

でも、当時の俺にはそんな事すら思いつかった。

でな、キーちゃんを山に返す三日くらい前なんだけど、夜中に自分の部屋で寝てたら、ふと目が覚めたんだ。そしたら顔に風が当たってるのに気づいた。エアコンの風にしては妙に暖かくて、どこから吹いてるんだろうと思って部屋を見回したら、窓が少しだけ開いてるんだ。

俺は嫌な予感がして、電気をつけてキーちゃんを探した。

予感は的中。キーちゃんはどこにもいなかった。窓から脱走したんだ。

外に出て探そうかとも思ったけど、あんなに小さなキーちゃんが、暗い夜中に見つけられるわけがないと思って、その夜は泣きながら寝たよ。窓の鍵を閉め忘れた事を後悔しながら。

でもな、朝になって目が覚めたら、キーちゃんがクッションの上で気持ち良さそうに寝てるんだよ。キーちゃんは一人で家に帰ってきたんだ。

俺はもう嬉しくて、キーちゃんに何度も頬ずりした。

そうやって喜んでたんだけど、その日だったかな。学校から家に帰ってきた時に、テレビをつけたら偶然、ニュースで気になる事件を報道してたんだ。

俺の家から1キロくらい離れた所に養鶏場があるんだけど、そこの鶏が何羽も死んでたってニュースなんだよ。野良犬か、山から降りてきた熊に食われた可能性があるってアナウンサーは言ってた。

最初は俺に関係無い事件だと思って、ふーん、としか思わなかった。でも、「山から降りてきた」って言葉が妙に引っかかってさ、だってキーちゃんもそうだから。

事件が起きた日の夜に、キーちゃんは脱走してる。もしかしたら鶏を襲ったのはキーちゃんじゃないかって思ったんだよ。

でもキーちゃんは10センチしかないから、鶏を襲っても、返り討ちにあうだけだ。

だから、俺はやっぱりキーちゃんは犯人じゃないって思う事にした。

でな、その日の夜中なんだけど、俺はまた目が覚めたんだ。窓を見たらまた開いてて、キーちゃんがいなかった。

昨日脱走したばっかりだから、さすがに俺もちゃんと窓を閉めて鍵をかけるのを忘れなかった。なのにキーちゃんは自分で鍵を開けて逃げたみたいんなんだ。

俺は昨日見たニュースを思い出した。まさか、キーちゃんは養鶏場に行ってるんじゃないか。そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、俺は自転車に乗って養鶏場に向かった。

養鶏場に着いたら、外からでも鶏が騒いでる音が聞こえてきた。俺は急いで鶏舎の近くに行って、ガラス張りになってる所から中を覗いた。

電気はついてなかったけど、外灯の光でぼんやりとなら中の様子が見えた。

そこでな、でっかい何かが鶏を襲ってバリバリ食ってるんだよ。どう見ても人間じゃなかったし、熊でもない。背丈が3メートルくらいあって、熊と違って手足が細長かった。

俺が見てたのはそいつの背中だったんだけど、向きを変えて横顔が見えた時、俺は腰が抜けそうになった。

キーちゃんと似たような顔なんだ。

俺は思った。あ、キーちゃんの親だって。キーちゃんがさらわれたから、それを探して親猿が山から降りてきたんだって……。

キーちゃんをさらったのは俺だ。もしそれがバレれば、親猿に間違いなく殺される。

俺はがたがた震えながら、静かに後ずさりしてその場から逃げようとした。

その時、鶏舎の中が明るくなった。

電気をつけたのは猟銃を持った男の人だった。たぶん熊が来たときのために、猟師さんが待機してたんだろうな。

猟師さんは悲鳴を上げてすぐに銃を撃ったけど、親猿はそれを避けて、猟師さんに飛びかかった。

その後の光景は今でも覚えてるよ。ていうか、忘れたくても忘れられない。聞きたくないだろうから詳しくは言わないけど、親猿が猟師さんを食い始めたんだ。

俺はそれを見て、胃の中の物が口にこみ上げてきた。なんとか吐くのは堪えたんだけど、その時にえずいちゃって、その音を聞いた親猿がこっちを見た。

俺は急いで自転車に乗って養鶏所を離れたよ。全速力で暗い夜道を逃げた。

でも突然、親猿が後ろから飛び越えてきて、俺の前に立ち塞がったんだ。

俺はぶつからないようにブレーキをかけて止まった。

親猿が一歩一歩近づいくる。

俺は逃げるのを諦めた。ああ、俺もう死ぬんだなって、妙に冷静に考えてたのを覚えてる。

でもな、親猿が俺のすぐ前まで来た時、どんどん背が縮んでったんだよ。それで、最後は見えなくなっちゃったんだ。

あれって思ってたら、聞き慣れた鳴き声が足下から聞こえてきた。キーキーって。

地面を見たら、キーちゃんがいたよ。親猿だと思ってたのは、キーちゃんだったんだ。

その証拠に、俺が手を伸ばしたら、キーちゃんは頭をこすりつけて甘えてきた。俺はキーちゃんを自転車のカゴに乗せて帰った。

次の日、猟師さんがキーちゃんに殺された件は当然ニュースになってたよ。犯人は熊って事にされてたけど。

……それから何日か経った後に、俺は山にキーちゃんを返しにいった。でも、キーちゃんはすぐに俺の家に戻ってきちゃうんだ。相当なつかれてるみたいで。

だから、俺は責任を持って最期までキーちゃんを飼うことにしたんだよ。

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さて、こっからが本題なんだが、今、お前の腕にしがみついてるのが話にでてきたキーちゃんだ。可愛いだろ、ちっちゃい時は。

小学生の時はあんまり気にならなかったけど、どう考えても見た目がおかしいよな。だって目が全部黄色で、黒目が無いなんて、そんな猿、図鑑を調べても見つからなかった。

……あーそうそう、で、本題っていうのは、キーちゃんにエサをやってほしいんだよ。キーちゃんをお前になつかせたいんだ。

……なんでって、そんなの決まってるだろ。友達がキーちゃんに食われるのを見たくないんだ。キーちゃんも、なついてる奴は食わないだろうからさ。たぶん。

Concrete
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