2024/05/09 お蔵入り映像の話
このブログを読んでいる人のほとんどは知っているだろうが、俺は友人の矢部とYouTubeのチャンネルを運営している。投稿する動画は俺達が実際に心霊スポットに行って撮ってきた映像だ。
撮った映像は必ず動画に編集して投稿してきたが、一つだけ、お蔵入りになった映像がある。今日はその映像について書こうと思う。
その日、俺は面白い心霊スポットがないかネットで探していた。すると、興味深い場所を見つけた。そこは某県にある山なのだが(場所は真似して行く人が出ないように伏せる)、心霊スポットとして紹介されている理由が分からなかった。
普通、心霊スポットというのは二つに分類される。一つは事故や殺人事件の現場だ。そこに被害者の幽霊が現れると噂になり、心霊スポット化する。
二つ目は廃墟がある場所だ。ホテルや旅館の廃墟があれば、「そこで自殺した人がいる」などという真偽不明の噂が後付けされ、心霊スポットとなる。
しかし、その山はどちらの分類にも当てはまらなかった。そこで事故や事件があったわけでも、廃墟があるわけでもない。
そして特に興味を引いたのは、紹介文の警告だ。
『この場所に行き、精神に異常を来して行方不明になった人がいるらしいです』
らしい、というのがいかにも曖昧で嘘くさいが、内容は興味深い。普通は幽霊に襲われる、だの、呪われる、だのと紹介されるわけだが、『精神に異常を来して行方不明になる』、とはいったいどういう事だろうか。
俺はさっそく心霊スポットの情報を矢部に伝え、週末に行く事にした。
約束の日、俺は矢部と車に乗って、例の山に向かった。俺は運転係で、矢部はビデオカメラを持った撮影係だ。
山に到着したときには、深夜二時を回っていた。草木も眠る丑三つ時、心霊スポット巡りにはおあつらえ向きの時間だ。
狭い山道を車のヘッドライトを頼りに進んでいく。
真夜中ということもあってなかなかムードはあるが、道はコンクリートで舗装されているし、いたって普通の山道だった。本当にここが心霊スポットなのだろうかと、俺は首をかしげた。
もしかしたら、紹介していたサイトが、ネタ切れで適当な場所を心霊スポットとしてでっち上げたのかもしれない。
騙されたかもな、と二人で言い合っていたとき、道の先に人影が現れた。
俺は急いでブレーキを踏んだ。車が急停止する。
この辺りに人家は無い。仮にあったとしても、こんな時間に人がいるのはおかしい。
俺は矢部と懐中電灯を持って車を降りた。矢部は懐中電灯だけではなく、カメラも構えて謎の人物に向ける。
その時点では人影から三十メートル程離れていて、顔はよく見えなかったが、だんだん近づいていくうちに、どこかで見覚えがある顔だと思った。そして、ある人物が思い当たった。
近づいていくごとにその人物の顔がはっきりとしてくる。まさか、いやまさかなと思っていたが、やはりそれは、どう見ても俺の伯父だった。伯父は四年前、癌で死んでいる。
「どうして……」
俺は思わず呟いた。
伯父のすぐ前まで来て、俺達は立ち止まる。
俺が何か言おうとした時、先に矢部が口を開いた。
「なんで、じいちゃんがいるんだよ」
俺は言葉の意味が分からなかった。矢部は俺の伯父を知らないはずだ。それに「じいちゃん」とは……。
「どういうことだ? この人を知ってるのか?」
俺がそう尋ねると、矢部はこう答えた。
「ああ、信じられないが、俺のじいちゃんだ。でも、じいちゃんは二年前に死んでる」
俺はさらに混乱した。俺と矢部は違う人間の姿を見ているという事だろうか。
俺が黙っていると、伯父は口を開いた。
「どうしたんだ、せっかく会ったのに黙りこくって。おじちゃんはもっとケンちゃん(俺の名)と話したいのに」
俺が答える前に、矢部が言った。
「そんな事言われても困るよ。じいちゃんこそなんでこんな所にいるんだ?」
矢部の言葉は伯父の言葉と噛み合っていない。姿だけではなく、言葉もばらばらに認識しているらしい。
その後、伯父と矢部のちぐはぐな会話が続いた。
「カメラなんか持ってどうしたんだ?」
「ばあちゃんは元気だよ」
「奥にもっと面白い所があるぞ。そこも撮るといい」
「ああ、俺はちょっと仕事でね。心霊スポットによく来るんだ」
「どうして何も話してくれないんだ?」
「だから、なんでここにいるの? 幽霊にしても墓とかに出てこいよ」
「まあ、ケンちゃんの好きにすればいいけどな」
「この先にも何かあるの?」
「なあ、あの車で家まで送ってくれないか?」
「分かった。じゃあもっと奥に行ってみるか」
まったく噛み合わない会話を聞かされて、俺は頭がおかしくなるかと思った。そのとき、サイトの警告文が頭をよぎった。
『精神に異常を来して行方不明になる』
俺は矢部の腕を掴み、車まで走った。
「なんだよ、いきなり」
矢部が困惑して言う。
「なんか、やばい気がする」
俺はそうとしか答えられなかった。
車の側まで来て、元いた場所を見ると、そこに立っていたはずの伯父がどこにもいなかった。
車に乗り込むと、矢部が言った。
「そんなやばいとは思えないけど。俺のじいちゃんの幽霊だぜ?」
「事情は後で説明するから、さっさとこの山を出るんだ」
俺は車を発進させた。Uターンして来た道を戻る。
「なあ、何がそんなにやばいんだよ」と矢部。
「運転に集中してるから黙ってろ。これから何が起こるか分からない。事情は山を出てから説明する」
「ビビりすぎだろ」
矢部はそう言って呆れていたが、俺は奴が追ってくるのではないかと思い、気が気じゃなかった。
山を完全に抜けた頃、俺はようやく人心地ついた。
「さ、何をそんなにビビってるのか教えてくれ」
矢部に訊かれ、俺は先ほど自分が見た事を伝えた。アレが俺には矢部の祖父ではなく、死んだ伯父に見えた事。それから言っていることもまったく噛み合っていなかった事。
矢部は顔面蒼白で言った。
「じゃあ、アレはじいちゃんの幽霊じゃなかったってことだな。てことは、いったい何なんだ……」
アレが何なのか。そんなことは俺に分かるはずもなかった。
帰りの道中は何事も無く、車は俺の家にたどりついた。
部屋に入り、さっそく撮ってきた映像を二人で見ることにした。
アレの姿は、俺には伯父に、矢部には祖父に見えた。姿だけではなく、その応答もばらばらだったわけだが、ではカメラにはアレの姿と声がどのように記録されているのだろうか……。
俺は矢部と固唾を呑んで映像を見守った。映像は俺と矢部が車を降りたところから始まる。懐中電灯を点け、前方に立っている人物に近づいていく。
人物の姿がよく見える所まで来た。そこに立っていたのは、知らない男だった。よく入院患者が着ている病衣を身にまとっている。顔はひどく痩せこけていて、年齢は五十代くらいに見えた。矢部に訊くと、祖父ではないらしい。
映像の中で俺が「どうして」と呟く。しばらくして二人は立ち止まり、「なんで、じいちゃんがいるんだよ」と矢部が言う。
映像の中で俺が訊く。「どういうことだ? この人を知ってるのか」
矢部がそれに対し「ああ、信じられないが、俺のじいちゃんだ。でも、じいちゃんは二年前に死んでる」と答える。
そのとき、病衣の男が声を発した。
「死者は生き返る」
それに返答するように、矢部が噛み合わない事を言う。
「そんなこと言われても困るよ。じいちゃんこそなんでこんな所にいるんだ?」
「死者は生き返る」
「ばあちゃんは元気だよ」
「死者は生き返る」
俺はそこで映像を止めた。
「おい、なんで止めるんだよ」
「これ以上見ない方がいい。ユーチューブに載せるのもやめよう」
「なんでだよ。こんなはっきりした心霊現象なかなか撮れないのに。めちゃくちゃ再生数稼げるって」
「こんなシロモノは載せない方がいい。正気を失うかもしれない。俺達も、動画の視聴者も」
「……分かったよ」
矢部はしぶしぶ了承し、この映像はお蔵入りとなった。
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以上が俺と矢部の体験談だ。
映像が記録されたSDカードは、今も俺の自宅に保管してある。
作者スナタナオキ