長編11
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魔女の星

高校生の花村直樹は、占い師の家でアルバイトをしていた。

占い師は谷崎恭子という名前の老婆で、歳は聞いていないが、見たところ八十歳くらいだった。

一人暮らしをしている自宅に客を呼び、占いをして生計を立てている。

直樹の仕事の内容は、家の掃除や買い物など、占いとは関係ない雑用ばかりだった。

どうして直樹がこのバイトを始めたのかというと、谷崎さんの元に客として訪れた事がきっかけだった。

それは七ヶ月前の事である。

直樹はクラスメイトの想い人、宮本静香に告白し、成功するかどうかを谷崎さんに占ってもらう事にした。

谷崎さんは知る人ぞ知る凄腕の占い師である。

近所に住んでいた直樹はその噂を知っていたので、試しに占ってもらう事にしたのだ。

谷崎さんの家はどこにでもある普通の一軒家だった。

インターフォンを押すと、無愛想な老婆が出てきた。

それが谷崎さんとの最初の対面だった。

「なんだい」

谷崎さんがぶっきらぼうに言う。

「あの、占いをしてもらいたいんですけど」

「名前は?」

「花村直樹です」

「何を占ってほしいんだい」

直樹は周囲を見渡し、人がいないのを確認して言った。

「あの、好きな人へ、その、告白しようと思ってて、上手くいくのか気になって」

「……どきな」

「え?」

「占ってやるからどきな」

「え、ああ、すみません」

直樹は急いで横に避けた。

谷崎さんが外に出る。

てっきり家の中で占ってくれると思っていたので、直樹は少し驚いた。

谷崎さんは外に出ると、数分間黙って空を見上げていた。

そして、直樹の顔を見てこう言った。

「失敗するね」

「うっ……そうですか」

直樹は言葉の弾丸に心をえぐられたが、それに構わず谷崎さんが言った。

「さ、占ったんだからさっさとお代をおくれ」

「ああ、はい、いくらでしょうか」

「十万」

「十万! そんなにですか!」

「そんなに、じゃないよ。なんたって未来が分かるんだから、妥当な値段さね。高すぎると思うなら、金を払うのは告白の結果が分かってからでもいいよ。ま、占いは絶対に当たるけどね」

「そ、そうですか。なら、そうします」

直樹はそう言って谷崎さんの家を辞した。

そして、占いは的中した。

直樹は見事に想い人からふられたのだ。

だが、占いで結果は既に予想していたので、心のダメージは最小限に抑えられた。

その翌日、直樹は金を持って谷崎さんの家に行った。

ただ、十万円も持っていなかったので、とりあえず二万円だけ支払い、残りは待ってもらう事にした。

インターフォンを押し、また無愛想な谷崎さんと対面する。

事情を話すと、谷崎さんは言った。

「ダメだよ。金は全額、すぐにでも払ってもらわないと」

「そんな、僕学生で……」

「知ったこっちゃないよ、そんな事は。親にでも頼んでさっさと払いな」

直樹も親に頼る事は考えていた。

しかし、占いに十万もかかったなど、口が裂けても言えない。

こっぴどく叱られるだけだ。

そこで、直樹は言った。

「あの、それじゃあ、ここで働かせてくれませんか?」

「なんだって、何するんだい?」

「何でもやります。掃除とか、洗濯とか」

「ふーん、そうだねぇ……」

谷崎さんはしばし考えて、こう答えた。

「まあ、いいだろう。じゃあ、あんたは今日から雑用係だ」

「ありがとうございます」

直樹は谷崎さんに頭を下げた。

一ヶ月の労働で一万円を支払った事にする契約で、最初に二万円払ったので、後八ヶ月働く事になった。

一ヶ月一万円換算は安すぎるように思えたが、直樹は文句を言える立場ではなかったので、しぶしぶ了承した。

こうして、直樹のアルバイト生活が始まったのである。

谷崎さんの家で仕事をしていると、毎日何人ものお客さんが訪ねてきた。

直樹はお客さんの依頼や、占いの結果を谷崎さんの側で聞いていた。

そして、占いは必ず的中した。

その事はお客さんが後から谷崎さんにお礼を言いに来るので分かった。

直樹と同じように、占いが当たったと分かってから料金を後払いする人もいる。

直樹は次第に谷崎さんがかっこよく見えてきて、弟子にしてくれないかと頼んだ事がある。

しかし、谷崎さんは断った。

教えられる事は何も無いらしい。

谷崎さんは星を見る事で、その人の未来を占うのだが、この星は普通の星ではない。

谷崎さんにしか見えない星なのだ。

例えば、谷崎さんの目には血のように赤い星や、月よりも大きい星が見えるらしいのだが、普通の人にはそれが見えない。

また、星は普通夜にしか見えないものだが、この特殊な星は昼にも見えるらしい。

だから、谷崎さんは明るい昼間にでも占いができた。

そういうわけで、直樹は谷崎さんの弟子になる事は断念した。

だが、谷崎さんの占いを側で見ている事は、それだけで楽しかった。

直樹が特に印象に残っている占いがある。

それは鈴木康男というお客さんにした占いだった。

鈴木さんは五十代の癌患者で、若くして末期癌になってしまい、医者からは余命三年の宣告を受けてしまったらしい。

鈴木さんは本当に三年も生きられるのか不安なので、谷崎さんに正確な余命を占ってほしいと頼んだ。

谷崎さんは外に出て、空を見上げていった。

「あんたは、五日後に死ぬよ」

側で聞いていた直樹は驚いた。

だが、鈴木さんの方がはるかに驚いただろう。

鈴木さんは怒りながら言った。

「ふざけないでください。いくら末期癌だからといって、たった五日で死ぬわけがないでしょう。失礼する」

鈴木さんはそう言って、お金も払わず帰ってしまった。

直樹も内心、鈴木さんと同じ事を考えていた。

鈴木さんは言われなければ癌患者だと分からないほど元気そうだった。

それがたった五日で死ぬわけがない。

さすがにこの占いは外れるのではないか。

そう思っていた直樹だったが、五日後にニュースを見て度肝を抜かれた。

それは車が歩道に突っ込み、歩行者を死なせてしまったというニュースなのだが、被害者の名前が鈴木康男だったのだ。

谷崎さんの占いはやはり的中した。

その事を谷崎さんに話すと、不気味な笑い声を上げてこう言った。

「イーッヒッヒッヒッ。あの男、交通事故で死んだか。そうかいそうかい」

直樹は意外に思って尋ねた。

「え、谷崎さん知らなかったんですか? てっきりこうなる事も占いで知ってると思ってたのに」

「星が教えてくれたのは、あの男が五日後に死ぬという事だけだよ。どうやって死ぬかまでは分からなかった。交通事故で死んだとなると、さぞ苦しんだだろうね。イーッヒッヒッヒッ」

谷崎さんはまた不気味に笑った。

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直樹が谷崎さんの元で働き始めてから七ヶ月が経過した頃。

いつものように谷崎さんの家を訪れた直樹は、対面した谷崎さんに恐ろしい事を言われた。

「あんた、もうすぐ死ぬよ」

直樹は血の気が引いた。

「……どういう事ですか?」

「言ったままさ。昨日、偶然星を見ていて気づいたんだけどね、近い将来、あんたは死ぬ」

「どうして死ぬんですか? その死は避けられるんですか?」

「どうやって死ぬのかは星が教えてくれなかったから分からない。ただ、避け方なら分かるよ」

「よかった、その方法を教えてください。バイトの期間を延ばしてもいいですから」

「そんな事はしなくてもいいよ。これはあんたに頼まれてやった占いじゃないからね。で、避け方なんだが、あんた、中山って名前の女に心当たりがあるだろう」

「ええ、あります」

直樹のクラスには中山穂乃花という女子生徒がいた。

中山はクラスで一番の美人だったので、男子の誰もが憧れを抱いていた。

「その中山っていう女を犯す事、それが死を避ける唯一の方法だ」

直樹は耳を疑った。

「犯すって、せ、性行為をするって事ですか?」

「それ以外何があるんだい」

「どうしてそれで死が避けられるんですか?」

「そんな事は私にも分からないよ。ただ、星はそう言ってる」

「もし、中山さんを犯さなかったら、僕はいつ死ぬんでしょうか?」

「詳しい日にちはまだ分からないが、一年以内だ。それから、一週間以内に中山を犯さなければ、あんたはもう助からないよ。それ以降に中山に手を出したって、もうどうにもならない」

「僕は、どうしたらいいんでしょうか?」

「そんな事はあんたが決める事だ。私は未来を教えるだけ。さ、長話はこれで終わりだ。さっさと仕事をしな」

「……はい」

その日、直樹は一向に仕事に身が入らなかった。

仕事を終え、家に帰っても、頭の中は谷崎さんにされた話で一杯だった。

夕飯を食べる気も起きず、自分の部屋に閉じこもって考えた。

谷崎さんの占いが外れる事は絶対にない。

このままだと自分は一年以内に死んでしまう。

それを避けるには、中山さんを襲うしかない。

中山さんに事情を説明し、性行為をしてもらう事はできるだろうか。

いや、絶対に無理だ。

こんな話を信じてもらえるわけがない。

であれば、やはり無理矢理襲うしか……。

直樹は同じ事を何度も何度も考えていたが、やがて決心がついた。

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翌日、学校の帰りに、直樹は中山さんを尾行した。

中山さんが自宅に着き、ドアの鍵を開けた瞬間、直樹は後ろから中山さんの口を押さえて脅した。

「騒ぐな、少しでも騒いだら殺す」

そう言ってナイフを中山さんの顔に向ける。

中山さんは小さく頷いた。

そのまま直樹は中山さんと家に入った。

誰もいないらしく、中は静かだった。

「お前の部屋に連れて行け」

直樹は中山さんの耳元で囁いた。

中山さんは逆らわず、自室まで歩いた。

直樹は部屋に入ってドアの鍵を閉めると、中山さんを押し倒し、行為に及んだ。

行為を終えると、直樹は逃げるように家を出た。

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翌日、学校に行くと、中山さんは欠席だった。

あのような事をされたのだから当り前だ。

それに比べて、どうして自分はのこのこ学校に来ているのだろうか、と直樹は思った。

本来であれば警察に自首していなければならないはずだ。

しかし、どうしてもそれをする決心がつかなかった。

直樹は中山さんに申し訳ないと思っている反面、あわよくば逮捕されたくないという気持ちも抱えていた。

たしかに自分は罪を犯したが、やりたくてやったわけではない。

あれは自分の命を守るために仕方なくやった行為で、いわば正当防衛で人を殺したのと同じだ。

しかし、事情を説明したところで、それを警察や裁判所が聞き入れてくれるわけがない。

自分は普通の性犯罪者と同じように裁かれるだろう。

そんなの理不尽だ。

直樹はそう考え、自首ができない自分の心を必死で慰めていた。

だが、それでも抑え込めない罪悪感に苛まれた。

授業が始まったが、心ここにあらずの状態で、まったく内容が頭に入らなかった。

そのまま学校が終わり、帰り道を歩いていると、不審な車が直樹の隣に止まった。

その中から知らない男が二人出てきて、いきなり直樹の顔面を殴りつけた。

みぞおちに追撃の拳がめり込む。

直樹は激痛に呻き、その場に倒れ込みそうになったが、両脇を男達に抱えられ、むりやり車に乗せられた。

後部座席に押し込められると、直樹は手足と口を布で縛られた。

車の中には運転手の男が一人と、後部座席に二人の男がいる。

運転手は後ろの二人と話しているが、その声に聞き覚えはなかった。

三人とも、直樹が知らない男である。

なぜ自分が拉致されているのか分からなかったが、口が布で縛られているので、それを聞き出す事もできない。

しばらくすると、車が止まった。

着いた先にあったのは、廃墟のビルだった。

直樹は車から出され、ビルの中まで歩かされた。

壁のあちこちに落書きがされている。

どうやら不良の溜まり場のようだ。

一階にある部屋のドアを開けると、そこには中山穂乃花が立っていた。

直樹はようやく事情が飲み込めた。

これは中山さんの復讐らしい。

男達はどう見ても中山さんよりも年上だが、この中の一人が中山さんの彼氏なのだろう。

直樹は男達の一人に背中を蹴飛ばされた。

中山さんの前に倒れ込む。

男が言った。

「こいつで間違いないよな」

「うん、間違いない」

中山さんの目には激しい憎悪の色が浮かんでいた。

中山さんが直樹を見下ろして言う。

「お願い。こいつを殺して」

男の一人が答えた。

「俺の女に手ェ出しやがって。穂乃花に頼まれなくても殺してやる」

そう言って部屋の隅に立てかけてあったバットを手に取った。

だが、直樹はあまり恐怖を感じなかった。

なぜなら、谷崎さんは中山さんを犯せば死を回避できると言っていたからだ。

こいつらに殺される事は絶対にない。

きっと、誰かが助けに来てくれるはずだ。

男がバットを振り上げる。

直樹は助けが来る事を祈りながら、振り下ろされるバットを見て目をつむった。

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「じゃあ、直樹は植物人間になったって事ですか?」

母の声を聞き、直樹は目を覚ました。

目を覚ましたといっても、目を開いたわけではない。

なぜかまぶたを動かす事ができなかった。

それだけではなく、全身に力が入らない。

指一本動かす事はできなかった。

ただ周囲の音は聞こえ、また肌の感覚から、自分が仰向けでベッドに寝かせられている事は分かった。

誰かが母親の問いに答える。

「いえ、まだ植物状態と決まったわけではありません。脳の損傷具合からすると、意識は回復する可能性があります」

どうやら答えているのは医者らしい。

あの男から暴行を受けた後、自分は病院に運ばれたようだ。

母がすすり泣きながら医者に尋ねる。

「先生、直樹はいつ目を覚ますんでしょうか?」

「それはまだなんとも。明日かもしれず、一ヶ月後かもしれず……。とにかく、今後の治療方針をお話ししますので、こちらへ」

二人の足音がベッドから遠ざかっていった。

直樹は絶望的な気持ちになった。

自分は死を免れたが、身体を動かせなくなってしまったらしい。

これでは意識が戻ったと伝える事もできない。

そう思っていると、直樹のベッドに一人の足音が近づいてきた。

ベッドの横で止まり、声がした。

「聞こえているかい、あたしの声が」

それは谷崎さんの声だった。

「あたしが言った通り、中山とかいう女を犯したみたいだね。星を見たら、あんたが一年以内に死ぬ運命は変わってたよ。しかも、あんたはこれからうんと長生きするらしい。良かったじゃないか」

この状況でそんな事を聞かされても嬉しくなかった。

今気になるのは、いつこの状態から解放されるかという事だけだ。

直樹の心を察したかのように、谷崎さんが言った。

「それから、これも星が教えてくれたんだが、あんたは一生、全身が動かないままだってさ。イーッヒッヒッヒッ」

谷崎さんは笑い声を上げながら、ベッドから遠ざかっていった。

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