中編4
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ぬりかべ

【前書き】

2007年、アメリカのユタ州にある図書館に収められていた『化物之繪』という江戸時代の絵巻物に、妖怪「ぬりかべ」の絵が描かれていることが発見され、話題になった。

三つ目の白い化け物の側に、「ぬりかべ」と名前が付されている。

ぬりかべは九州地方の伝承に登場する妖怪(怪異)である。

夜道を歩いていると、前方に透明な壁が立ち塞がり、先に進めなくなる事があるという伝承で、この透明な壁をぬりかべと呼んだ。

しかし、『化物之繪』のぬりかべは、九州地方に伝わるぬりかべとは同名なだけで、違う妖怪である可能性も指摘されている。

たしかに、三つ目の白い化け物の姿には、壁を想起させるような要素がない。

果たして『化物之繪』のぬりかべは、どのような妖怪なのか。

九州地方の伝承と何か関係があるのか、ないのか。

答えは誰にも分からない……。

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中谷敦は一人で山にキャンプに来ていた。

人間関係の煩わしさから解放してくれる大事な趣味だった。

森の中にテントを張り、今日はそこで一泊することにした。

夜になり、焚き火の周辺しか見えなくなった頃、中谷は夕飯を食べ終わって、トイレに行きたくなった。

近くにキャンパー用のトイレがある。

立ち上がってそこに向かった。

懐中電灯で道を照らしながら歩く。

すると、突然何かにぶつかった。

痛くて鼻を押さえる。

何にぶつかったのかと懐中電灯で前をよく照らしてみるが、障害物は見当たらなかった。

不思議に思いつつ再び前に進もうとすると、また顔に何かがぶつかった。

まるで見えない壁が道を塞いでいるようである。

そんなはずはない、と思いながら手を前に出してみると、本当に壁のような硬い感触がした。

どれだけ押しても動かない。

懐中電灯を地面に置き、両手で力いっぱい押してみる。

だが、見えない壁はびくともしなかった。

左右も調べてみたが、見えない壁はどこまでも横に広がっており、進めそうな場所はない。

中谷はこのような現象に心当たりがあった。

九州地方に伝わる「ぬりかべ」と呼ばれる怪異だ。

伝承によると、夜道を歩いている時に、透明な壁が立ち塞がり、前に進めなくなることがあるという。

この透明な壁をぬりかべと呼んだ。

もし、その道を通りたければ、木の枝などの棒でぬりかべの下を払えばいいらしい。

そうすればぬりかべは消えてしまうという。

中谷は懐中電灯で壁の下を払ってみた。

その後、手を当ててみると、先ほどあったはずの壁が無くなっていた。

前に進めるようになっている。

ぬりかべの伝承は本当だったのかと、驚きと興奮を覚えながら再び歩き出した。

そのときだった。

森の奥から牛のような鳴き声が聞こえた。

この山に牧場など無かったはずである。

中谷はびくりとした後、立ち止まって鳴き声に耳を澄ませた。

鳴き声は道の向こうから何度も聞こえてきた。

だんだん大きくなっている。

こちらに近づいているようだ。

中谷は体が硬直し、その場に立ち尽くした。

懐中電灯は道の前方に向けられている。

その光が、近づいてくる生き物の姿を映した。

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それは一見すると白い像のような姿だった。

四足歩行の巨大な体格はまさに像だが、鼻は短く、人間の鼻と同じような形をしていた。

その上には大きな三つの目が付いている。

この世のものとは思えない姿だった。

化け物がこちらに近づいてくる。

中谷は叫び声を上げながら逃げ出した。

来た道を戻る。

テントがある場所にたどり着くが、無視してひたすらに走った。

荷物などどうでもいい。

車のキーさえあれば逃げられる。

うしろからは不気味な鳴き声と足音が迫ってきていた。

距離がどんどん縮まっている。

中谷は駐車場に向かって全速力で走った。

道を抜け、駐車場に着く。

自分の車を急いで見つけて乗り込んだ。

エンジンをかけ、車を発進させる。

駐車場を出て、麓に続く道に入った。

山さえ降りれば、さすがにあの化け物も追ってこないだろう。

真っ暗な夜道を突き進む。

突然、激しい衝撃に襲われた。

エアバッグに顔面が叩きつけられる。

何が起こったのか分からない。

車が何かにぶつかったようだが、前方に障害物など無かったはずだ。

シートベルトを外し、朦朧とした意識で車から出る。

ボンネットが潰れていたが、やはり車の前には何も無かった。

前方に手を触れてみる。

透明な壁が立ち塞がっていた。

車にある懐中電灯を取るため振り返ると、そこには三つ目の化け物が、大きな口を開いて――

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