中田さんが知人の誘いで婚活パーティーに参加した時から始まる話です。
中田さんは、1人で参加するのは不安だという知人に半ば強引に付き合わされる形で市の主催する婚活パーティーに参加していました。
1人で参加するのが不安だなんて言っていた友人は水を得た魚のように会場内をあちらこちらへ移動しながら女性と歓談しています。
「あいつめ、何が1人じゃ不安だよ…」
「それでは皆さん、ここから10分ずつ順番にペアを作りましょう。全員と当たるようにしてくださいね。ではスタート!」
主催者の掛け声と共に参加者達はペアになって話し始めました。
中田さんが相手を探してウロウロしていると、1人の女性が目に留まりました。華やかに着飾った女性陣の中で彼女はお世辞にも派手とは言えないくすんだ色のワンピースを着て、長い髪を後ろで一つに束ねただけの姿で佇んでいました。
「あの、よかったら話しませんか」
「はい。ありがとうございます。」
「こういうとこ慣れてなくて…友達に誘われてきたんです。」
「はい。ありがとうございます。」
「えっと…普段は何をされているんですか?お仕事とか…」
「はい。ありがとうございます。」
婚活パーティーには似つかわしくない身なりと、レコーダーのように同じ言葉を繰り返すだけの彼女に気味の悪さを感じ始めた時でした。
「あの…」
「え、はい?」
「余ってますよね。私もなんですけど、よかったら話しませんか?」
「あ、でも…」
気がつくとあの女性は消えていました。
「あれ?僕今…」
「緊張されてます?1人で喋ってたから…」
その後、誰と何を話したかもわからないままパーティーは終了の時間を迎え、気付くと家で風呂に入っていたそうです。
その日から中田さんの周りで奇妙な事が起こり始めました。
最初は、パーティーから1週間程たったある日、中田さんが実家に帰省した時のこと。居間でテレビを見ていると、庭先からふと視線を感じ、道路に面した生垣に目をやると生垣の隙間に何か揺れるものがありました。
目を凝らすとそれは人のようでした。しかし生垣が邪魔をしてハッキリとは見えません。
あんなところに立って何をしてるんだ…中田さんが庭を出て見ると、誰もいません。
気のせい…か?でも確かに何かが…
次は更に数日後、通勤の満員電車の車内。
目の前に女性が立っていて、必要以上に身体が密着しているのはわかったのですが、身動きが取れずに顔を見ることはできず…そして女性の体が異常に冷たく、何よりも生臭い…しかしどこの駅で降りたのか気がつくと女性の姿はありませんでした。
そして最後はそれから1週間後の日曜日。
昼前に目が覚めた中田さんは昼食を食べに外に出ました。いつもの定食屋へ向かういつものルート。
しかし気がつくと知らない道を歩いていました。
いえ、知らない道ではなく、知っている道のはずなのに景色が違います。コンビニを過ぎて、パン屋を過ぎて、その先は駐車場があるはずなのにそこには一面のひまわり畑がありました。
時期はまだ5月の終わりです。こんな季節に咲くひまわりもあるのか…と、ボーッと見とれていると、中田さんの肩丈ほどもあるひまわり畑の中から、空に向かって真っ白な手がスーっと伸びました。
ゆっくりと現れた手は空に向かって伸びていき、手首、前腕、上腕、肩口…と徐々に姿を現していきます。
そしてその下から真っ黒な長い髪の女性の顔が現れました。その女性はまさしくあのパーティーの時のあの女性でした。
女性は無表情に…というより、人の皮をそのまま貼り付けてあるだけのように固まった無機質な顔をこちらに向けたまま手だけをまっすぐ空に向けて伸ばし、次の瞬間
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。」
と、耳元で囁くような小さな…しかし奇妙なことに中田さんにはハッキリと聞こえる声で繰り返しながら空に伸びた手を大きく左右に振り始めました。
中田さんはその光景からなぜ目が離せず、そのまま立ち尽くしてしまいました。
どのくらい時間が立ったのか、気がつくと中田さんの目の前には見慣れた駐車場がありました。
そして、その日の夜から中田さんは部屋から出ることができなくなってしまったそうです。
玄関を開けると目の前にひまわり畑があって、しばらくするとあの女の手が空に向かってスーッと伸びてくるそうなのです。
恐怖で目をつぶると、脳内に女の声が響くそうです。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。」
この話は、ネットで知り合った中田さんという方にメールでお聞きした話で、この後中田さんは少しずつ外に出られるようになってきているそうです。
それでもいまだに、気がつくと駅のホームや、公園や、実家の庭や、家のリビングにもひまわり畑が現れるそうです。
「あの時声をかけてしまって、気に入られてしまったのかもしれないです。」
中田さんは最後にこう言いました。
作者文