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中編6
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令和の熱中症

その日は朝からずっと猛暑だった。

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会社からの帰りにとうとう歩道でめまいを起こした俺は電柱にもたれかかったまま、しばらくその場に佇んでいた。

それからようやく意識を取り戻すと缶コーラでも飲もうとコンビニに立ち寄る。

視界に入った店内は薄いピンクの霧に覆われたような奇妙な様相を呈している。

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─ヤバいな、、まだ暑さで頭がいかれているようだ。

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俺は店奥にあるドリンクコーナーでお目当ての缶コーラを手にしてから、レジカウンター前に立つ。

すると黄色いアフロヘアに白いマスクをした巨漢の男性店員が正面に立つと、焦点の合わない目でボソリと言う。

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「温めますか?」

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「は?」

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俺は思わず聞き返した。

すると今度アフロ店員は苛ついた様子で繰り返す。

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「あ、た、た、め、ま、す、か!?」

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俺はカウンターに置いたキンキンに冷えた缶コーラをまず一瞥して、それから次に店員を見ると、

「い、、いえ、結構です」と恐々答えると早々に金を払い、逃げるように店を出た。

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それからはいつも通り、午後7時18分の地下鉄に乗る。

その日は土曜日というのに車内はガラガラで、俺は長椅子の真ん中にどっかりと座った。

自宅アパート最寄りの駅までは約30分。

連日の仕事の疲れからか、腕を組んだままうとうとしだす。

そして少しの間が過ぎた頃だったと思う。

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「あの、、、隣、空いてますか?」

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突然耳に入る女のか細い声。

驚いた俺は顔を上げた。

いつの間にか正面に、肩までの黒髪に白いマスクをした痩せた女が不安げな顔で立っている。

思わず左右に視線をやった。

長椅子には俺以外誰も座っていない。

すると今度女は

「わたし、、わたし、今日はすっごく暑かったからくたくたなんです!

だから、、だから、、」と今にも泣きそうな顔で訴えだした。

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俺は慌てて

「は、、はい、どうぞ」と言うと、心持ち左側に体をずらす。

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女は「すみませんすみません」と何度も頭を下げながら俺の右隣に座った。

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─なん何だ、この女、頭おかしいのか?

周りはこれだけ空いているというのに、、

いや、待てよ、、もしかしたら何か盗もうと思ってるのか?

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俺は傍らに置いていたカバンを膝上に置き直すと、女から少し離れて座る。

それからたまにチラチラと女に視線をやったが、彼女はただじっとうつむいたまま座っているだけだった。

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駅に着きアパートに続く暗い路地を一人ヒタヒタ歩いていると背後から奇妙な音が聴こえてくる。

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カラン、カラン、カラン、、、

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何だ?と思い何気に肩越しに振り向くと、100メートルほど後方をグレーのスーツ姿で白いマスクの男が歩いてくる。

片手に持った鉄パイプをアスファルトで引摺りながら、ふらふらと覚束ない足取りで。

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カラン、カラン、カラン、、、

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何度となく曲がり角を曲がって進むのだが、それでも男は

後方を付いてくる。

しかも2つの目を大きく見開き俺を睨みつけながら、早足で近づいてきていた。

徐々に二人の距離は狭まってきている。

いつの間にか男は右手に持った鉄パイプを振り上げていた。

うわっ!

俺は小さく悲鳴を上げると走り出す。

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やがて前方にアパートが見えてきた。

俺はゼイゼイ息を切らしながら入口に駆け込むとエレベーターには乗らず、コンクリートの階段を駆け上がる。

それから3階の渡り廊下を進み玄関ドアをもどかしげに解錠し室内に入ると、ドアロックしチェーンを掛けた。

額から生暖かい汗が次々流れているのが分かる。

心臓が早鐘のように脈打っている。

いったい何なんだよ、あの男は?

とボソリと呟くと、俺はしばらく玄関口に座り込んでいた。

それからようやく落ち着くと立ち上がり浴室に行き、軽くシャワーを浴びる。

そしてリビングのソファーに座ると冷えたビールを一気に飲み干し、ほっと一息ついた。

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ふと正面の壁に設置した液晶テレビの画面に目をやると、七三分けをしたくそ真面目な感じのアナウンサーが記事を読み上げている。

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「ここ連日の記録的な猛暑により全国で多数の人が熱中症で倒れ救急搬送されております。

すでに都内にあるいくつかの病院は満床状態になっており、、」

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─こう暑かったら、おかしなやつも現れるのかもしれないな

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俺は帰路に遭遇した、コンビニ店員と地下鉄の女そしてさっきの男のことを思い出しながら苦笑した。

しばらくテレビを見ていると眠たくなってきたので、寝室に移動してベッドに潜り込んだ。

前もってクーラーを点けていたから室内は結構冷えていた。

それから間もなくして、俺は心地好い微睡みの泉に浸かっていった。

そしてどれくらいが経った頃だろう。

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ピンポ~~~ン

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鳴り響く突然の玄関チャイム音で目が覚まされた。

枕元の携帯画面に目をやると、時刻はまだ午後9時過ぎ。

─誰だよ、こんな時間に、、、

俺は一人ぼやきベッドから降りると寝室を出てから、頭を搔きながら廊下突き当たりの玄関口まで歩く。

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ピンポ~~~ン

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再び鳴り響くチャイム音。

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「はい!どちらさん?」

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金属のドアに向かい少しきつめに尋ねてから様子を伺うが、何の返事もない。

訝しげに思いながらドアスコープを覗いてみた。

そしてドキリとする。

髪を七三に分け白いマスクをした男が、薄暗い廊下に虚ろな目で立っている。

さっき路地を歩いていた男によく似ている。

男はまたドア横の呼び鈴ボタンを押した。

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ピンポ~~~ン

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俺はドアに顔を近づけると尋ねる。

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「あの、、何のご用事でしょうか?」

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しばらくすると男の低くくぐもった声が聴こえてきた。

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「あのう、もしかしたら、ここは私の家なんじゃないでしょうか?」

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「は?」

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俺は思わず周囲を見渡した。

下駄箱の上には見慣れた猫の置き物。

そして足元にはいつも履いているお馴染みのスニーカー。

間違いなく俺の家だ。

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「何か勘違いされてるのではないでしょうか?

ここは私の家なのですが」

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すると突然男はドスの効いた声で

「貴様ふざけるなよ!ずっと前からここは俺の家なんだよ」と叫ぶと、思い切りドアを叩きだした。

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ドン!、、ドン!、、ドン!

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「止めろ!警察呼ぶぞ!」

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たまらず俺は叫ぶ。

そして最後に一回男は力任せにドアを叩くと、舌打ちしてから立ち去った。

俺はほっと一息つき寝室に戻ると、改めてベッドに横になる。

薄暗い天井を睨みながら

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─さっきの男といい地下鉄の女といいコンビニの店員といい、みんな暑さで頭をやられてしまってるんじゃないか?

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などと考えていると頭が混乱しだしたのだが、やがてまた微睡みの泉に浸かっていった。

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そして2度めの異変で目が覚まされた時、時刻は深夜1時を過ぎていた。

それは突然耳に飛び込んできた強烈な破壊音。

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ドン!、、ドン!、、ガシャーン!!

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どうやらリビングからのようだ。

何事かと慌てて飛び起きるとベッドから降り、廊下に出てからリビングのドアを開けると電気を点ける。

そして目の前の光景にハッと息を飲んだ。

室内奥まったところにあるサッシ扉のガラスが割られており、その前にスーツ姿の男が立っていた。 

男の足元の床には無数のガラス片が散らばっている。

黒髪を七三に分け白いマスクをしたそいつは、どうやらさっき玄関前に訪れた者と同じ男のようだ。

その右手には鉄パイプが握られている。

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「お前、俺の家を乗っ取る気だな?」

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男は上目遣いでそう呟くと、ずかずかと俺に向かって歩きだした。

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「ひ!」

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俺は小さく悲鳴を上げ振り返り廊下を走り出す。

そして玄関まで行き着くと、焦りながら鍵を開けようとしていた。

だが男の動きは意外に素早くてすぐに背後に追い付き、振り上げた鉄パイプを俺の後頭部めがけて振り下ろした。

ゴン!

鈍い打撃音とともに頭部に高圧電流が直撃したような強烈な痛みを感じると一瞬で目の前は真っ白になり、そのまま玄関口に倒れこんだ。

男は俺に馬乗りになると「チキショーチキショー」と叫びながら、さらに2度3度と鉄パイプを振り下ろす。

やがて俺は痛みを感じなくなり意識を失った。

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それは令和5年8月某日のこと。

その日は記録的な猛暑日だった。

33歳の会社員Sは午後7時頃、商店街の歩道に立つ電信柱の袂に寄りかかったまま意識を失った状態で通行人に発見される。

彼は仕事の帰り道だったようで、その日の異常な暑さと疲労でぐったりとなっていたようだった。

すぐに近くの病院に救急搬送されたが、午後8時前に死亡が確認される。

死因は重度の熱中症。

彼は死の直前まで恐ろしい幻覚に苛まれていたのか、最後まで意味不明な言葉を羅列しながらうなされていたそうだ。

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Fin

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