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長編11
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マラカイ様とホトカイ様

日本海に面した小さな田舎町。

高校二年生の徳山保美は、漁業を営む両親のもと、この町で生まれ育った。

激しかった昨夜の嵐も収まり、初夏の気持ちの良い風が吹く朝、保美は愛犬ルルを連れて海岸へと散歩に出た。

波打ち際には昨日の荒波で海藻や流木、ペットボトルなどいろいろな物が打ち上げられている。

小さい頃から慣れ親しんできた磯の香りを感じながら砂浜を歩いていると、ラベルの付いていない薄緑色をした広口瓶が落ちているのに気づいた。

拾い上げて見ると、中には筒状に丸められた紙のような物が入っている。

手紙だろうか。

何かロマンチックな展開があるかもしれないと、その瓶を手に砂浜を出て防波堤に腰掛けた。

瓶は金属の蓋で閉じられており、濡れないようにだろう、その周りは蝋のような物で固められている。

落ちていた細長い木片でその蝋を剥がし、ドキドキしながら蓋を開けようとした時だった。

ワン、ワン、ワン、ワン!

いきなりルルが凄い勢いで吠え始めた。

普段は大人しく、めったに吠えない子なのだが、どうしたのかとルルを見ると、保美が手に持っている瓶に向かって吠えているように見える。

何かおかしな臭いでもするのだろうか。

鼻に近づけてみても、うっすらと潮の香りがするだけで、特におかしな臭いは感じない。

「どうしたの、ルル?ちょっと静かにしててね。」

そう言って保美が頭を撫でるとルルは吠えるのを止めたが、耳を後ろに下げてその場に伏せてしまった。

どうしたのか多少不安に思ったが、瓶の中の手紙に対する好奇心は強く、ルルが大人しくなったのをいいことに保美は瓶の蓋を開けた。

中に入っていたのは、少し古びた和紙のような紙で、赤く細い糸で結ばれている。

その糸を解いて広げて見ると、そこには筆書きの文字が一行と、何やら奇妙な絵が描かれていた。

『赤い糸を解き、マラカイ様のお姿を陽の光に曝した者は祟られる』

その文字の下には、目がひとつしかない短い蛇のような生き物が鎌首をもたげている姿が大きく描かれている。

「ちょっと待ってよ!こんな警告文は紙の外側に書かなきゃ意味がないじゃないの。もう解いちゃったわよ!」

保美は慌てて紙をくしゃっと丸めて瓶の中に押し込むと、蓋を閉めて防波堤の下に投げ捨ててしまった。

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*********

その夜、保美は夢を見た。

夢の中で保美は、見たこともない古びた家の和室で寝ていた。

部屋に灯りはなかったが、月明りだろうか、窓から差し込む光で部屋の中はうっすらと見渡せる。

それほど立派な家ではなく、どちらかと言えば一昔前の農村でよく見られた一般的な木造家屋だ。

すると足元の方にある襖がスッと開き、黒い影が部屋に入って来た。

その影は寝ている保美の傍へ忍び寄ると、いきなり掛布団の上から抱きついてきたではないか。

間近で見るとその影は全く見知らぬ男だった。

声も出せずに固まっていると、男は耳元で囁くように言った。

「奥さん、今日は俺の番だ。」

奥さんということは、私は結婚しているのか?俺の番とはどういう意味なのだろう?

湧きあがる疑問についてゆっくり考える間もなく、男は掛け布団を剥ぎ取り、直接抱きついてきた。

保美はまだ男性経験がない。

何が起こっているのか考えが追いつかぬまま、男の愛撫を受け、そして股間に何かが侵入してくるのが分った。

もちろん経験はなくとも知識はある。

しかし破瓜の痛みは無く、逆に腰の周りにジンジンするような不思議な感覚が湧きあがってくるのが分る。

そして男はひとしきり動くと保美の胎内に何かを放出し、そそくさと去っていった。

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**********

朝、目を覚ますと保美は慌てて自分の体を確認した。

何も変わったところはない、やはり単なる夢だったのだ。

何であんな夢を見たのだろう。自分でも気づかないうちに欲求不満が溜まっていたのだろうか。

そんな意識は全くなかったが。

保美はいつも通り身支度を整えると、学校へと出掛けた。

保美の地元に高校は無く、同じ海沿いの隣町まで電車で通学している。

学校では、木南依子という仲の良い友人がいて、昼休みなどはよくふたりでお弁当を食べることも多い。

今日も教室の窓際で一緒にお弁当を広げていたのだが、保美はふと昨日の朝の事を思い出した。

「そう言えばさ、昨日の朝、海岸で変な物を拾ったんだよね。」

保美は、依子に昨日の奇妙な紙の話をした。

「マラカイ様?それ聞いたことあるよ。」

驚いたことに依子はマラカイ様を知っていた。

祖母から聞いたという彼女の話によると、この高校のある町から十キロ程離れた場所にある山間の村で祀られている土着信仰の神様らしい。

家内安全、そして子宝の神様として祀られているのは、マラカイ様とホトカイ様という対を成す神様だそうだ。

「それでね、私も見たことはないんだけど、その御神体っていうのが、マラカイ様は男の人のおちんちん、ホトカイ様は女の人のお股のあそこを模した木の像なんだって。」

「ふーん、なるほどね。それで子宝の神様か。でも何であの瓶の中の紙にはマラカイ様の絵しか描かれていなかったんだろ。」

「わかんない、でもね、これはあくまでも噂なんだけど、そのマラカイ様とホトカイ様は妖怪としても恐れられてるらしいよ。」

「妖怪?」

神様と妖怪の違い、それは崇め奉る代わりに何らかの願い事をしたりするのが神様であり、妖怪にはそれをせず、恐れ、避ける一方だというのが一般的な理解だろう。

その両方を兼ねると伝えられるこの二柱の神様、もしくは妖怪とはいったいどのような存在なのだろうか。

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***********

保美は、その後も毎晩同じような夢を見続けた。

依子の話を聞き、ひょっとするとこの夢はマラカイ様と何かしら関係があるのではないか、そんな気がしてきた。

夢を見始めたのは、あの瓶を拾った日からなのだ。

しかし襲ってくる男がマラカイ様なのかと言うとそうではない。

夢の舞台となる家はずっと同じなのだが、覆い被さってくる男は毎晩違うのだ。

これは一体どういうことなのだろう。

保美は依子に頼んで彼女の祖母に相談することにした。

彼女の祖母であれば、もう少し詳しいことを何かしら知っているかもしれないと思ったのだ。

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************

保美は依子の祖母に会うと夢のことも含めて正直に話した。

しかし依子の祖母は、話を聞き終えても渋い顔をして何も言わない。

「おばあちゃん、保美の夢はマラカイ様と関係あるの?」

しびれを切らした依子が答えを促すように問いかけた。

「ああ、おそらく。」

祖母は簡潔にそれだけ答えた。

「マラカイ様って家内安全と子宝の神様じゃないの?」

重ねて依子が質問をする。

「マラカイ様とホトカイ様は二柱揃って初めて子宝の神様となる。まあ、ふたりとももう十七じゃから話してもよいか。」

依子の祖母の話によると、マラカイ様とホトカイ様は二柱揃っている時は、村人を守ってくれる神様だが、それぞれが単独で存在する時、それは殆ど色魔と呼んでいい存在になると言われている。

依子が言っていた妖怪としても恐れられているというのは、このことを指しているらしい。

そしてこの二柱を祀っている山間の村では昔”夜這い”の風習があった。

村の女性は村の男達全員のものであり、婚姻関係は夜の営み以外の生活の為に存在していた。

それは、人口の少ない村が存続していくための方法であり、女性は夜這いしてくる男性を拒むことは許されない。

そして生まれた子供は、村全体で育てるのが習わしだという。

男性も近親者以外の女性に夜這いを仕掛けることがある意味義務であり、それを怠ると村八分の憂き目にあうのだ。

依子の祖母にこの村の事を話してくれたのは、彼女の伯母、つまり依子の大伯母に当たる人であり、彼女はひょんなことからこの村に嫁に行き、最初は驚いたが慣れればそんなものだと思うようになり、結局八人の子供を受けたが、その子達の父親が誰なのかはっきりしないと笑っていたという。

そして夜這いを行う男性の間では、精力の象徴としてマラカイ様が単独で崇拝されていたそうだ。

紙にマラカイ様の絵を描き、それをお守り代わりに持って夜這いに出かけていたという。

「保美ちゃんの見た紙というのは、おそらくそんな”お守り”だったんじゃな。今は夜這いの風習もなくなり、不要になったソレを誰かが瓶に入れて川に流したんじゃろう。」

保美の夢の中で毎回違う男が出てくるのは、夜這いを掛けてくる男達という事だったようだ。

「でもお婆さん、陽の光に曝すなってどういうこと?」

「はっはっはっ、そのマラカイ様はあくまでも”夜”這いのお守りだからじゃろうて。」

依子の祖母は楽しそうに笑ったが、保美にとっては笑い事ではない。

自分は夢の中で永久に犯され続けるかもしれないのだ。

「その紙の入っていた瓶は持っているかえ?」

「いいえ、その場で捨ててしまいました。」

「すぐに探しておいで。そして入っていた紙をホトカイ様の前に供えるのじゃ。マラカイ様はある意味恐妻家じゃから、ホトカイ様の前に置いておけばもう悪さはせんじゃろ。」

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保美は礼を言うのもそこそこに依子の家を飛び出して、海岸へと向かった。

「あった!」

紙の入った瓶は保美が投げ捨てた場所に運良くそのまま転がっていた。

「それなの?私も見てみたいな。」

一緒に来ていた依子がその紙に手を伸ばした。

「やめなさいよ。依子も同じ目に遭うわよ。」

保美がそう言って依子の手を払い除けると、依子は頬を膨らませた。

「でもさ、マラカイ様の祟りって、そんなエッチな夢を見せるだけなんでしょ?マラカイ様は何が楽しいのかしら。」

確かにそれは保美も疑問に思っていた。

祟りと呼ぶにはあまりにも緩くないだろうか。

それとも夢は単なる前兆のようなもので、この後もっと酷い何かが訪れるのだろうか。

とにかくそうであってもなくとも、さっさと祟りを鎮めるに越したことはない。

「とにかく私、明日その村へ行ってくる。」

「ねえ、私もついて行っていい?何だか面白そう。」

「もう、依子ったら。私は真剣なんだからね。」

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*************

翌日、電車からバスを乗り継ぎ、二時間近くかけて保美と依子はその村へたどり着いた。

しかしマラカイ様とホトカイ様を祀っている神社が村の何処にあるのか、皆目見当がつかない。

スマホの地図で見ても周辺に神社の記号も文字も見当たらないのだ。

しかしバス停の近くにある雑貨屋のお婆さんにその場所を聞くと、すんなりと教えてくれた。

それは村外れの小高い山の斜面にある小さな祠で、特に神社としての名など無いらしい。

「しかし、そこへ行くのはいいが、絶対に祠に悪戯などしてはいかんよ。祟られるからな。」

お婆さんの忠告に保美は苦笑いをして答えた。

「いいえ、もう既にマラカイ様に祟られているので、許して貰おうと思って訪ねてきたんです。」

それを聞いたお婆さんは何故かニヤッと妖し気に笑った。

「そうかい。それじゃ、早く行っておいで。ひっひっひ、そうかいそうかい、めんこいおなごがふたりもな。」

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*************

その場所は思いのほか急な斜面の上にあり、ふたりは祠への坂道を息切らしながら登って行く。

「ねえ、保美、さっきのお婆さん、何だか気味悪くなかった?」

「うん、何だか私達が来たのが嬉しそうだったよね。本当にこのまま祠に行って大丈夫なのかな?」

「いまさら何言ってるのよ。祟りを鎮めなくていいなら引き返す?」

「嫌よ。さっさと行きましょ。」

坂を登って行くと、斜面を二坪ほど平らに均した場所があり、そこにふたつの小さな祠が並んで建っていた。

「ここね。どっちがホトカイ様かしら。」

祠には扉がなく、中に祀られている像を直接見ることが出来る。

「あ、こっちがマラカイ様だ。」

手前の祠の中を覗いた依子が、何だか嬉しそうに木彫りの像を指差して保美を振り返った。

保美も中を覗き込むとあの絵とよく似た五十センチ程の彫像が鎮座している。

あの絵を見た時は、ひとつめの蛇だと思ったが、こうやって見ると確かに男根を模した姿に違いない。

もうひとつの祠には、はっきりと女陰を模したと判る彫像が納められていた。

こちらがホトカイ様だ。

保美はポシェットからあの紙を取り出すと、ホトカイ様の前に供えた。

一旦はくしゃくしゃに丸められた紙は綺麗に伸ばされ、元のように丸めて赤い糸で縛ってある。

「ホトカイ様、この紙はお納めしますので、どうかマラカイ様の祟りをお鎮め下さい。」

保美はホトカイ様の祠に向かって柏手を打つと、静かに手を合わせてそうお願いをした。

そしてマラカイ様の祠にもお参りすべきか一瞬悩んだが、このまま素通りするともっと酷い怒りを買うかもしれない。

「マラカイ様、どうかこれでお許しください。」

保美はそれだけお願いすると立ち上がり、背後でその様子を眺めていた依子を振り返った。

「さあ、帰ろっか。依子はお参りしなくていいの?」

「うん、あんまりお近づきになりたくない神様だし、こんなエッチで面白い彫像を見れただけで充分よ。」

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************

結論から言うと、保美はホトカイ様にお願いして以降、あの夢を見なくなった。

しかしそれは全てが解決し、元に戻ったということではなかった。

一か月以上に渡り、毎日違う男に抱かれる夢を見続け、それがあの日以来ふっつりと無くなった。

正直に言えば、あの夢は不快なだけではなかった。

実際にはまだ経験が無いにも関わらず、その快楽は十二分に身体に染みついてしまっている。

夢を見なくなり、逆に悶々とした気分に苛まれる日々が始まったのだ。

そして保美は気がついた。

あの夢を見させること自体がマラカイ様の祟りではなかった。

あの夢を使い、女性を男無しではいられないようにしてしまうことが祟りなのだ。

それが昔のあの村には必要だったということか。

まだ高校二年生の保美が、この人目の煩い田舎町で男を漁って歩くなどできるわけがない。

自分で慰めるのが精一杯。

どうすればいいのだろう…

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************

そうして悶々とした日々を過ごしていると、昼休みに突然依子があの村の話を持ちだした。

あの日以来、何故かふたりの間であの村、そしてマラカイ様のことが話題になることが無かった。

「保美さあ、あの村って昔夜這いの風習があったでしょ?」

依子が突然何を言い出したのか理解できないまま保美は頷いた。

「いろいろ問題があって、今では表向き夜這いは禁止ということになってるらしいんだけど、裏ではいまだにそんな風習が残っているらしいわよ。いわゆる結婚なんかに捉われない自由恋愛って奴?」

保美の脳裏に以前夢に見た夜這いの情景が蘇った。

「それでね、私、高校卒業したらあの村に移り住もうかと思ってるの。」

目を潤ませ、どこか妖しげな笑顔を浮かべる依子を見て、実はこの子もマラカイ様の祟りに遭っているのだと保美は確信したが、依子のその話に強い魅力を感じる自分にも気がついた。

そして同時に…

あのバス停近くの雑貨屋のお婆さんが浮かべた笑みの理由が、保美にははっきりと解ったのだった。

◇◇◇ FIN

Concrete
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