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長編12
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お兄さんとの思い出

僕は近所の公園に来た。

お母さんから「家にばっかりいないで、外で遊びなさい」と言われて追い出されたからだ。

最近、休みの日はいつも追い出される。

でも、僕には一緒に遊ぶような友達がいなかった。

せっかくの休みだから、ずっと家で漫画を読んでいたいのに、お母さんはそれを許してくれない。

きっと、僕に友達をつくってほしいんだと思う。

僕は漫画さえあればそれでいいのに。

仕方が無いので、僕は公園のベンチに座って、お昼になるのを待つことにした。

お昼ごはんを食べるために帰った後は、家にいても怒られなかったから。

それまでやることがないので、他の小学生がサッカーをしているのを、ただ黙って眺めていた。

サッカーなんかに興味はない。

どうしてあの子達はあんなに楽しそうなんだろう。

ただボールを蹴るだけなのに。

そう思っていると、誰かが僕に声をかけてきた。

それは高校生か大学生くらいのお兄さんだった。

「君、いつもここに一人でいるね。他の子達と遊ばないの?」

僕はお兄さんに言った。

「サッカーなんかに興味ないもん」

「ははは、オレと一緒だな。君、小学生でしょ? 何年生?」

「三年生。お兄さんは何歳? 高校生?」

「ううん、大学二年生。ちょうど二十歳。これからずーっと、ずーっとね」

「ずっとってどういうこと?」

「もう歳を取らないんだよ。いや、取れないって言った方が正しいかな。オレもう死んでるから」

お兄さんはなんてことない感じで言った。

「何それ? 冗談?」

「違うよ。証拠を見せてあげるけど、怖がらないでね」

そう言ってお兄さんは僕の顔に触れた。

でも手の感触がしなくて、お兄さんの手は僕の顔をすり抜けてしまった。

「ね、本当でしょ。オレは幽霊なんだ」

僕はびっくりしたけど、不思議と怖くなかった。

まだ朝で明るかったし、サッカーをしている他の子が近くにいたし、何よりお兄さんがやさしそうだったから。

「すごい。幽霊なんて初めて見たよ」

僕は興奮しながら言った。

「オレが初めてとは光栄だな」と、お兄さんは笑って言った。

「ねえ、お兄さんはどうして死んじゃったの?」

「交通事故だよ。で、一ヶ月くらい前に死んじゃった。二十年も生きたけど、最後は呆気なかったね。君も気をつけるんだよ。そういえば、君の名前は何?」

「佐藤蓮。お兄さんは?」

「オレは内藤浩介。佐藤君はどうしてこの公園に来るの?」

「お母さんに家を追い出されたんだ。だから仕方なく」

「……もしかして、お母さんにひどいことされてるの? だったらオレに相談して」

お兄さんがあまりにも心配そうに言うので、僕はつい噴き出した。

「ぷっ、別に虐待とかされてないから大丈夫だよ。ていうか、お兄さんに相談してなんになるの? もう死んでるのに」

「死んでてもできることはあるさ。佐藤君にひどいことしたら許さないぞって、お母さんを脅すくらいのことはできる」

「お兄さん全然怖くないから無理だよ」

「心配してるのに、ひどいこと言うなあ。ま、実際そうだけどね。今のオレは物を触ることすらできないから」

「ねえ、お兄さんはどうしてこの公園にいるの?」

「うーん、それはオレにもよく分からないんだけど、幽霊になってからここが一番居心地がいいんだ。たぶん、思い出の場所だからじゃないかな。オレはよくこのベンチで本を読んでたんだ。佐藤君は本とか読む?」

「難しいそうだから読まない。でも、漫画は読むよ」

「漫画が好きなんだ。気が合うね。じゃあ、魔人大戦は知ってる?」

魔人大戦は僕が大好きな漫画の一つだった。

「知ってるよ。あれめちゃくちゃ面白いよね」

「おっ嬉しいね。あれ青年向け漫画だけど、佐藤君、読めるんだね」

「うん。お父さんが週刊ブレイブを買ってるから知ったんだ。だから毎週楽しみにしてる」

「じゃあ、桜田清司郎がどうなったのか教えてくれない。黒蛇丸と戦ったところでオレ死んだから。続きが気になってしょうがないんだ」

「えっと、桜田は黒蛇丸を封印できたけど、その後死んじゃったよ」

お兄さんは頭を抱えて言った。

「うわーマジかよ。オレ、桜田好きだったのに。でも嫌な予感してたんだよなあ。黒蛇丸の方が絶対に強いし。封印できただけで良かったか」

「そうそうそうそうそう。あのシーン、僕感動して泣いちゃったもん」

「うらやましいな。やっぱり生きてるって幸せだよ。オレはもう魔人大戦読めねえもん」

「あっ、そうだ。家から持ってきてあげよっか。週刊ブレイブ」

「えっ、いいのか」

「うん、待ってて」

僕は公園を出て家に帰った。

それからリュックに週刊ブレイブを四冊選んで入れると、また公園のベンチに戻った。

お兄さんはベンチに座って待っていた。

「持ってきたよ」

僕はベンチに座り、お兄さんの代わりにブレイブのページをめくってあげた。

最後の四冊目、黒蛇丸を封印し、桜田が死ぬのシーンでは、お兄さんは涙を流していた。

「そうだよな。黒蛇丸を倒すために生きてきたんだもんな。これでいいんだよな」

そう言って隣で泣くお兄さんに釣られて、僕まで目から涙が溢れてきた。

読み終わると、お兄さんが言った。

「ありがとう佐藤君。君のおかげで死んだ後もこんなに感動できたよ」

「僕もお兄さんと漫画が読めて楽しかったよ。ねえ、お兄さん、僕の友達になってよ。もっと漫画持ってくるから、一緒に読もうよ」

「いいよ。今日からオレと佐藤君は友達だ。これからはオレのことを浩介って呼んでよ」

「うん。じゃあ、浩介は僕のことを蓮って呼んでね。嬉しいな。僕、初めて友達ができたよ」

「オレが初めてなの? それは光栄だな」

「こんなに誰かと漫画を読むのが楽しいなんて知らなかった。他の漫画も読もうよ。何がいい?」

「そうだな、じゃあ――」

こうして、僕と浩介は友達になった。

その日は夕方になるまで浩介と漫画を読んだり、好きな漫画について語り合った。

僕はもっと一緒にいたかったけど、もう遅いから帰った方がいいと浩介に言われたので、しぶしぶ家に帰った。

その日から、僕は学校が終わるとすぐに公園に行くようになり、休みの日は一日中公園のベンチにいた。

それでも、浩介との漫画話は尽きなかった。

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浩介と友達になってから二週間が経った頃。

僕はいつものように公園に行った。

ベンチには浩介が座っている。

僕は隣に座ってリュックから今週のブレイブを出した。

その時、浩介が言った。

「あのさ蓮、今日は漫画を読む前に、言っておきたいことがあるんだ」

浩介の様子がいつもと違って暗かったので、僕は心配になって尋ねた。

「どうしたの? なんでも言ってよ」

「ありがとう。あのね、前にオレが交通事故で死んだって言ったの覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「実はあれ、嘘なんだ。本当はオレ、悪い奴に殺されたんだよ」

僕は一瞬驚いたけど、すぐに犯人に対する激しい怒りが湧いてきた。

「誰に殺されたの?」

僕の気持ちを察して、浩介はにこりと微笑んだ。

「怒ってくれるの? 蓮は本当にやさしいね。でも大丈夫。そいつはオレを殺した後に、すぐ逮捕されたからしいから」

「どうして今まで隠してたの? 言ってくれれば良かったのに」

「言ったら怖がらせちゃうかと思って」

「だったら幽霊ってことの方がよっぽど隠さないとダメじゃん」

「あはははは、言われてみればそうだね。でも、オレが幽霊ってことはすぐにバレるし、それなら最初から言っておいた方が怖くないでしょ」

「たしかにそうかもしれないけど……」

「それでね、なんで今日こんなことを言ったかっていうと、蓮に頼み事があるんだ」

浩介は僕の目をじっと見た。

「蓮は、オレの友達だよね」

僕は胸を張って言った。

「もちろん。たった一人の大事な友達だよ」

「ありがとう。じゃあ、友達としてお願いがあるんだ。オレはある男に殺されたんだけど、そいつはオレの死体をある場所に隠したんだ。そして、死体は未だに警察が見つけてくれなくて、そこにあるんだよ。だから死体をそこから出して、どこかに埋めてほしいんだ」

「警察には言わなくていいの?」

「いや、そしたら蓮に変な疑いがかかっちゃうだろ? だから警察にもオレの家族にも内緒でいいよ」

「うん、分かった。僕が浩介のお墓をつくってあげる」

「ありがとう。じゃあ、さっそく今日その場所に案内したいんだけど、いいかな」

「いいけど、でも……」

「でも、何?」

「もしお墓をつくったら、浩介、成仏していなくなっちゃうんじゃないの?」

「……」

浩介は少し黙った後、目を細めて言った。

「絶対に成仏しないよ。蓮が死ぬまではね」

そう言って僕の頭を撫でてくれた。

手の感触はしなかったけど、僕は嬉しかった。

「だったら、お墓をつくるよ。家に帰ってスコップを持ってこなきゃ」

「それから自転車も用意してね。ここからけっこう遠い場所にあるから」

「分かった。よし行くぞ」

僕は公園を出て家に帰った。

この日は浩介も公園の外に出た。

でも、浩介は公園でしか姿を現せないみたいで、声だけで道案内をしてくれることになった。

僕は家の物置から雪かきに使うスコップを持ち出し、リュックの中に入れた。

リュックの口からはスコップの長い柄が飛び出している。

僕はそれを背負い、自転車に乗って出発した。

道を進むと、耳元で浩介の声が聞こえた。

「左に曲がって」

僕は言う通りに道を選び、自転車を漕いだ。

目的地は遠く、30分してもまだ着かなかった。

僕は疲れてきて、見えない浩介に尋ねた。

「まだ着かないの?」

「まだ半分の所だよ。目的地は山の中にあるんだ。頑張って」

僕は浩介に励まされながら自転車を漕ぎ続け、町外れの山までやってきた。

もう出発してから一時間以上経っている。

「この山道を進んだ先だよ」

浩介が耳元で囁く。

僕は自転車を降り、コンクリートで舗装された山道を登った。

まだ昼だったけど、木の枝が空を覆っていて薄暗かった。

車はほとんど通らなくて、浩介の姿も見えないので、僕は心細さを感じながら先に進んだ。

5分ほど歩くと、浩介が言った。

「この脇道に行って」

僕の右手に脇道があった。

でも、その入り口には看板が取り付けられたバリケードが並んでいる。

看板には『立ち入り禁止』と書かれていた。

僕は浩介に訊いた。

「入ってもいいの?」

「大丈夫。この先には誰もいないから怒られたりしないよ。危ない場所もないし」

「そっか」

僕はバリケードの間を通り、脇道に入った。

その道を少し歩くと、白くて大きな建物が見えた。

周りには広い駐車場があったけど、車は一台も止まっていない。

「ここは製薬会社だったんだよ。もう倒産して廃墟になってるけどね」

後ろから声がしたので振り向くと、そこには浩介が立っていた。

公園にいるみたいに姿がはっきり見える。

「ここでは姿が見えるんだね」と僕。

「うん。なんたってオレの死体がある場所だからね。思い入れが強いみたい。さあ、中に入ろう。入り口のドアは鍵が閉まってるけど、ここから入れるんだ」

浩介の後についていくと、割れたガラスの引戸があった。

僕は自転車をその場に止め、浩介と建物に入った。

中は病院のようで、白くて長い廊下が続いている。

両脇には開きっぱなしになった部屋のドアがいくつも並んでいた。

歩きながら部屋を覗くと、床にばらまかれた大量の書類や薬品の容器が見えた。

廊下の突き当たりまで来て、浩介が言った。

「この部屋だよ」

僕たちは右手にあった部屋に入った。

その部屋は学校の教室の半分くらいの広さで、他の部屋に比べて何も置かれておらず、綺麗だった。

ただ、部屋の奥に、ぽつんと金庫だけが置かれていた。

高さが1メートルくらいある、大きな金庫だ。

浩介が金庫を指して言う。

「この中に、犯人はオレの死体を隠したんだ」

僕は金庫に近づき、ごくんと唾を飲んだ。

金庫のドアに手をかけ、引っ張る。

でも、ドアは鍵がかかっていて開かなかった。

「鍵がかかってるよ」

「そこにダイアルがあるでしょ? 今から番号を言うから、その通りにダイアルを回して」

「番号が分かるの?」

「うん。幽霊になって犯人が鍵を閉めるのを見てたからね」

僕はダイアルを摘まんだ。

「じゃあ、番号を言うよ。まず、3」

僕は浩介の言う通りダイアルを回していった。

最後の番号を言ったとき、ガチャッと鍵が開く音がした。

僕は深呼吸をして、金庫のドアを開けた。

その瞬間、ひどい臭いが鼻を突き刺した。

吐きそうになって鼻を押さえ、思わず金庫から離れる。

開け放たれたドアから、ベチャリと死体が床に倒れた。

死体は皮膚が腐って所々が破れ、そこから赤黒い血が漏れ出ている。

僕はおかしなことに気づいた。

死体は髪が長く、スカートをはいている。

どう見ても女の死体だ。

浩介の死体ではない。

「どういうこと?」

僕は後ろに立っていた浩介に尋ねた。

浩介は、どこか冷たい声で言った。

「それはオレの恋人の死体だよ。彼女は恋人だと認めてくれなかったけどね。だから、殺すしかなかったんだ」

僕は全身が冷たくなるのを感じた。

浩介の言葉が信じられなかったし、信じたくなかった。

友達が人殺しだなんて思いたくない。

僕は否定してほしいと願いながら言った。

「浩介が、この人を殺したの?」

「そうだよ」と、浩介は僕の願いを簡単に壊した。「蓮も大人になったら分かるよ。オレの気持ちが」

「全部、嘘だったの?」

「そう。オレは殺されたんじゃない。彼女を殺した後、自殺したんだ。嘘をついてごめん。でも、どうしても彼女にまた会いたかったんだ。どうしてもね。蓮には本当に感謝してる。ありがとう」

「嬉しくないよ、そんなこと言われても」

僕の目から涙が溢れてきた。

「ねえ、どうしてこの人を殺しちゃったの?」

浩介は目を伏せて言った。

「蓮には分からないよ。まだ子供だから」

「友達なのに?」

「……そうだよ。友達同士でも、分かり合えないことはある」

「……」

僕は何を言っていいのか分からなくて、黙るしかなかった。

怒り、不満、恐怖、悲しみ。

いろんな感情が胸の中に渦巻いているのに、それを言葉にする方法が分からない。

浩介も何も言わなかった。

しばらく二人とも黙っていたけど、浩介が口を開いた。

「ねえ、蓮。悪いけど、もう家に帰ってくれないかな。しばらく彼女と二人きりになりたいんだ」

それを聞いた瞬間、僕の感情は怒りだけになった。

浩介は僕よりもこの女の人の方が大事なんだ。

この人のために、僕は利用されていただけなんだ……。

僕は黙って部屋から出ていこうとした。

ドアをくぐる際、浩介が言った。

「待って、蓮」

僕は立ち止まった。

浩介が僕の背中に言う。

「もし、こんなオレをまだ友達だと思ってくれるなら、またあの公園に来てくれないか。オレはずっと、蓮が来るのを待ってるから」

「……」

僕は返事をせずに部屋を出た。

浩介の言うことなんて何も信じられない。

もう顔も見たくなかった。

僕はとぼとぼと廊下を歩き、入ってきたガラス戸から外に出た。

明日からまた一人ぼっちだ。

そう思って溜息をついた時、廃墟の中から浩介の声がした。

「うああああああああああ」

それは耳をふさぎたくなるような叫び声だった。

浩介の身に何かあったのだろうか。

僕は廃墟に戻ろうか悩んだ。

脚がすくんでいる。

一人で戻るなんて、怖くてとてもできない。

浩介は幽霊だから、何があってもきっと大丈夫だろう。

僕はそう自分に言い聞かせ、自転車に飛び乗ってその場から逃げ出した。

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翌日、学校が終わると、僕は昨日と同じように公園に向かった。

浩介に嘘をつかれたことや、部屋から追い出されたことは未だに腹が立っていたけど、昨日よりは落ち着いてきて、許してあげようという気持ちになった。

浩介が言っていた通り、大人には大人の事情があるのかもしれない。

僕は公園の門を通り、ベンチに座った。

いつもなら、すぐに浩介が声をかけてくれる。

でも、この日はいつまで経っても浩介は現れなかった。

次の日も、そのまた次の日も同じだった。

僕は一ヶ月の間、雨の日でも毎日公園に行ったけど、それでも浩介に会えなかった。

それ以来、僕は公園に行くのを止めてしまった。

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