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奇妙な同居人と過ごした忘れられない夏の思い出

長編12
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奇妙な同居人と過ごした忘れられない夏の思い出

それは狂ったように蝉たちの鳴きわめく夏のある日のこと。

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わたしは長らく住み慣れた都内のマンションを引き払い、都心部から2時間くらいかかる古民家に引っ越すことにした。

今年25になる独身女性のわたしは、学校卒業後から長らく勤めていた大手のデザイン会社を退社することにしたのだ。

かつてわたしが住んでいた賃貸マンションは3LDKで職場まで徒歩10分でしかも格安という好条件•好立地だった。

そんなところをなぜわざわざ手放し、しかも会社まで辞めたのか?

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唐突な話だが、わたしの容姿は良くない。

しかも性格はどちらかというと、陰キャの部類だと思う。

だから学生の頃から何となく、自分というのは恋愛市場から外れた存在だということを思いしらされてきた。

それでわたしは男性を好きになってはいけない女性なんだと、心で決めつけていた。

そんなわたしなのだが、入社当時から仄かに恋心を抱く男性がいた。

同じ課のN課長だった。

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グレーのスーツを渋く着こなした、5つ年上のダンディーな先輩。

たまに毒舌で軽薄なところのある人だったのだが、彼は短大を卒業して右も左も分からないわたしを優しく指導してくれていた。

あなた、さっき男性を好きになることをしないと言ったじゃない?

と突っ込まれるかもしれない。

ただどうやら意志と感情ならだいたい感情が勝つもののようで、わたしは日ごとに高まっていく気持ちを抑えきれなくなり、とうとう一か月前にあった課の飲み会の後しどろもどろな状態で課長に告白する。

それは生まれて初めての告白だったから、ほとんどそのような体裁をなしていなかったかもしれない。

そしてその時のN課長の言葉をわたしは今も忘れない。

彼は一瞬驚いたような顔をすると、次の瞬間思い切り笑い、こう言った。

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「え、俺が部下のお前と?

ムリムリ!

ところで堀井~、お前んちさあ鏡あんのかあ?」

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それはいつもの彼独特の毒舌だったかもしれない。

人によっては、そんな一度くらいの失恋で会社辞めるなんて信じられないという人もいるだろう。

でも大袈裟に思うかもしれないが、わたしにとって今回の初めての告白は自分の人生の全てをかけたものだったのだ。

この時わたしは決心する。

もう金輪際二度と男性を好きになることは止めよう。

そしてこれからは誰にも頼らず、独りで生きていこうと。

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腰高ほどの雑草に囲まれた古い二階建て家屋の前に立ったわたしは、強烈な午後の陽光を浴びながらガラガラと木戸を開く。

途端にプンとカビの匂いが鼻腔をくすぐる。

視界に入ったのは、薄暗い玄関口と奥まで続く黒光りする廊下。

この家には不動産屋と一回と引っ越しのために先週一度来たことがあるのだが、

いったいこの家は何年、この片田舎に建っているのだろう?

などと改めて思いながら左手の漆喰の壁に掛けられた木枠に嵌められたアンティークな鏡にふと目をやり、改めて息を飲む。

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この鏡、、、

映った顔の辺りだけが奇妙にぐにゃりとよじれているのだ。

─前に住んでいた人、どうしてこんな鏡を掛けていたんだろう?

それとも長年放置されて変形した?

などと思い首を傾げるとわたしはふと、ここを斡旋してくれた不動産屋の男の言葉を思い出す。

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「ここは以前はねお宅くらいの若い女性が一人で暮らしていたらしいんですけどね、その人かなり変わった人だったらしくて普段からほとんど出歩くことがなかったようで、日がな1日家に閉じ籠っていたようです。

大家曰くは、その人一年くらい住んだくらいから家賃を滞りだしたらしくて、それで何度となく電話したんだけど連絡が取れなくて、とうとう直接訪ねたらしいんですよ。

そしたら室内はもぬけの殻になってたらしくてね、まあつまりは夜逃げというやつらしいんですわ。

しょうがないから改めて賃貸を募集し始めたという次第なんです」

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その後わたしは男の車に乗せられ、この家まで連れて行ってもらうと物説(物件説明)を受ける。

男は仕事柄、丁寧に一部屋一部屋説明をしてくれた。

一階は玄関上がり廊下沿いにトイレ浴室そして仏間が一部屋、一番奥には広い居間がある。

二階にも廊下沿いに3部屋あったのだが、その中の1部屋はなぜだか入口が襖ではなくドアノブ付きの木の扉で、室内も畳敷きではなくカーペット敷きの洋間だった。

以前の住人が夜逃げしたということだったからか、家にはかなりの私物らしきものが残っていて目につくものは大体処分したが、それでもかなりの調度品や家具などは残り、それらはそのままに再利用することにした。

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玄関を上がって廊下沿いの左右に並ぶ、いくつかの襖の入口を横目にしながら真っ直ぐ歩き奥にある居間に入る。

それから中央に置かれた大きめの木製テーブルの前に座ると、わたしは引っ越しの時に業者に頼んで取り付けてもらったクーラーのスイッチを入れた。

クーラーは寝室にも付けてもらった。

すぐに心地よい冷たい風を体に感じる。

そしてコーヒーでも飲もうかと立ち上がろうとした時だった。

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何だろうか?背中がぞくりと粟立つ。

恐々辺りを見回してみた。

だが視界に入るのは、特に何の変哲もない室内の様子。

それで改めて立ち上がろうとした時だ。

─ダ、、、レ?、、、

上の方から耳に飛び込んできたくぐもった低い女の声。

わたしは驚き思わず立ち上がると、見上げる。

視界に入っているのは、ありきたりの日本間の天井。

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しばらく天井を眺めていたが特にこれといったことはなく、わたしは空耳かと思い首を傾げながら浴室に向かう。

軽くシャワーを浴びると部屋着に着替え洗面所の前に立ち、メイクを洗い流すと顔を上げる。

そして姿見を見た途端、あっと声を出した。

そこにあるのは、いびつにネジ曲がったわたしの顔。

━え、ここも?

そういえば、、

何かを思い出したわたしは小走りで浴室を出て、廊下を挟み正面にある襖を開くと電気を点ける。

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視界に広がったのは殺風景な仏間。

わたしはその右手の壁まで歩く。

そしてそこに掛けられた楕円形の木枠のアンティークな鏡を覗き込んだ。

そして息を飲む。

そこに映るわたしの顔は、やはり奇妙に歪んでいた。

━此れってどういうこと?

わたしは一人呟くと、しばらく呆然として立ち尽くしていた。

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その後晩御飯を済ませた後は、掃除や洗濯とかをやり終える。

それから居間の机前に座って仕事の情報誌に目を通していると、やがて眠たくなってきた。

それで仏間の真ん中に布団を敷き、そこにごろりと横になる。

薄暗い格子状の天井をしばらく眺めていると、天井の一ヶ所だけ羽目板がずれているのに気付いた。

それはちょうど横たわるわたしの真上の辺り。

そこから天井裏の暗闇が覗いている。

━何で、あそこだけずれてるんだろう?

と思いながら何気にそこを見ていた時だ。

一気に背筋が凍り付く。

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キャッ!

と小さく悲鳴を上げると慌てて立ち上がり電気を点けた。

そして天井を見上げ、改めてさっきの箇所を見てみる。

だがそこには狭間などなく、ただ格子状の天井が広がっているだけだ。

でもさっき確かにわたしには見えたのだ。

天井の狭間の暗闇からじっとこちらを覗いている白い女の顔が。

暗い洞穴のような二つの目で。

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頭上を呆然と見上げながらわたしは考えた。

━確か、この上にも部屋があったような、、、

それで仏間を出ると玄関横にある階段のところまで歩き、上りだす。

ギシリ、、、ギシリ、、、ギシリ、、、

階段を上ると一階と同じ黒光りする廊下が真っすぐ伸びていた。

仏間の上の部屋は多分左手一番奥の、唯一ドアノブの付いた木の扉の部屋。

わたしはその前に立つと、緊張した面持ちでドアノブを回した。

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ギギギ、、、

扉横にあるスイッチを押すと、室内はパッと明るくなった。

8帖ほどのありきたりな洋間だ。

床には古くさい柄のカーペットが敷かれている。

室内に入り数歩歩く。

奥にはカーテンの閉じられた窓があり、その前には事務机が一つ。

あとは壁に設置されたクローゼット。

そしてその横には、やはりあの楕円の鏡。

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わたしはそれの前まで歩くと、恐る恐る覗き込んでみる。

そこにはやはり歪んだわたしの顔。

そして次の瞬間、

え!?

わたしは小さく悲鳴をあげると振り返る。

でも背後には誰もいない。

一気に心臓が激しく脈打ちだすのを感じる。

今確かに肩越しに見えた人らしき姿。

多分さっき仏間の天井から覗いていた女と同じ女。

ただ今度はさっきよりもはっきり見た。

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胸元までの長い黒髪。

顔には目鼻口のところだけ穴の空いたフェイスパックのような白いマスク。

しばらくわたしは振り向いたまま呆然と立ち尽くしていたが、やがて気を取り直す。

そしてさっきから気になっていた壁のクローゼットの取っ手に恐る恐る手を掛けると、一気に開いた。

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床面が畳一枚分くらいの内部は空っぽでガランとしている。

目を引いたのは上部側面にびっしり貼られた写真。

━いったい、これは?、、、

思いながらわたしはそれら一つ一つをまじまじと見る。

どうやらそれらはスナップ写真ばかりのようだ。

友達とかと一緒のものや自撮りなど、髪型服装場所などは様々だが、全て何故か自分の顔のところだけを黒いマジックで塗りつぶしている。

写真を見ていたわたしは途中で気分が悪くなり、部屋を出た。

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翌日は本格的に仕事を探そうと、朝から都心にあるハローワークに行く。

それから生活雑貨をいくつか買うと、午後2時くらいに家に帰った。

それから近くを散策がてら歩く。

この辺は都心部からかなり離れた郊外だから、家もポツンポツンとしかない。

途中小さな公園に立ち寄った。

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ほとんど利用されていないような錆びた遊具を横目に歩くと、奥まったところにある屋根付きのベンチに腰かける。

その日は朝から曇り空で、暑さはそこまで厳しくはなかった。

単調な蝉の鳴き声を聞きながらただボンヤリしていると、いつの間にかベンチの端に老婆が座っており、少し驚く。

白髪で皺だらけの横顔をうつむけたまま彼女は呟いた。

「こっちはもう慣れましたかのう?」

「え?」

唐突な老婆の言葉にわたしはまた驚き、彼女の方を見た。

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老婆はちらりとわたしの顔を見た後またうつむくと、

「あんた、最近越してきた人じゃろ?」と言う。

「は、、はい」と答えると彼女は続けた。

「わしはあの家の近くに一人で住んどるもんじゃ。

あそこはの、前もあんたくらいのおなごが暮らしておったんじゃがの、いつの間にかおらんようになってしもうた。

越してきた時分はようこの辺りでもすれ違ったりしてな、決して器量良しとは言えんかったが感じの良い人で、この近くの診療所で看護師さんをしとったんじゃ。

日曜日とかはここの公園にも散歩してきたりしてな、このベンチで一緒に話したりもしとったもんじゃ。

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それがある日から人が変わったようになってしもうてな。仕事も辞めてほとんど外を出歩かんようになってしもうたんじゃ。

たまに見掛けた時は、おかしな白いマスクみたいなのをして杖をつきながら歩いとった。

よろよろして見るからにきつそうじゃったな」

「白いマスク?」

わたしは昨日家で見た女のことを思い出した。

「そうじゃ。

そのおなご一度、何か悩み事でもあったのか自殺未遂を起こして救急車で運ばれたことがあってな。

命拾いはしたんじゃが、そん時にいっぱい飲んだ薬の副作用か何かで体のあちこちが浮腫んで、顔もスイカみたいに膨れ上がって崩れ果ててしもうたんみたいなんじゃ。

それからはほとんど出歩かんようになった。

たまに見掛けても、さっきのマスクをして歩く姿くらいじゃった。

そんでしばらくはあの家で暮らしとったみたいなんじゃがな、いつの間にかおらんようになっとった」

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夕刻に家に帰ると二階に上がり、またあの部屋に入ってみた。

一見すると、どこにでもありそうなありきたりな洋間だ。

奥まったところにある事務机の前に座ってみた、

そして何気に引き出しを開けてみると、そこには一冊の大学ノート。

表紙には「雑感」という二文字が鉛筆で書かれている。

━雑感、、、

思ったことを適当に書き綴ったということ?

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興味を引かれたわたしは表紙を開く。

タイトルどおり、そこには鉛筆で走り書きのような感じで日々のありきたりなことがつらつら書かれていた。

○昨晩から降り続く雨は今日も続いている。洗濯物が乾かないから、早く止んで欲しい。

○夕飯に食べたハンバーグ、なかなかに美味だった。

○今日は仕事で大チョンボをやってしまう。

ミスをしたことよりM医師に迷惑をかけたことを深く反省。

……………

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一行だけ書いてあとは空白で次のページに書いていたり数行書いたものもあり、正に思いついたことを適当に書き綴っているもののようだ。

ほとんど意味もない言葉の羅列を頬杖をつきながらぱらぱらと眺めていると、途中明らかに文字の書き方がキチンとしたものに変わったところがあった。

何だろう?と思い、手を止めて改めて見直す。

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〇また朝、窓を開きM医師の家を見る。

ドキドキしながら見ていると奥様らしき人が庭に出てきて、小さな犬と一緒に遊んでいた。

上品そうできれいな人で少しジェラシー。

わたしときたら、なんで休みの日なんかにこんなストーカー紛いのことをやってるんだろうとちょっと反省して窓を閉じる。

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それから、

M医師と思われる人のフルネームと好きですという文字だけで埋め尽くされた紙面が数ページ続いた後、またキチンとした字体で、

○今日いつものレストランでM医師と食事をする。

その時いつ一緒になれるの?と尋ねたら、

彼はいつもの優しい笑顔の後俯くと、ただ黙り込むだけだった。

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数行の空白の後、

もうダメ、そろそろ私限界かもという一行が書かれていた。

そしてまた次のページにまたキチンとした文章が綴られていた。

〇今日職場からこっそり薬を一瓶持ち出す。

現世でM医師と一緒になれないのなら、いっそのこと先に来世に行っといてから彼が来るのを待とう。

決行は月が一番きれいな夜の日に決めた。

それからは白紙のページが最後まで続いた。

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わたしは目の前のカーテンをサッと引く。

空にはいつの間にか朱色に染まった鱗雲が広がっていた。

そして手前にある小高い丘に建つ、白く品の良さげな邸宅。

庭もかなり広い。

─以前ここに住んでいたという女の人、、、

この窓から見えるあの邸宅を、いつもどんな思いで眺めていたんだろう?

その時だ。

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ガタン、、、

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いきなりどこかから聴こえた物音。

わたしは思わず辺りを見回す。

そして異変に気付いた。

そこはわたしが座っている右手の室片隅。

その上方の天井辺りの羽目板が一か所だけずれている。

わたしは引っ越しの時に使った脚立を1階から取ってくると、その真下の床に置いた。

そしてその上に乗ると羽目板を動かし、頭一つ天井裏に出してみる。

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ひんやりとしたカビ臭い空気が鼻腔をくすぐった。

ぐるり周囲を見渡すが、暗くてほとんど何も見えない。

それでポケットから携帯を出すと、ライトで照らしてみる。

光の輪っかが次々に暗く陰鬱な天井裏の様子をあからさまにしていく。

複雑に絡み合う木製の梁。

あちこち張り巡らされたクモの巣。

点々と置かれた白い土嚢。

…………

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すると光の輪っかが奇妙なものを捉えた。

それは広い天井裏の一番奥まったところにある、古ぼけた飾り窓の辺り。

何だろう?

わたしはそこに視線をやる。

窓から射す気だるい午後の陽光に照らされて、窓の前の板張りに布団が敷かれているのが見てとれた。

わたしは携帯のライトを消すと改めてそこを見る。

そしてあっと息を飲んだ。

午後の淡い朱色の陽光が、白い枕に頭を乗せた人らしき者の横顔を浮かび上がらせている。

さらに目を凝らすと、それは干からびていてほとんど骨と皮だけの骸になっているのが分かった。

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その光景を呆然としながら見ている時だった。

いきなり背後から低くくぐもった声がする。

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ウ、、、

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驚き振り返ると、数メートル後方の暗闇に白い何かが浮かんでいるのが見える。

何だろう?

と改めてそれに視線をやった途端、恐怖で全身が総毛立った。

それは白いフェイスパックのようなマスク。

目と口のところだけにポッカリ穴が空いている。

声の主はどうやらそのマスクのようだった。

さらにまた微かに聞こえる女の声。

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メ、、、テ、、、

ウ、、、

テ、、、

ウ、、メ、、、

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━埋めて?

埋めてと言ってるの?

わたしの心の問いかけが通じたのか宙に浮かぶ白いマスクは少しずつ暗闇に溶け込んでいき、最後は消えた。

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翌日わたしは午後から車で、市内のホームセンターまで走る。

そして目的のものを買うと、再び家に戻った。

それからジャージに着替え軍手をすると二階のあの部屋に行き、脚立を使い屋根裏まで何とか上がる。

そして準備した大きめの白い布袋に、ほとんど骨だけになっている干からびたご遺体を納めていく。

全て納め終えた時ふと傍らの飾り窓を覗くと、M医師の自宅と思われる白い邸宅が西陽で印象的に赤く染まっていた。

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それからそれを持ってから裏の庭まで行く。

そしてその真ん中辺りをスコップで掘り、袋ごとご遺体を底に納めると埋めた。

それから卒塔婆を立てる。

最後にわたしは卒塔婆の前に立つと額の汗を拭い一息つき、

これでいつでもM医師に会えるよね

と呟くと瞳を閉じて厳かに合掌した。

【fin】

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Presented by Nekojiro

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