つい数か月前、私の知人が体験した事です。
とある出版社が主催する自作小説の公募に応募したところ、一週間も経たずに、主催する出版社の社員を名乗る人物から電話が掛かって来たそうです。
「あなたの作品に将来性を強く感じる。今回の公募の内容には添わないため、受賞枠からは外れてしまうが、筆力や表現力は並み以上だ。出版社側から、普段こういった連絡は作者にはしないのだが…あなたの実力は商業的にいけるはずと確信し、こちらから連絡させていただいた」
電話口の声は、作品を高く評価する内容を話した後で、「是非こちらで本を出してみないか」と、出版を持ちかけてきたそうです。
知人はこの時点ではまだどこの出版社とも接点は殆ど無く、また、チャンスがあればちゃんとした作品を、本として世に出したい、という意欲もあった為、「興味があるので話だけ…」と、前向きな返答をしたそうなのです。
すると、社員のA(仮名)は、詳細な出版までの道筋、編集や校正、装丁、販売までのおおまかなルートを説明したのちに、「費用はだいたい車一台分くらいですね」と…最終的に作者に課せられる支払額を説明したそうです。
莫大な額に加えて、作者側に費用の負担があると、知人はその時に初めて知ったそうで愕然としたといいます。
ですが、興味があると言った手前と、Aから
「でも、あなたの場合『こちらが発掘した』という名目で、一般の持ち込み作家さんより少しお安く出来ますよ。それに、電子出版ならより読者の方に届きやすいし、費用も出版より安く出来ます」
…などといった、かなり積極的な営業に加え、すぐに割引額の提示や詳細と称した資料をメールで送付されたこともあり、「とりあえず、詳しい話を聞きたい」といって、電話のあった日の翌週、出版社に出向いたそうです。
当日、知人は莫大な費用を払うリスクを鑑みて、お断りする前提で会社に伺ったそうです。
そして、Aは10分ほど遅れて待ち合わせのロビーに現れ、
「遅れてすみません、この度はご足労ありがとうございます!」
…と、電話口と同じ、人当たりのいい口調と態度で接してきたそうです。
ですが、すぐに知人は違和感を感じたといいます。
話し合いの為の部屋が、その時点で全く用意されていなかったそうです。
10分ほど経って、「予約が取れました!」と言われ部屋に通されると、Aは笑顔を浮かべながら、電話口での内容を再度語り出し、「あなたの筆力をもっと磨いてけば、いいものができます」と言葉を置いた後、「我々の売り方としては…」と、その出版社で発行した、ベストセラーになっている著名人を例に出して、予算や出版部数などといった話を続けたそうです(Aの所属するレーベルとは違う、いわば本社の名義の物だったそう)。
ここまでなら、まあさほど不自然は感じないのですが…知人が
「あなた一個人としての、私の作品を読んだ時の感想を聞きたい。登場人物やシーンのどこに興味を持ったか是非知りたい」
という問いかけをすると、Aは「私としては構成が重要でして…」「あなたの場合は行間が読みやすく…」と、作品の内容には全く触れようとして来ないどころか、「もっと伏線を回収してほしい。こちらで編集者を用意するので、そこから筆力を磨いてください。あと、あらすじをちゃんと書いていただけないと、作品としてはまだまだです」…などという指摘をしてきたそうです。
この時点で、知人のAに対する不信感はかなりものだったそうですが、「とりあえず聞きたいことは全部聞いて帰ろう」と、一番気になっていた「出版費用」について、その内訳と、ここまで高額になってしまう理由を改めてAの口から聞きたいと思い、伺ったそうです。
すると、さっきまで饒舌に知人の筆力を評価していたAの態度が急変。
「仰っている意味が分からない」
「なぜ金額の事をそこまで詳しく知りたがるのか、こちらが負担すべきと言いたいのか」
「ぼったくりをしていると思っているのか、そんなことする訳がない」
「論点をずらそうとしていないか」
など…さっきとは打って変わって、高圧的な口調になったそうで、知人はA態度の変化に少し怯みつつも、「純粋に費用の内訳が知りたい」と、何とか食い下がったそうです。
が…Aはさらに高圧的に、
「あなたが『出版してみたい』って言ったんでしょうが!?そうでしょう!?」
と、まるで作者に責任がある様な発言をしてきたそうです。そして追い打ちをかけるように、
「だから資料を用意したのに!費用だって、送ったデータ資料にちゃんと書いてあるでしょう?!作品の感想?書評も一緒に送りましたよね!?そこに書いてあるじゃないですか!?まあ、いまここに原稿が無いから、詳しい事は云えないですけど?で、どうするんですか?!あなた」
…と、かなり苛立った口調で知人を詰問したそうです。
知人はすぐに、「出版はやめます」といって、Aの提示をすべて断り、何とか話は片付いたそうですが…
帰り際、会社を出る前にAから「メールの1つでも返していただければよかったのに!」と、電話口でお願いされていなかったことを突然注意されたといい…さすがの知人も受け流せず、「いつも誰に対しても、こんなことしているんですか?」と、Aに聞いたところ、
「そうですよ?ズケズケいわないと!作品なんて作れませんからね!じゃあ頑張って」
と、最後は投げやりな言葉を言われたそうです。
…以上の話、知人の名前、出版社名、社員名など、全て匿名とさせていただきますが、内容は実際に起きた事です。
知人とよく話し合い、内容を何度か読み直したのち、最終的に知人からの許可を得た上で、掲載しています。
ここに投稿している沢山の作者の中には、数ある賞レースや投稿を経て、作家として本格的な活動をしたい、と望む方々が沢山いると思っています。かくある私も、知人もその一人です。
知人はこのサイトを利用してはいませんが、私を通して、多くの創作物が、日々このサイトに投稿されている事を知り、「私の様な胸糞悪い体験をして欲しくない」という想いから、今回、この話を託してくれました。
具体的な感想を曖昧にした、うわべだけの耳障りの良い言葉のみの投げかけ。そして、出版費用や出版方法に関して、作家の生活や経済事情を鑑みない強引な営業。作家側が断りの態度や金額への疑問を聞いた途端に、高圧的に責める態度へと豹変する…
中には、莫大なリスクを背負ってでも、一人の作家として大成したい、という方もいるでしょう。その賭けをする人たちを批判することは一切しません。
しかし、新人作家を狡猾な方法で食い物にする、と言っても過言ではないやり方には、違和感しか感じません。現に知人は、Aは作家と作品をただの「数字」としか見ていない、という空気をひしひしと感じたというし、作品の内容よりも、出版までの流れや、オプション費用や売り上げ、といった話にどうにか持って行きたい、という態度だったそうです。
もしかしたら、既にこういった事例を経験した方もいるのかも知れません。ただ、私も知人も初めての事で、衝撃だったものですから。
これもある意味「人怖」ということで、自戒と注意喚起を込めて。耳障りの良い出版の勧誘には、くれぐれも慎重かつご用心を。
そしてどうか、皆様の創作活動がこれからも充実したものになりますよう。
暑中お見舞い申し上げます。
作者rano_2