中編4
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兄からの依頼 前編

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落ち着きのなさにかけては、西日本でも5本の指に入る三十路、僕の友人(兼保護者だと本人は言い張っている)坂さんは、時々有り得ない無茶をする。

そして僕は、かなりの確率でそれに巻き込まれる。

その日、学校帰りの僕は、坂さんに拉致同然に連れ出され、行き先も知らないまま、フィアット(後部に嫌な感じの凹み有り)の助手席に無理矢理押し込められた。

「なにするんですか!」

膝の上に鞄を放り出され抗議の声を上げる僕に、坂さんは瓢々と応えた。

「いやね、最近遊んでやれてへんから、ドライブにでも連れてったろ思うて」

「せめて事前に言ってください。そんで出来るなら休みの日にしてください」

「休みは寝てたいもん」

「黙れやおっさん。休み関係ないやろ、ニート同然のくせしよって」

悪態をつく僕に構わず、坂さんはやけに楽しそうにアクセルを踏み込んだ。

途端、フィアットはパーキングから非常識な速度で道路に飛び出した。

急激に後ろに引っ張られ、僕は間の抜けた悲鳴を上げた。

「坂さん運転出来るんですか!?」

「馬鹿にしたらあかんで、僕だって免許持ってんねから。周りは止めるけど」

「降りる!」

「そっち車道やから降りたらひかれんで」

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結局、目的地に着いた頃には、日はすっかり落ちていた。

僕達は車から降りると、暗闇の中に建つソレを見上げた。

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2階建てのアパート――

もっとも壁は数箇所に大きな皹が入り、窓は板が打ち付けられていたり、ガラスが割れていたり、

明らかに人の住んでいる気配はない。

見ていて気分の良くなるものではない。

僕は坂さんに視線を移した。

僕の困惑に気付いたのか、坂さんは静かに語り出した。

「僕の親戚の知り合いの知り合いが持っとる物件なんやけど……ご覧の通り、人は住んでへん」

「なんかあったんですか?」

嫌な予感をひしひしと感じながら僕は聞いた。坂さんは曖昧に笑う。

不安が増す。

試しに僕は鼻をつまんでみた。途端に鼻孔の奥に臭いが湧く。

獣と――鉄の臭い?

胸が締め付けられるような嫌悪感を感じて、慌てて手を離した。

「帰りましょうよ」

無駄だとは分かっていながら、僕は坂さんに言った。

坂さんは僕の背中を2、3度叩くと、アパートに向かって歩き出した。妙に楽しそうに。

頭を振り、その後に続く。

どうせ坂さんがいないと帰れないんだし、あの人を一人にしたら何をしでかすか分からない。

何かしらの対策は立てているだろうし、本気でヤバくなったら逃げればいい。

僕はいくつも言い訳を考えながら、アパートに足を踏み入れた。

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懐中電灯で足下を照らし、坂さんは舌打ちした。

「見てみ、これ」

中は大分荒らされていた。

煙草の吸い殻やカップ麺のゴミ、はては花火の燃えカスなんかが玄関に散らばっている。

暇な奴が忍び込んだのだろうが、人の事は言えない。

鼻をつままなくても獣の臭いがぷんぷんする。

僕は知らずに坂さんの服の裾を握っていた。

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木張りの廊下を進む。

部屋は3つ並んでいて、それぞれ扉に板が打ち付けられている。

表札は黒く塗り潰され、かつて住んでいたのがどんな人物なのか、窺えるものは何もなかった。

彼らがどんな思いで部屋を後にしたのか。考えることさえ出来ない。

「……全部閉まっとるみたいやな」

扉を順々に照らしていた坂さんは、最後に廊下の突き当たりにある階段に光を向けた。

「……上るんですか?」

「当たり前やろ」

そっけなく答え、坂さんは僕の手を引いて階段へと進む――

その時だった。

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2階から鈍い音が響く。

さすがに坂さんも足を止め、こちらを振り向いた。

「今のは」

「……知りませんよ」

震える足でやっと立っている僕に、坂さんは苦笑いした。

「ここで待っとくか?」

「そんな!」

「冗談や」

坂さんは僕に懐中電灯を持たせると、後ろに回って背中を押した。

僕はぎこちなく、軋む階段を上り出した。

1階と比べると、2階はまだ綺麗だった。

だがさっきの音のせいで、それがかえって不気味に感じられた。

僕は後ろの坂さんを何度も振り返りながら、一つ一つ扉を確認していく。

「……そういえば、なんでこんなことしてるんです?」

そもそもの基本にたちかえり、僕は坂さんに尋ねた。

坂さんはばつの悪そうな顔をした。

「兄貴に頼まれたんやわ」

「兄弟おったんですか?」

そんな話は初耳だった。

「仲は悪いけどな……宗次郎なんて名前は、次男にしか付けんやろが」

「そういやそうですね」

二つ目の扉にも板が打ち付けられていた。

そして僕らは、最後の扉の前で立ちすくんだ。

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板が打ち付けられていない。表札もかかっている。

ただ、扉は真っ黒に塗り尽されている。

明らかに他の部屋とは違う。

さっきの音はここから聞こえたのだと、理屈ではなく直感で理解した。

僕はゆっくりとドアノブに手をかけた。震えている。

坂さんを振り返る。

いつもの白い顔が、しかしいつもとは全く違った、険しい表情がそこにはあった。

僕は意を決してノブを回した。カチリ、と手応えを感じる。

そして、吐き気を催す獣と鉄の臭い立ち込める部屋を開いた。

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ちなみに、この作品は過去に投稿した作品の一種です
なので、コピペ扱いになります。
若干、一部だけ変更点を加えている部分もありますのであしからず。

シリーズ化したんですね(*^-^*)!!
続きを楽しみにしています。