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長編10
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ゴーストポリス

2016年 東京──。

 郊外の住宅街にある小さな公園は騒然としていた。

 夜闇を忙しなく彩る赤色灯が暗闇の一部を照らし、群がる野次馬たちを浮かび上がらせている。

 規制線の内側では警官たちが投光器の中で蠢き、ブルーシートの囲いの中から出入りしていた。

「ご苦労様です!」

 規制線の外に長身の中年男性とセミロングの黒髪をなびかせた女性が現れると、警官たちが一様に敬礼をして、ブルーシートの中へと二人を案内した。

 ブルーシートの内部には、広葉樹が数本立っており、その一本にスーツ姿の男がネクタイを使って、自ら首を吊ったようだった。

 その遺体を見上げながら、男女が手を合わせる。

 「これで何件目だ?」

 「四件目です」

 男性の問いに女性が素っ気なく答えると、女性はマイク付きのインカムに話しかける。

 「ヌコちゃん聴こえる?」

 女性の声に反応して、インカムの向こうから怠惰な声がする。

 「聴こえてるよ……耳から血が出そうなくらい」

 「そう、それは良かった。アレ、出せる?」

 「もう向かってる……すぐソッチに着くよ」

 インカムの向こうの女がカチャカチャとやりながら言うと、女性の背後からウィーンとモーター音を唸らせ、四足の犬らしき物体がやって来た。

 「着いたよ」

 犬らしき物体からインカムの声の主の音声が聴こえてくる。

 「じゃあヌコちゃん、お願いね」

 女性が犬らしき物体に道を開けると、犬らしき物体はウィーンと前に進み、鼻のランプを点滅させている。

 「おい、アマノ。コイツは何とかならんのか?」

 男性が呆れたように犬らしき物体に話しかけると、犬らしき物体から返事がする。

 「何とかとは何だ?えだまめ1号はカッコカワイイだろ?オッサン」

 犬っぽいえだまめ1号の鼻のランプが赤く点灯した。

 「ハトっち、ビンゴだ。ここに僅かだが臭いが残ってる」

 えだまめ1号の感知した臭いに、思わずオッサンも鼻を鳴らす。

 「何にも臭わんがな」

 「バカか?オッサン!!わたしのえだまめ1号の鼻を加齢臭ぷんぷんのオッサンの鼻と一緒にするな!!クソでもして寝ろ!!」

 舌鋒激しいえだまめ1号を宥めるように女性が言う。

 「まぁまぁ……ヌコちゃんも熱くならずに、ムトウさんだってヌコちゃんを信用してない訳じゃないのよ?」

 「だったら黙ってりゃいいんだよ。くたびれた中年の戯言に付き合ってやるほど、わたしはヒマじゃないんだから」

 「アマノ……帰ったら覚えてろよ……」

 「何だ?暴力か?セクハラとパワハラで告発するぞ?書類はいつでも準備できてるんだ!!このやろぅ!!」

 口じゃ敵わないと男性のムトウが溜め息を吐いて、女性を見る。

 「ハトムラ、減らず口のアマノに訊いてくれ……優秀な犬っころが臭いを何処まで辿れるか」

 投げやりなムトウをクスッと笑って、ハトムラがえだまめに向かって問う。

 「ヌコちゃん、臭いを辿れる?」

 「開けた屋外で、時間も経ってる……臭いはこれ以上探知できないね。霊子レーダーを使ってみる」

 「お願い」

 えだまめ1号の首輪が勢いよく回り出し、高速点滅を開始すると、ゆっくりとえだまめ1号も回転し始めた。

 その場でグルグル回転するえだまめ1号が、徐々に回転を弱めていき、ある方向を向いて「うぉんっ!!」と鳴いた。

 「ハトっち。この方向、約300メートル先に反応あり!!今のところ移動してる形跡はないよ」

 「ありがと!ヌコちゃん」

 「えだまめ1号で先導するから、ついてきて」

 ウィーンとモーターが唸りを上げて、えだまめ1号がノロノロと前に進み始めた。

 「アマノ!!おせぇよ!!もっと速く走れねぇのか!!犬の散歩じゃねぇんだぞ!!」

 ムトウが苛立ちまじりに怒鳴り付けると、えだまめ1号から声がする。

 「ジジィに優しい設計だ。ありがたく思え」

 「ムトウさん、とりあえず行きましょう」

 二人の刑事は、えだまめ1号の後をついていった。

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 ノロノロ歩きのえだまめ1号が、ようやく歩みを止めた先には、古い廃寺があった。

 「ここだ!妖体反応の他に、強い霊子が溜まってるぞ!!もしかしたら、人に化けたヤツかも知れない」

 えだまめ1号の言葉で、二人の間に緊張が走る。

 ムトウはリボルバーを構えて、ハトムラに言った。

 「突入するぞ!」

 「ムトウさん、室長に連絡しましょう!!」

 「んな流暢なことしてたら逃げられちまう!!」

 「おい、オッサン」

 二人の口論に割って入ったえだまめ1号が、ムトウに言う。

 「まさか、銃を使う気じゃないだろうな?もし、一般人なら腹を切るだけじゃ済まんぞ?」

 「そうですよ?ヌコちゃんの言う通りです」

 ハトムラの援護で、ムトウは折れた。

 「そもそもヤツラに銃は効かない……これを使え」

 えだまめ1号の「おふぅ!」と共に尻から緑色のカプセルがひり出された。

 「クセェ!!何だコレは!?」

 犬型の尻から出てきたソレは、まさにアノ臭いを放ちながら転がっていた。

 「そこに霊子弾が入っている。それならヤツラにも効くし、一般人にケガもさせない……当たれば痛いがな」

 「このクセェのは何でだ」

 「わたしはリアリティー重視だからな……クソの臭いを合成した。どうだ?本物みたいだろ?」

 「ムダなところにこだわるんじゃねぇよ!!」

 「何でも簡単に手に入ると思うなよ?ジジィ」

 ムトウは臭いを我慢してカプセルを割り、中から銀色の弾丸を取り出した。

 「ハトムラ、お前は?」

 「私はヌコちゃんから前もってもらってましたから大丈夫です」

 ハトムラの笑顔に、ムトウはチッと舌打ちをして、弾丸を入れ替えると廃寺へ歩み寄る。

 廃寺の中は静まり返っていて、やけに不気味だった。

 二人は廃寺の本堂の前で息を殺し、忍び足で近寄る。

 「……ムトウさん、臭いです」

 「仕方ねぇだろ!!」

 こそこそと小競り合いをしながら、刑事たちは二手に別れた。

 ムトウが本堂の右から中の様子を窺う。

 音はしない━━。

 ムトウはハトムラとアイコンタクトして、勢いよく障子戸を開けると、銃を構えて中へと踏み込んだ。

 「動くなっ!!」

 「警察よ!両手を頭に組んで跪きなさい!!」

 二人が本堂の中に踏み込むが、誰も、何もいない。

 「おい!何にもいねぇじゃねぇか!!」

 ムトウがえだまめ1号に向かって怒鳴ると、えだまめ1号はムトウに顔を向けて言った。

 「オッサン!裸眼で見える訳ないだろ?ゴーグルしろし!!」

 えだまめ1号に言われてハッとしたムトウがハトムラを見ると、ハトムラはちゃんとゴーグルをして中を見据えていた。

 「めんどくせぇなぁ!」

 文句を言いながらゴーグルを着けたムトウは、中に向き直って銃を構えた。

 中には長い濡れ髪を垂らし、血走った眼で刑事達を睨み付ける半人半蛇の妖怪がいた。

 「ビンゴだったな!ソイツは縊れ鬼(くびれおに)……自殺させた人間の魂を喰らう外道妖怪だ」

 「縊れ鬼だと?」

 「そうだ。弱った人の心に食い付いて自殺に追い込むんだよ……電磁ワッパーを使え!霊子弾の材料にしてやる」

 「了解」

 片手で銃を向けながら、ゆっくりゴツい手錠を取り出したムトウは、ジリジリと警戒しつつ縊れ鬼に近寄る。

 「シャーーーッ!!」

 気を抜いたムトウの一瞬の隙を突いて、縊れ鬼が突然牙を剥き、ムトウに襲いかかった。

 「あぶないっ!!」

 ムトウに覆い被さる縊れ鬼にいち早く気づいたハトムラが、咄嗟にムトウを突き飛ばす。

 「ハトムラ!!」

 盛大に転がったムトウが体を起こして身構える。

 「何やってんだオッサン!!」

 目の前で吊し上げられるハトムラを見て、言葉を失っているムトウに、えだまめ1号が罵声を浴びせた。

 「ム…ムトウ……さ…ん」

 縊れ鬼の長い尾を首に巻き付けられたハトムラは、苦しさのあまり銃を取り落としてしまった。

 「霊撃警棒を使え!オッサン!!」

 「おう!!」

 えだまめ1号に焚き付けられたムトウは、腰から掌サイズのグリップを取り、力一杯振り抜くと「ジャキンッ!!」と強化プラスチック製のジョイントを伸ばした。

 「ハトムラを放せ!!クソ野郎!!」

 怒りを込めたムトウの一撃で、縊れ鬼の尾が緩んだ。

 「もう一発!!」

 今度は顔面にヒットし、縊れ鬼は痛みに顔を歪ませながら、たまらず両手で顔を覆う。

 「……ッ!!」

 その直後、宙に浮いていたハトムラの体が床に落ち、自由になったハトムラは大きく酸素を取り込んだ。

 「よしっ!!今だ!!やれっ!!オッサン!!」

 すかさず柱の陰に身を隠したえだまめ1号が、ムトウをけしかける。

 「お前は援護しろよ」

 「エダマメイチゴーハ、セイミツキカイデス」

 急にロボット口調になったえだまめ1号に、ムトウは軽蔑の目を向けながら、至近距離で縊れ鬼に銃口を突きつけた。

 「今度は大人しくしてろよ?頭ァ吹っ飛ばされたくなかったらな」

 撃鉄を起こし、引き金に指をかけているムトウの隣で、ハトムラが電磁ワッパーを準備すると、縊れ鬼は最後の抵抗とばかりに薄紫色の瘴気を吐き出す。

 「うわっ!!」

 視界を奪われ、たじろいだムトウとハトムラの虚を逃さず、素早く距離を取った縊れ鬼。

 「ンの野郎……」

 「ムトウさん!気を抜かないでくださいね!!」

 睨み合う妖怪と刑事達の間に、柱の陰にいたえだまめ1号がウィーンと躍り出ると、口から爆発音と共にネットを射出した。

 見事に縊れ鬼はネットをかわし、本堂の天井の角に身を貼り付ける。

 「よしっ!どんまい!!」

 「どんまいじゃねぇ!ちゃんと狙えよバカ野郎!!」

 「何だとぅ!!わたしが傷ついたらどうするんだ!オッサン!!」

 「お前が傷つくタマかよ!」

 「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって……喰らえ!!霊子弾!!」

 えだまめ1号の目が赤く光り、鼻の穴から発射された小さな光の弾が、ピュンピュンとムトウを容赦なく狙い撃つ。

 「いってぇ!!……止めろ!!この野郎!!」

 「謝れ!わたしに手をついて謝れ!!ひゃっはっはっ」

 仕事中にじゃれ合う二人に、仏のハトムラが不動明王ばりの憤怒の形相で睨み、二人を怒鳴り付けた。

 「いい加減にしろし!!」

 ビリビリと空気を震わせるハトムラの声に、その場の時間が止まり、えだまめ1号の耳から煙が立ち上る。

 「ヌコちゃん!レイ状申請!!ムトウさん!対象を挟み撃ちにしますよっ!!」

 「「ラ…ラジャー!!」」

 ハトムラの号令で、直ちにムトウが銃を向けながら縊れ鬼を牽制し、えだまめ1号は最高裁にレイ状を申請する。

 ハトムラはさっき取り落とした銃を鮮やかな身のこなしで拾い上げると、流れるような動きで縊れ鬼に照準を合わせた。

 睨み合うこと数十分━━。

 動きのない動向に痺れを切らせたムトウがえだまめ1号に吼える。

 「アマノ!レイ状はまだか!?」

 「文句なら最高裁のジジイ共に言え!!」

 縊れ鬼から目を放さずにジワジワと距離を詰めながら、レイ状を待つ二人の刑事にも疲労の色が見えてきた。

 「執行ヲ許可シマス……」

 「やっと来やがったか!!」

 えだまめ1号の口から最高裁判所からの執行許可証がファックスのように吐き出されたのと同時に、ムトウとハトムラが引き金を引く。

 ぱぱんっ!!

 銃から飛び出た二発の霊子弾が縊れ鬼を捉え、両肩を撃ち抜いた。

 「ギェェエエエエ!!」

 貫通した肩の穴から向こう側が見えているが、トドメとはいかず、痛みで暴れだした縊れ鬼が、闇雲に辺りを蛇の尾でバシバシ打ちつける。

 「しっかり狙えよ!!バカやろぅ!!」

 「お前にだけは言われたくねぇよ!!」

 「ケンカしてる場合じゃないでしょ!!」

 まるで駄々っ子のように、もんどり打ったりゴロゴロ転がる縊れ鬼を狙うが、動きが速すぎて狙いが定まらない。

 「動くんじゃねぇよ!」

 イライラしながら銃口を向けるムトウの背後から、ガタンと物音がした。

 ぱんっ!!

 乾いた音の後、縊れ鬼の動きがピタリと止まり、「グェェエエエエ……」と断末魔の悲鳴を上げながら、縊れ鬼の姿が掻き消えていく。

 縊れ鬼の眉間にはポッカリと風穴が空いていた。

 「大丈夫でしたか?せんぱいがた」

 健康的な肌の色の小さな女性が銃を構えたまま、二人の刑事に微笑む。

 「チカゲちゃん!」

 「相変わらず、見事な腕だな……」

 二人の先輩刑事に褒められて少しはにかむチカゲに、えだまめ1号が言う。

 「作戦通りだな!土産の海ぶどうはちゃんと買ってきたか?」

 「もちろんですよ!ヌコせんぱい」

 「上出来だ!」

 「おつかいを褒めるのはどうかな?ヌコちゃん」

 「俺の泡盛は?」

 休暇で地元に帰っていたチカゲに、ムトウが自分の頼んだ物も確認すると、チカゲは輝く笑顔で答えた。

 「もちろん忘れました!!」

 「そこはもちろんじゃねぇだろ!」

 悪気0のチカゲに不満げそうに口を尖らすムトウの肩をハトムラがポンと叩いた。

 「ムトウさん!どんまい!!」

 「うるせぇよ!」

 イジけるムトウにえだまめ1号が追い打ちの一言を言う。

 「オッサン!そこの本尊の仏像につけた傷は、後で始末書を上げるようにとユキザワ室長が仰せだ。良かったな!ムトウ警部補♪」

 「はぁ?」

 ムトウが振り返ると、本尊の顔に大きな亀裂が入っている。

 「俺のせい?」

 「お前は班長だろう?当然だ。不可抗力でも文化財に傷つけちゃイカンよ」

 「ウソだろ……」

 「現実を見ろ!目を背けるな!!」

 「せんぱい!ファイト!!」

 「ムトウさん…ホントにどんまい……」

 ガックリと肩を落とすムトウと二人の女性刑事と犬型ロボは、深い闇の中、本部のある警察庁へと足取り重く戻るのだった。

Concrete
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