「成人した今になっても、何故あんなことになったのか分かりませんよ。母にそれとなく聞いてもはぐらかされるし…。こう、何回もはぐらかされると、こちらとしても聞きにくいですからね」
香苗さんはそう言うと、溜め息をついた。
香苗さんは小学5年生の時から高校を卒業するまで、ずっと近所のお寺で育った。
親が熱心な仏教徒という訳ではなく、勿論、寺の住職とは特別な関わりはない。しかし、小学5年生の秋先、いきなり母親に引っ立てられて、お寺へと連れていかれたのだ。
「お寺に預けられた理由?思い当たらない訳ではないんですけど…」
香苗さんは重い口を開いた。
その日、香苗さんは1人留守番をしていた。父親は仕事でまだ帰ってこなかったし、兄も友人宅へ遊びにいってしまっていた。
母親は入院中の祖母を見舞いに出掛けていった。
1人になった彼女は、居間で寛いでいた。テレビを見たりお菓子を食べたりしていると、突然居間の電話が鳴った。
「電話が鳴るとコール音がするでしょう?うちのはプルルルって鳴るヤツだったんですけど…その時は何ていうのかな…変わったコール音だったんです。ハッキリとは覚えてないんですけど、鈴が鳴るような…チリチリッとした音でした」
コール音の故障…くらいにか思わなかったという。彼女はソファーから降りると、電話に出た。
「もしもし」
「かなちゃんかね?おばあちゃんだよ」
「おばあちゃん?お話出来るようになったの?」
香苗さんの祖母は長いこと心臓を患い、入退院を繰り返してきた。今じゃもう寝たきり状態で、たまにお見舞いに行っても香苗さんの顔も分からないような状態だったらしい。
「そんな祖母が電話出来るわけがないんですけど…あの時は私も子どもでしたからね。単純におばあちゃんが元気になったとしか思えなかったんです」
香苗さんは暫くの間、祖母と他愛のないことを喋っていたが、ふいにこんなことを言われた。
「おばあちゃんねぇ、今凄くいいところにいるんだよ。かなちゃんも来る?」
返事をする前に電話は切れた。それから暫くして母親が帰ってきた。目元が赤かった。
「香苗…。さっき、おばあちゃんが亡くなったわよ」
「嘘だぁ。だってさっき、おばあちゃんから電話掛かってきたよ」
母親は目を吊り上げた。
「変なこと言わないで。おばあちゃんはずっと寝たきりだったのよ。1人で起きることだって出来ないんだから」
「ほんとだもん。いいところにいるって言ってたよ。かなちゃんも来るって言ってたもん」
ムキになって答えると、途端に母親の顔色が変わった。眉間に皺を寄せ、怖い顔つきになった。
「…あんたはおばあちゃんのお葬式に出なくていいわ」
「え?お母さん、何でーーー」
「来なさい…いいから来て!」
母親は香苗さんの腕を掴むと、物凄い剣幕で家を出た。向かった先が縁もゆかりもない、高校を卒業するまで育ったお寺だったのだ。
「お寺の生活?いやあ、変なものでしたよ。朝早くに起こされたと思ったら、御守りみたいなのを渡されて。それから1日中、住職の読むお経を聞かされたりね。清酒を口に含んだり、粗塩の入ったお風呂にも入らされたっけ…」
高校を卒業したその日に、両親は迎えに来てくれた。それからというもの、穏やかな生活が続いているのだが…。
「私ね、未だにおばあちゃんのお墓参りはさせて貰えないんです。両親と兄は毎年行ってるみたいなんですけど…私だけ行くなって言われてて」
香苗さんはそう言って苦笑した。
作者まめのすけ。