ついてない・・・・。
哲夫は使い古されてボロボロになった箒と塵取りを両手に持ちながら、深くため息をついた。
(ここの掃除を俺一人でやるとか、ふざけんのも大概にしてくれよ・・・・)
その日、哲夫は1、2時間目の美術の時間にいつものように授業を抜け出していた。
抜け出すと言っても20分程度の事なので、今まではわりとバレずに済んでいた。
だが今日は違った。
そろそろ戻ろうと思って苺ミルクの紙パックを片手に廊下を歩いていたら、見つかってしまったのである。
よりにもよってあの体育のハラセン(原田先生のあだ名)に。
ハラセンは罰として、放課後に30分間体育館倉庫の掃除をするように哲夫に命じた。
そして今まさにその放課後という訳だ。
本当はこんなかったるい掃除なんて今すぐばっくれて帰りたい所だが、あのハラセンの命令である。
逆らえばどうなるか解ったもんじゃない。
哲夫はしぶしぶ持ってる箒を使って掃除を始めた。
(しかし異様に汚いなここは・・・・)
前々からほこりっぽい倉庫だとは思っていたが、いざ掃除を始めてみると相当汚いのがよく解る。
使ってないマットなんて完全に茶色く変色してるし、バスケットボールの入ったカゴの下は「砂場か!」とツッコミを入れたくなる位砂が溜まっていた。
「・・・・・あ~、やめだ!やめやめっ!」
15分程経った時点で哲夫の我慢が限界に達した。
持っていた箒を乱暴にマットの上に投げ飛ばす。
「そもそもこんな汚い倉庫、一人じゃ何時間あっても終わらねぇよっ!」
そう言って綺麗な方のマットに寝そべると、時間までそのまま寝転がって待つ事にした。
(・・・・5分前位から掃除してるフリしとけばたぶん大丈夫だろ)
安易な考えだったが、疲れていた哲夫の中ではもはやバレても構わないという気持ちも半分位あった。
nextpage
「・・・・・ん?」
それは哲夫が掃除を止めてから5分ほど経った時だった。
「・・・・なんだ?・・・・・誰かいるのか?」
微かだが倉庫の中で人の声がしたような気がした。
しかしそんな事がありえるだろうか?
さっき哲夫は掃除する前に、倉庫の中を隅々までチェックしたのだ。
誰か隠れていたのなら気づかないはずがない。
(・・・・・・気のせいか)
哲夫がまた寝転がろうとしたその時だった。
『・・・・・こ・・・・・だ』
慌てて体をまた起こす。
今度は気のせいなんかじゃない・・・・。
確かに人の声が聞こえた・・・・。
「誰かそこにいるのか?」
得体の知れない何かに問いかけるとすぐにまた声が聞こえた。
『・・・・こっ・・・・・だよ』
また聞こえた。
今度は方向もなんとなく解った。
倉庫の奥の方あたりから聞こえた気がする。
恐る恐るそっちの方へ近づいてみる。
『・・・・ヒ・・・・・ヒヒ』
また聞こえた。
最初は人間かと思ったが、今の鳴き方はなんか動物っぽいようにも思えた。
なんだ?何がいるんだ?
さらに声のした方に近づいてみる。
だがそこには箒等が入れてあった掃除用具入れ用のロッカーがあるだけ・・・・。
まさかと思いながらも注意深くロッカーを開けてみたが、中には誰もいなかった。
「・・・・なんだよ、どっから聞こえてきてんだよ」
訳も解らずそのままロッカーを閉めるとまたあの声がした。
『・・・・・・ち・・・・だよ』
その声はロッカーの右側から聞こえてきた。
しかしそんなはずはないのだ。
ロッカーは倉庫の一番奥の角に置いてあった。
ロッカーの右側には壁しかない。
そして壁の向こう側には確か池があって誰かがそこにいるとは考え難い。
(じゃあこの声はどこから聞こえてきてるんだよ・・・・)
哲夫は何が何だか解らなくなってきていた。
だが偶然にも隙間からちらりと見えるそれに気づいた。
「なんだ・・・・これ・・・・」
そのままではよく見えなかったので、力任せにロッカーをズラしてあらわになった壁の辺りを覗き込んだ。
そこには大きな黒い染みがあった。
まるでその部分だけ何かで焼かれたように真っ黒な染みが・・・・。
どことなく染みの形は人間の形をしているようにも見える。
「・・・・はっ、馬鹿馬鹿しい。んな訳ねぇーつーの」
精一杯いの強がりをしてみせ、どかしたロッカーを戻そうとした。
『・・・・ここ・・・・だよ・・・・ヒヒ』
全身の毛が一瞬にして逆立った。
もう言い訳も出来ない。
確かに声は染みの中から聞こえてきた。
「・・・・・・嘘だろ」
体が徐々に震えてきた時、染みの中心あたりで何かが動いたような気がした。
思わず少しだけ顔を近づけてしまった。
次の瞬間。
何かに体を掴まれ物凄い勢いで引きずり込まれた。
驚いてすぐに周りを見回してみたが何も見えない。
真っ暗だ。
一切光が無い完全な闇。
戸惑う哲夫にどこからか声が聞こえてきた。
『悪く思うなよ。お前もそこから出たけりゃ早く変わりを探すといい』
それだけ言うと、その声はもう二度と聞こえてこなくなった。
nextpage
あれからどれだけの月日が経っただろうか?
哲夫は気の遠くなるような時間を暗闇の中で過ごしていた。
あいつが最後に言った言葉の意味はすぐに解った。
だが、待てど暮らせど変わりになる奴など現れなかった。
そもそもあれから誰の声も聞こてこないのだからどうしようもない。
哲夫はもはやほとんど元の世界に戻れる事を諦めているような状態だった。
毎日ただ座ってぼーっとして過ごす。
最初の頃は物凄く腹が減ったり頭が痛くなったり体が寒くなったりもしたが、いつからか全く何も感じなくなった。
(たぶん俺はこのまま死ぬまでここで過ごすんだろう)
そんな事を思い「はぁっ・・・」と深いため息を吐いた時だった。
[・・・・だれかいるの?]
驚いて顔をあげる。
(あれ?もしかして?)
[・・・・おかしいな~。声が聞こえた気がしたんだけど・・・・]
(やった!)
(ついに来た!)
思わずガッツポーズを取った。
だが喜んでばかりもいられない。
ここで逃したら次は何時になるか解ったもんじゃないからだ。
哲夫は心を落ち着けて慎重に相手を誘い込もうとした。
しかし長い間喋っていなかったせいで思うように声が出ない。
(くそっ!駄目か?)
[・・・・誰かそこにいるの?]
徐々に声が近づいてきているのが解る。
(やった!嬉しいっ!嬉しいっ!)
(ヒヒ!ヒヒ!)
哲夫はまるで子供のようにはしゃいでいた。
(あぁ駄目だ・・・・)
(嬉しくてどうしても笑い声が漏れちまう・・・・)
(だがもう少しだ・・・・あと少しで外に出られる・・・・)
(早く、こっちだ・・・・)
(こっちだよ、ヒヒ・・・・)
そして哲夫は手を伸ばし、そこにいるはずの誰かを闇の中に思い切り引っ張り込んだ。
nextpage
●七不思議の二●「体育館倉庫の黒い染み」
体育館倉庫の何処かには人の形に似た真っ黒い染みがある。
その染みの中には暗闇の世界があり、一人の人間が長い間閉じ込められているという。
その人が中から出るには変わりの人間が必要であり、染みに気づいて近づいた者は中の人に引きずり込まれてしまうらしい。
作者バケオ
いわゆる「無限ループ」っぽいお話です。
「捕まった人が今度は捕まえる側になりそれが永久に続く」というある意味怖い話。
ネタ自体はよくある話に少しアレンジを加えた程度の物なのでそこまで面白くはないかもしれませんが(すいません)
あと本編で説明不足だった分をちょっとだけ補足したいと思います。
まず引きずり込まれた哲夫君ですが、実は途中で死んでしまっています。
何も感じなくなったのはその為で、彼はすでに幽霊になっているという事ですね。
何故自分が死んでいる事に気づいていないのかは、真っ暗なせいか、気が狂ってしまったせいなのか等皆様のご想像にお任せします。
あと簡単な設定としては「暗闇の世界から抜け出せるのは幽霊になった時だけ」とか「外の世界の人間で声が聞こえる人も限られている」とかあったりします。
なので暗闇の中の人が身代わりを見つけるには相当な時間がかかってしまうようです。