一人の少女が放課後の校内を足早に歩いていた。
顔からは汗が滝のように流れ落ち、事の深刻さを表している。
(・・・・あともう少しだ)
少女は、懸命に自分を励ました。
どことなくぎこちない動きで歩く少女に、すれ違った美術教師の田中先生も思わず目を丸くしていた。
それからほどなくして、ついに彼女の目にゴール地点が映った。
少女は最後の力を振り絞り、一目散にその場所へと駆け込んでいった。
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少女の名前は香織と言った。
香織はその日、帰りの会が終わると同時に教室を飛び出していた。
とある場所に大至急の用事があったからだ。
しかし廊下に出て1秒としないうちに教室からドデカい声が聞こえてきた。
「おいーっ三橋っ!ちょっと待てやぁーっ!」
右足が即座に急ブレーキをかける。
悲しい事にクラス内で三橋という苗字の人間は香織しかいなかった。
大急ぎで教室に戻る。
「ちょっとハラセン!(原田先生のあだ名)私今急いでるんだけどっ!」
「おっ?そうか。すまんすまん。まぁすぐ終わるから」
そう言って教卓に置いてあったプリントを一枚香織に渡した。
「お前確かこの間配ったバレーのプリント無くしたって言ってたろ。俺に感謝しろよ~」
渡されたプリントに目を向けると、確かにこの間無くしてしまった物と同じプリントだった。
(今渡さないでもいいでしょうに~・・・・)
込み上げてくる怒りを抑えながら、「ありがとうございました」と一礼するとすぐに教室を後にした。
香織はすぐに近くにある女子トイレの中に駆け込んだ。
だが残念ながら時すでに遅く、中では数人の女子が順番待ちをしている状態だった。
この時間帯は割とトイレに人が集中する事が多く、出遅れれば数分待たされるのが日常なのだ。
(・・・・駄目だ、とても待っていられる状態じゃない)
あまり良いとは言えない頭を使って何か打開策はないかと懸命に考えた。
そしてある案を思いついた。
西校舎3階にある女子トイレ。
あそこは何故か放課後になると誰も近寄らないという話を聞いた事がある。
(よし!そこにしよう!そうしよう!)
その場でくるりと回れ右をしてから、香織は西校舎へと向かった。
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勢いよく西校舎の3階女子トイレに飛び込むと、一瞬ぞくりと背中に悪寒が走るのを感じた。
トイレの中は怖いほどシーンと静まり返っていた。
どうやら噂通りこの時間は誰もここに来ないようだ。
(なんか気味悪いからさっさと済ませて早く帰ろう・・・・)
どの個室でも良かったのだが、とりあえず右から二番目に入る事にした。
ドアを開けると、そこにあったのは見事なまでの古臭い和式便器だった。
(・・・・そういえばそうだった)
何故かこの学校はここの場所だけ全て和式なのだ。
数年前にほとんどのトイレを洋式にしたという話らしいが、何故かここだけは和式のままだ。
(予算が足りなかったとか?・・・・いやそんな訳ないか)
数年前の学校の財政を心配している間に事は終わり、そのまますっくと立ち上がって個室のドアを開けようとした、その時だった。
コンコンコン・・・・。
不意にノックの音が聞こえてきた。
それも左隣の個室からだ。
(うわっ、人いたのかぁ・・・・)
何かまずい事でもしちゃったかと不安になった時、震えるような不安定な声が右隣から聞こえてきた。
『あぁそぉびぃましょぉ~~~~』
思わずそのままドアを開けようとしていた右手が止まった。
しかしそんな事などお構いなしといった風に声の主は続けた。
『かぁくれんぼしましょぉ~~・・・・・・いぃ~ち、にぃ~い、さぁ~ん、』
香織は以前どこかで聞いた噂話を思い出していた。
「この学校のどこかに花子さんが現れるトイレがあるらしい」
もしかしてここがそうだったんじゃ・・・・
喉の奥が急に渇きだし、だんだん息苦しくなっていく。
『じゅういぃち、じゅうぅにぃ』
(いけないっ!とりあえず早くここから逃げないと)
慌てて個室から飛び出すと、決して後ろを振り向かないように注意しながらトイレから逃げ出した。
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「・・・・・・・嘘でしょ」
トイレの外に出ると外は真っ暗だった。
さっきまであったはずの夕日の日差しは跡形もなく消え去り、変わりに月明かりが校内を照らしていた。
持っていた携帯で時間を確認するとさらなる衝撃が待っていた。
[02:00]
携帯の時刻表示は現在時刻を「深夜2時」と伝えていた。
「ありえないっ!何かの間違いでしょこれっ!?」
香織はあまりの事に一瞬思考回路がストップしてしまった。
だが逆にそれが幸いし、背後からずっと聞こえてきていた声の方に意識が向いていった。
(ここにいちゃ駄目だ)
すぐに10Mほど先にあった階段まで全力で走った。
ものの数秒で階段までたどり着くと、体の向きを変え階段を駆け下りる。
その時に見てしまった。
香織がさっきまでいたトイレから、赤いスカートをはいたおかっぱ頭の女の子が出てくるのを。
無我夢中で1階までの階段を下りていった。
普段怖くて出来なかった3段飛ばしも、気づいたら何回も連発していた。
一瞬の内に1階までたどり着くと、目の前にいつも3年生が使っている側の玄関があった。
この期に及んで自分の靴なんて気にしていられない。
香織は上履きのまま迷わず一直線に玄関へと直行した。
あたり前だが玄関は全て閉まっており鍵がかかっていた。
しかし建物の内側にいる香織にとって、さしたる問題ではない。
そう思っていた。
「!?・・・・つっ!・・・・なんでっ!?」
回らない。
どんなに力を込めても鍵が開かないのである。
ついには両手で力一杯試してみたが全く開く気配がなかった。
香織が必死になって鍵を開けようとしていたその時、後ろの方で何かの音がした。
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コツーン・・・・コツーン・・・・。
先程降りてきた階段からゆっくりとした足音が聞こえてきた。
(やばいやばいやばいやばい)
このままでは捕まってしまう。
そう思った瞬間、傍にあった掃除用具入れのロッカーに強引に入り身を隠していた。
足音がだんだんと近づいてくる。
するとカツーンという音だった足音がギシ、ギシという音に変わった。
恐らく下駄箱の下の「すのこ」の辺りを歩いているのだろう。
(うぅ~神様~・・・・)
さらに足音が近づいてくる。
ギシ、ギシ、ギシ
緊張のあまり心臓は喉元までせり上がっていた。
今、香織の目にはロッカーの細い小窓越しに見える玄関扉の様子が僅かながら見えている。
(こっちに来るな・・・こっちに来るな・・・)
しかし必死な願いも虚しく、玄関扉のあたりに赤いスカートの女の子が近づいていく姿が確認出来た。
女の子は扉の鍵のあたりを舐めるように見廻している。
そして、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
(ひっ!)
コツ、コツ、と少しずつこちらに近づいてくる。
顔の表情は影になっているせいでよく見えない。
その様が逆に恐怖をより一層引き立たせた。
(いやだ・・・・いやだっ・・・・)
思わず叫びそうになったその時、女の子はその場で廊下側に向きを変え視界から消えていった。
あたりがシーンと静まり返る。
(・・・・・・嘘・・・・助かったの?)
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、玄関のあたりに光が当たっているのが目に入った。
その光はちょこちょこと位置を変えて動いており、少ししてからそれが懐中電灯の光だという事に気づいた。
(誰?警備の人?宿直の先生?)
普段、夜の学校に誰がいるのかなど気にしていなかった香織にはその光が誰の物なのかなど検討もつかなかったが、生きている人間ならもう誰でも良かった。
急いでロッカーをガコンと開き、身を乗り出す。
顔を上げ玄関の外にいた懐中電灯の人物を探した。
だがさっきまで玄関あたりを照らしていた光がいつの間にか消えている。
(まさかもう何処か別の場所に行ってしまったんじゃ)
予想外の自体に困り果てていたその時。
コツン、コツン、コツン
胸元まで下がっていた心臓がまた上昇し始める。
今の音で気づかれてしまったのだ。
足音はさっきよりも明らかに速度を増している。
突然の事に戸惑う香織の取れる行動は、もはや再度後ろのロッカーに身を隠す事しかなかった。
無理矢理ロッカーに体を突っ込むと、出来る限り音をたてないようにして扉を閉める。
(どうか・・・お願いします・・・・)
目をつぶり必死に懇願した後にロッカーの小窓から見えた物は二つの球体だった。
(・・・・・・えっ?)
それが二つの眼球だと理解するのにはそう時間はかからなかった。
「ひぃっ!!?」
香織の悲鳴を聞くと二つの目はニヤリと細まった。
『みぃ~~つけたぁ~』
ロッカーの扉がゆっくりと開くと、そこには赤いスカートをはいたおかっぱ頭の女の子がピエロの仮面のような笑顔で立っていた。
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●七不思議の三●「トイレの花子さん」
西校舎3階女子トイレの右から3番目のトイレには「花子さん」という少女が現れる。
放課後にそのトイレに一人で入ると花子さんに「遊びましょ~」と誘われてしまう。
一度誘いを受けてしまった生徒はそれからずっと花子さんの遊び相手にされてしまうらしい。
また深夜の学校を覗くと、時々おかっぱ頭の女の子と誰かが一緒に遊んでいる姿が目撃出来るとも言われている。
作者バケオ
七不思議3話目です。
たぶん学校関係の怖い話で最も有名であろう「トイレの花子さん」の話ですね。
調べてみると結構地方によって花子さんの話の内容が違うみたいですね。
一般的なのは「学校の校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねる行為を一番手前の個室から奥まで3回ずつやると3番目の個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる」というもの。
ですがなかには、「山形県の別説では、[花子さんの正体は3つの頭を持つ体長3メートルの大トカゲで、女の子の声で油断した相手を食べる]という」なんて凄い内容のものまであったりするそうです(^^;;