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長編9
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愛人形

日曜の昼下がり、拓海(たくみ)は今日届くはずの荷物を待ちながらソワソワしていた。

雑誌でその存在を知り一目惚れしてから早一年。

三十万という値段に衝撃を受けもしたが、ずっと節約して貯金してきたお陰でようやくついに我が家にアレが届く。

ピンポーン♪

チャイムが鳴るやいなや、勢いよく玄関のドアを開いた。

そこには驚いた表情の配達員が口をあんぐりと開けて立っていた。

目線を下に落とすと、足元にとても大きなダンボールが置いてあるのが確認出来る。

やばい、ニヤニヤが止まらない。

荷物を手渡し判子を貰うと配達員は妙な表情を浮かべながらそそくさと帰っていった。

いつもなら今みたいな態度の悪い奴には腹を立てている所だが、今日だけは特別だ。

すぐにでも荷物を確認したい、という気持ちの方が完全に勝っている。

急いでリビングへと荷物を持って行き、子供のようにビリビリとダンボールの封をこじ開けた。

「うぉっ!」

箱の中には綺麗な顔をした等身大の女性の人形が入っていた。

手を伸ばし、ゆっくりと顔に触れてみる。

ぷにぷにとした柔らかい感触が伝わってくるのが解る。

とても作り物とは思えない感触だ。

「凄い・・・肌の質感も想像以上だし、見た目も写真で見たものよりも何倍も人間っぽいぞ」

拓海は嬉しさのあまり思わず人形の顔に頬ずりした。

 

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『ラブドール』

それが拓海が三十万もの大金を払って購入した人形の通称である。

いわゆるダッチワイフの一種で、男性の性的欲求を満たすための等身大の女性の人形の事である。

ボディが高価なシリコンなどで作られており、高級なだけあって割とリアルな人間に近い。

その昔、拓海は学生時代に女性から酷いイジメに会い普通の女性を愛する事が出来なくなってしまった。

生きている女性に恐怖心を抱くようになってしまった拓海は、いつしか女性と付き合う事を諦めるようになっていった。

そんな時、彼は偶々コンビニで見かけた雑誌でラブドールの存在を知ったのだ。

これこそ正に自分に必要な物だと直感した。

 

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人形の全身を箱から出しベッドに寝かせる。

リアル差を重視しているのか、重さもまるで本物のようで両手で抱え上げるだけで足が震えた。

購入してそうそう床に落として傷でも付いたら堪らないので、慎重にベッドへと下ろした。

「ふうっ、とりあえずこれでよしっと」

ベッドに下ろした人形の姿をまじまじと見つめる。

人形とはいえ女性を自分のベッドに寝かせているという状況は、なんともこそばゆい感じだ。

「と、とりあえずまず服を着せないとな」

そう言って通販で買った女性物の服を用意すると、慎重に人形に着せ始めた。

おかしな話かもしれないが、拓海にはこの人形で性的欲求を満たそうという気持ちは全くなかった。

ただ自宅で人形と擬似的な恋愛ごっこがしたかっただけなのだ。

いわばこれは等身大の人形を使って行う「おままごと」のようなものだ。

彼にとっては、それが何事にも変えられない幸せな行為だった。

「綺麗だ・・・」

洋服を着せ終えた人形を改めて眺め、そのあまりの美しさに心を奪われた。

ずっと見つめていると、なんだか人形の方も自分を見ているような気がくる。

妙に恥ずかしくて顔を横に逸した。

「あ、そうだ。名前。名前決めてたんだった」

ずっと前から決めていた名前。

写真を見た時何故かすぐに思い浮かんだ名前。

「・・・・今日から君の名前は「洋子」だ。宜しく、洋子」

横に背けていた顔を彼女の方に戻しニッコリと微笑む。

心なしか無愛想な彼女の顔も少し笑っているように見えた。

 

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その日から拓海は毎日が楽しくて仕方なかった。

朝起きるとベッドには洋子がいる。

朝食は一緒にテーブルにつき、会社に出かける時は「いってきます」と彼女に伝えてから出かける。

帰宅時には「ただいま」と告げて部屋に入り、今日あった出来事を語りながら二人で夕食を取る。

お風呂はさすがに一緒には入れないが、その後はすぐに洋子と一緒にベッドに入ってぐっすりと眠る。

上京してからずっと寂しい一人暮らし続きだった拓海にとって、それはとても幸せな日々だった。

だがある日おかしな事が起こった。

ちょうど洋子が来てから一ヶ月が経った頃の事だ。

いつものように拓海は寄り道もせず自宅へとまっすぐ帰宅し、玄関のドアを開けて「ただいま」と告げた。

「・・・・・・・・・さい」

靴を脱ごうとして下を向いていた顔がビクッと上がった。

今、部屋の奥の方から女性の声が聞こえたような・・・・

まさか泥棒か?

恐る恐る声のした部屋へと近づいてみる。

ガチャッ

手にバットを握り締めながら室内を確認してみたが、特に誰かが潜んでいる気配はなかった。

「なんだよ~脅かすなよなぁ」

持っていたバットを部屋の隅に放り投げた時、奇妙な事に気づいた。

洋子がベッドの上で座った姿勢でいる。

確か出かける時は寝かせた状態にしていったはずだが・・・

「・・・いや、急いでいたから何かの時に動かしたのを忘れてるだけかもしれないな」

その日は特に気にする事もなく、いつも通り二人で食事をし、いつも通りベッドで一緒に寝た。

それから三日後の夜。

その日は残業で帰るのが遅くなっていまい、自宅に着く頃には10時を回っていた。

「こりゃ洋子もカンカンに怒っているかもなぁ~」

下らない冗談に自らふふっと笑いながらも、玄関のドアを開け「ただいま」と告げた。

「・・・・・・りなさい」

体が一瞬で氷のように固まった。

また聞こえた・・・

この間と同じ女の声だ・・・

今度は聞き違いなんかじゃないという確信があった。

家の中に誰かいる・・・・

玄関に置いておいたバッドを今一度握り締める。

「ふうっ・・・・」

一呼吸入れてからバッドを構えてリビングへの扉を勢いよく開けた。

「えっ・・・・・」

部屋の中には誰もいなかった。

今朝となんら変わらない、いつもの自分の家のリビングだ。

ただ一つ違ったのは、ベッドに寝かせていたはずの人形がテーブルの前の椅子にこちらに背を向けて座っている事だけだった。

 

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拓海には何がなんだか解らなかった。

だが帰ってきた時に女性の声が聞こえ、部屋の人形が勝手に椅子まで移動していたという事実に彼は心底恐怖した。

人形がひとりでに動くはずがない・・・・

どんなに自分にそう言い聞かせても彼の恐怖は消える事はなかった。

その後、人形を部屋の隅の見えない位置まで移動させてから一人で食事をした。

それでも食事中ずっと部屋の奥から見られているような気がして全く落ち着く事はなかった。

食事を終え、震える体を抑えながら気分を落ち着ける為に風呂に入った。

「大丈夫だ・・・人形が動く訳ない・・・大丈夫だ」

湯船に浸かりながら呪文のように同じ言葉を繰り返す。

嫌な事があった日はいつもこうして風呂で気持ちをリラックスさせる事でなんとかしてきた。

だから今日だって大丈夫なはずだ。

少しずつ気分が安らぎ、次第に落ち着きを取り戻し始めていたその時だった。

キィーッ

何処かのドアが開く音がして口から「ひゃぁっ!」と情けない声が飛び出した。

慌てて浴室から出てきた時、拓海はその場の光景に腰を抜かしそうになった。

人形がいた。

浴室のドアの目の前に這うようなポーズをして倒れていた。

先程移動させた部屋の隅から5Mは離れている。

もう何の言い訳も出来なかった。

あまりの出来事に頭の中がこんがらがりだす。

この人形には魂が宿り始めている。

このままだと俺は洋子に取り憑かれてしまうんじゃないだろうか?

今すぐにでもこの人形をこの場所から離さないと危険だ。

拓海は悩み抜いた挙句、人形を自宅から遠く離れた何処かに捨てる事にした。

しかし精巧に作られた人形の為、その重さは本物の人間と比べてもあまり変わらない。

加えてそのままだとそのサイズからどうしても一目につき易い。

焦っていた拓海は頭に思い浮かんだ考えを躊躇する事なくすぐ行動に移した。

人形を重ねて敷いた新聞紙の上に寝かせ、太もものあたりに包丁をあてがう。

大きすぎるならバラしてしまえばいいだけだ。

スィーッ

シリコンの肉にゆっくりと包丁の刃が吸い込まれていく。

思わず顔を背けた。

人形と解っていても嫌な気分だ。

関節器具の周りの肉を削ぎ落とすと、胴体から両方の腕と足を外した。

あとは頭を外すだけだ。

首元に包丁をあてがう。

人形の顔はピクリとも動かない。

あたり前の事なのに何故かそれが酷く恐ろしかった。

スクスクと首のあたりのシリコンに刃を入れていく。

気がつけば拓海の目には涙が浮かんでいた。

「ごめん・・・・・・ごめんな・・・・・・・・」

目から溢れる涙を拭う事も忘れて作業に没頭した。

 

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解体作業が全て終わる頃には時計の針は深夜1時を指していた。

大分遅くなってしまったが、むしろこの時間の方が一目につきにくくて都合がいい。

バラしたパーツを軽く新聞紙に包むと、数回に分けて近くの駐車場に停めてある車へと運んだ。

途中で誰かに見られないかとヒヤヒヤしたが、さすがにこの時間ともなると外を出歩いている人はほとんどいないようだ。

誰にも見つからずに全てのパーツを車に運び終えると、周りの住民を起こさないようひっそりと出発した。

それから車を2時間程走らせると目的地の深い森が見えてきた。

本当は不法投棄などしたくはないのだが、モノがモノだけに致し方ない。

それに風呂場の件を考えると、もはや一秒たりともあの部屋にこの人形を置いておく訳にはいかないのだ。

その後、適当な場所で車を停め人形のパーツを森の奥へと運んだ。

地面に埋めるた方が良かっただろうが、あいにくシャベルのような物は持ってきていなかった。

とはいえこれだけ自宅から離れた場所に置いてくれば、そう簡単には戻ってこれないだろう。

あとはこいつが先に車に戻ってきて一緒に連れ帰ってしまうなんてマヌケな展開にだけ気をつければいい。

来た道を戻り、車を念入りに調べてから安全を確認するとすぐにアクセルを吹かした。

帰り道の間も、後部座席にいきなりあの人形が現れやしないかと肝を冷やしながら運転していたが、特におかしな事もなく無事に帰る事が出来た。

自宅の玄関前に着いた時に腕時計に目をやると、時刻はちょうど朝の5時になっていた。

「こりゃさすがに今日は会社に出勤するのは無理かな」

くぁ~とだらしないアクビをする。

まぁ昨夜の出来事に比べれば部長の雷なんて可愛いもんだ。

ふふっ、と小さく笑みを漏らしてから、なんの気なしに玄関のドアノブに手を伸ばした。

「・・・・・・・えっ」

開いている・・・・

出てくる時ちゃんと鍵は閉めたはずなのに・・・・

まさか

まさか

まさか

家の中に入り、リビングへのドアをゆっくりと開く。

「おかえりなさい」

そこには見覚えのある女性のシルエットがあった。

窓から差し込む早朝の淡い光に照らされ、その姿は少し影が掛かって見え辛い。

女性はテーブルの前の椅子にこちらに背を向けて座っているようだった。

「嘘だ・・・そんな訳ない・・・・あるはずがない・・・・・」

恐怖のあまり拓海はその場にへたり込んだ。

「どうしたの?早くこっちに来て一緒に朝食を食べましょう」

昨晩聞いた声と同じ声が耳に届く。

今すぐこの場から逃げだしたいのに体は言う事を聞いてくれない。

キシッ

不意に女性の首から上がゆっくりと動き出した。

だんだんと彼女の顔がこちらに向いてくる。

駄目だ!早く!早く!逃げないと!

必死に自分の能に言い聞かせる。

それでも拓海の足は動いてくれない。

その時。

女性の頭がぐらりと揺れたかと思うと、ゴトンという音を立てて床に落ちた。

落ちた頭はゴロゴロと床を転がり拓海の前でピタリと止まった。

「うっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

床に転がった彼女の顔はいつもの無愛想な顔とは違い、とてもにこやかに笑っていた。

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大事にしてる人形があるので、ドキッとしました。
たまにしか話しかけてないから大丈夫かな?
面白かったです!改行とページおくりの書き方がとても好きです。

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[asuka sato]さんへ
コメントありがとうございました。
「面白い」って言って貰えると次回作への熱意が込上げてくるのでとてもありがたいです(^^)

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面白いです。
次回作も期待してます!!

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