俺には4つ年上の姉さんがいる。姉さんと言うのは名ばかりで、実際のところ俺とは血縁関係にはないんだが。まぁ、法律上は姉と弟だ。
姉さんは美人だが、無口でとっつきにくいところがある。いつもポーカーフェイスで、何を考えてるんだかまるで分からない。正直、あんまり得意なタイプではない。
そんな姉さんは、俗に言う「見える」側の人であるらしい。どこで教わったんだか知らんが、簡単なお祓いなら出来るらしく、姉さんの部屋には梵字の書かれた御札やら御神酒やら榊なんかがある。とても年頃の高校生とは思えない部屋だ。
事件は夏休みに入る少し前に起きた。
どこでどんな噂を聞いたんだか知らんが、俺のクラスの小堺って奴が姉さんを紹介してくれと泣きついてきたのがキッカケだった。
「ヤベェんだよ、俺……!!近々どうにかなっちまうかもしれねぇんだ!!」
そう話す小堺の表情は恐怖で引きつっていた。どうしたんだと尋ねると、小堺の奴は乾いた声で事の経緯を語った。
それは数週間前に遡る。小堺はサッカー部に所属してるんだが、部活仲間の連中と心霊スポットへ遊びに行ったらしい。そこは廃虚と化したビルで、ここら辺りじゃ有名な心霊スポットだ。
そのビルに行ってからというもの、毎晩金縛りに遭って魘され、ロクに寝ていないのだと小堺は言った。
「寝てるとさぁ、誰かが足元に立ってる姿が見えるんだ。上から下まで真っ黒な奴なんだよ……。目鼻立ちも性別も分かんねぇ。でも、いるんだよ。そいつが俺のことジッと睨んでるのが分かるんだよ。なぁ、助けてくれよ。お前の姉ちゃん、巫女さんなんだろ?なら、御祓いも出来るんだろ?助けてくれよ、友達だろ?」
……俺の姉さんは確かに御祓いは出来る(らしい)が、巫女ではない。それに俺とお前は友達というほど仲は良くないぞとも思ったが、今にも泣き出しそうな小堺のことを邪険には出来ない。
俺はその日の内に小堺を自宅に招いた。
待つこと数時間。帰宅したばかりの姉さんを捕まえ、事のあらすじを話し、小堺を紹介した。
姉さんは俺の話を黙って聞いていたが、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていたかと思うと。
「……あんた、何したの?何かしたんでしょ。あの場所で」
姉さんの問い掛けに、小堺は一層その表情を固くした。顔は血の気が失せ、唇は真っ青。おまけに小刻みに震えている。
姉さんは更に続けた。
それも絶望的な言葉を、容赦なく。
「残念だけど手遅れだね。1人や2人なら、まだ何とかなったんだよ。でも、あんたの場合は10人だから。10人の死者があんたの体の至る所に絡みついてる。怒った顔をしてね」
「うっ…、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」
姉さんの言葉が終わるか終わらないかという内に、小堺は大声を上げて家から飛び出した。
「おい、小堺……!」
「行くな!あんたまでとばっちり食うよ!」
あとを追い掛けようとする俺の腕を姉さんが掴む。爪を思い切り立てて掴まれ、あまりの痛みに顔をしかめる俺。
「お前も馬鹿だね。あんな奴を家に上げるんじゃないよ。ほら、もう空気が淀んでる」
姉さんは清めだとか何とか言いながらキッチンに入り、食塩の入れ物を手に取った。蓋を開け、中身の塩を手で摘まもうとして、ふと止める。
俺は何も言えないまま、姉さんの行動を見守っていた。
「あ~あ。駄目だ、これは。お前はやっぱり馬鹿だよ。あんな奴連れてくるから、ほら見てみろ」
突き出された食塩の入れ物を覗くと、塩はぐっしょりと濡れていた。
その後、小堺がどうなったのかは知らない。
何度家に電話しても留守だし、学校にも来ていないのだ。担任も、小堺の親しい友人らも理由は聞かされていないらしい。
結局、あれから1度も姿を見せないまま、小堺は転校したと後から聞かされたんだが……。
真相は闇の中だ。
作者まめのすけ。