俺には4つ年上の姉がいる。でも、俺とは血縁関係はない。様々な事情が重なって俺達は姉弟になったんだが、そこら辺の事情は込み入り過ぎた話であるため、割愛させて貰う。
姉さんは小さい頃から「見える」側の人間だったらしい。天井に女がへばりついていたとか、壁一面に赤ん坊の顔が浮き出ているのが見えたりだとか、そんなことが日常茶飯事だと言う。
「怖いって思ったことはないよ。だって、見えることが当たり前なんだもん。どうせ、見えなくなることはないんだろーしね」
そう話す姉さんの自室には、年頃の高校生とは思えない物ばかりで溢れている。梵字の御札、御神酒、榊とか。そんな物に囲まれて寝ているんだから、我が姉ながら只者ではない。
因みに俺はまるっきりオカルトには無縁な男であり、かつビビリでチキンでもある。ホラー映画なんて絶対見れないし、心霊スポットに出向くなんて言語道断。勿論、幽霊の類を見たことはない。
……そう。一生、見ることはないんだと、ずっとそう思っていた。姉さんのように「見える」体質じゃなくて本当に良かったと、心底感謝していた筈だったのに……。
あれは蒸し暑い真夏の夜のこと。あまりの暑苦しさに眠れなくなってしまった俺は、1階のキッチンへと向かった。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いだ。ふとリビングの方を見やると、誰かがソファーに座っているのが見えた。
「母さん……?」
そっと呼び掛けてみたが、返事はない。麦茶の入ったコップを片手に近付いてみると、どうやら男の人のようだった。
「父さん?何してんの、電気も点けないで」
明かりを点けようとして、ハッとなる。父さんは会社の出張で北海道に行っていて、帰ってくるのは明後日のはず。
じゃあ……誰だよ、こいつ。
まじまじ見つめると、そいつが青っぽいシャツに、白いズボンを履いているのが分かった。そして、その服装には見覚えがある。
「伯父さん……?」
父さんの兄貴で、俺にしてみれば伯父にあたる人だ。伯父はよく青いシャツに白いズボンを履いていることが多かった。
だが、数年前から精神を病み、今は東京の病院に入院している筈なんだが……。
「伯父さん、どうして……」
ポツリと漏らすと、伯父は急に立ち上がった。
いや、立ち上がったというより、何者かに首根っこを掴まれて無理矢理立たされたような、不自然な動きだった。
俺がポカンと口を開けていると、伯父はガクガクと激しく頭を上下に振り始めた。ロッカーよろしく凄まじい勢いでガックンガックン首を振り続けている。それはだんだん勢いを増し、今にも伯父の首がもげてしまいそうな速さになった。
「…ッ、ぐっ!」
悲鳴を上げたいのに声が出ない。逃げ出したいのに足が竦んで動けない。
俺は押し潰された蛙のような声を上げ、その場にへたり込んでしまった。
どれくらいの時間そうしていただろう。ふと気付くと、伯父は頭を振るのを止め、静かに立っていた。
次の瞬間、「ボキリ…ッ」と嫌な音がし、伯父はうなだれるように頭を下げた。
もう限界だった。
「○×▼□■@£≒±≦……!!!」
わけの分からん悲鳴を上げ、俺は2階へと駆け上がり、姉さんの部屋を乱暴にノックする。数回のノックの後、姉さんは安眠を邪魔されたことが相当不愉快だったらしく、般若の形相で出てきた。
「うっさいな。今、何時だと思ってんの。ガキが騒いでいい時間帯じゃねぇんだよ」
「で、で、で、出た……!」
俺はやっとのことで姉さんに今さっき目の当たりにした出来事を語った。姉さんは寝ぼけ眼のまま、俺の話を聞いていたが、最後にぼそりと言った。
「そう…。そりゃ可哀相に。”堕ちた”ね、伯父さん」
「堕ちた……?」
「うん。地獄に、ね」
あるんだよ、地獄は。
そう言いながら、姉さんは御神酒の入った瓶を持ってくると、それを喇叭飲みした。そして俺の後頭部を右手で押さえると、口の中の御神酒をぶっかけてきた。
「わっ!つめて!」
「清めの酒だよ。舐めとけ舐めとけ。んじゃ、お休み」
そう言うと、姉さんはバタンとドアを閉めてしまった。
翌日。東京の病院から連絡が入り、伯父が亡くなったことを聞かされた。部屋のカーテンを引き千切ってロープ代わりにし、首吊り自殺をしたらしい。
作者まめのすけ。