俺には4つ年上の姉がいる。とは言っても、俺達は同じ母親から生まれたわけではなく、父親も違う。
冷めた物言いで表すと、「赤の他人」だ。
そんな俺達がどうして姉弟になったのかはさておき。姉さんはちょっとした変わり者だということを最初に話しておかなくてはならないだろう。
姉さんは俗に言う「見える」側の人間らしい。子どもの頃から、しょっちゅうおかしな体験をしていたと豪語する強者ある。
かくいうこの俺も、最近になって妙な体験を数多く経験するようになってしまった。俺に元々あった霊感とやらが覚醒してしまったのか、はたまた姉さんと一緒にいることが多いせいかは不明だが……。とにかく、最近は頻繁に妙な出来事に遭遇する率が高い。
前置きはこれくらいにしておこう。では、そろそろ俺の体験談を聞いてほしい。
「肝試しに行こう」
姉さんが突拍子もないことを言い出したのは、夏休みも終わるかという夏の夜中のことだった。
夕食を終え、部屋でくつろいでいた俺の部屋に入ってきた姉さんは、珍しく白いマキシ丈のワンピースを着ていた。いつもはジーンズ姿なのに珍しい。
「ほら行くよ、○○墓地」
「え。だってあそこは……」
「姉の言うことに逆らうな。行くたったら行くんだよ。行くっきゃねえんだよ。早くしろ」
「……」
こんな感じで、いつも姉さんは勝手に決めてしまう。俺に反論する余地などなく、したところで目潰しされるかローキックが飛んでくるのは経験上承知の上だ。俺はやれやれと思いながらも、姉さんに続いて部屋を出た。
○○墓地というのは、うちの近所にある小さい墓地だ。そこは無縁仏の墓が多く、ちゃんとした管理者もいないため、雑草は伸びるわゴミが不法投棄されるわで荒れ放題の墓地だった。
自転車の2人乗りをして、俺達は○○墓地へと到着した。当たり前だが、俺達以外に誰もいない。
「いい雰囲気だね」
姉さんが小さく笑う。いい雰囲気どころか、今にも墓石の裏から幽霊が飛び出してきそうだ。
懐中電灯のぼんやりとした灯りを頼りに、俺達は寄り添うように墓地の中を歩いた。
小枝を踏む度にポキポキと音が鳴る。時折、強い風が吹いて木々の葉が激しく揺れ動く。些細な物音にも敏感に反応する俺に姉さんの肘打ちが入る。
俺は痛む鳩尾を押さえながらも、健気に姉さんの後に続いて歩いた。
リーン…リーン…リーン…リーン…
「ん?何だ、この音……」
遠くの方から鈴の音のようなものが聞こえてくる。そちらの方角に視線を送ると、チラチラと灯りのようなものも見える。
リーン…リーン…リーン…リーン…
音はだんだん近付いてきているようだ。それに伴い、何やら人影のようなものが列を成して歩いてくる姿が見えた。
人影はざっと20人くらいだろうか。顔まではハッキリと見えないのだが、一様に黒い服に身を包んでいる。列の先頭には、おさげ髪を結った女子高生くらいの女の子が骨壺のような物を持って俯き加減で歩いている。
「お葬式かな」
一瞬そう思ったが、すぐに違うと思った。どう考えても、こんな遅い時間帯にお葬式を行うとは思えない。
リーン…リーン…リーン…リーン…
行列の後ろの方では、長い棒に取り付けられた鈴が何度も打ち鳴らされている。ドラマなどで見る、昔のお葬式のような雰囲気だった。
「…ヤバイ。ヤバイのに遭遇したな」
姉さんが固い声で呟く。その一言は、俺の恐怖心を最大限に煽るには充分だった。姉さんがヤバイと言うからにはヤバイのだ。それも相当なヤバさだ。根拠はないが、本能的に分かる。
姉さんは俺の頭を掴むと、渾身の力で下へと押し込んだ。そして自分のスカートの中に俺を入れた。
「ちょっ……、姉さん!」
「静かにしろ。いいって言うまで喋るな」
リーン…リーン…リーン…リーン…
音は更に近付いており、俺達のすぐ近くまで来ているようだった。俺は姉さんのスカートの中で、出来るだけ体を小さくして息を潜めていた。
スカート越しに幾人もの人間がゆっくりとした歩調で歩く靴音が聞こえる。軍隊のように揃った足音は、やがて姉さんの前でピタリと止まった。
「今晩は」
姉さんの声がする。呑気に挨拶なんてしてんじゃねえよと心の中で叫びつつ。怖くて怖くて、半泣き状態の俺。
「……@≒▷#£%Å¥℃¥¢」
姉さんに応えるかのように、くぐもった声が聞こえてきた。日本語には間違いないと思うのだが、イントネーションがどことなくおかしく、聞いたことがない言葉ばかりで何を言ってるのかサッパリ分からない。
「±÷≒≈¤ℓ¢$……」
姉さんも再び応えている。やはり聞き慣れない言葉ばかりで、俺には意味が通じない。姉さんと「ヤバイ」奴らは暫く意味不明なことを語り合っていた。
唯一聞き取れた単語といえば、姉さんが言っていた「丑寅の方角」だけである。
やがて話し合いは済んだらしく、列は進み出した。ザッザッザッと、規則正しい足音は遠ざかっていく。
「いつまで入ってんの。早く出ろ」
スカートの上から頭を小突かれ、俺は正気に返った。慌ててスカートから這い出すと、姉さんが口を尖らせて俺を睨んでいた。そんなに睨まないでほしい。これは不可抗力だし、姉さんの下着の色や模様を眺める余裕すらなかったのだから。
「あれ……何だったの……」
力なく尋ねると、姉さんは意味深に笑い、「言ったでしょ。ヤバイモノだよ。あんた、隠れてて良かったね。見つかったら連れて行かれたかもしれないよ」と言った。
続けて、
「あの人達、ずっとああしてさ迷ってるんだよ。今度こそ逝けたらいいんだけど」
そう呟いた。
作者まめのすけ。