俺には4つ年上の姉がいる。「年上の」「姉」というキーワードだけ並べると、随分魅力的に聞こえるかもしれないが、実際はそう出もなかったりする。
第一、俺達は血が繋がっていない。同じ屋根の下で暮らしているし、苗字も同じだし、戸籍上も姉と弟で通っているが。俺達は本当の姉弟じゃない。義理の姉弟なのだ。
姉さんは結構な偏屈者である。人嫌いというか、他人と馴れ合うことが一切嫌いで、友人と呼べるような親しい人間もいないらしい。友人どころか両親ともロクに口を聞かないような徹底振りである。
両親も正直なところ、姉をどう扱ったら良いのか手を拱いているようだが……幸いにというか何というか、俺とはよく話をしてくれる。
「私に家族はいない。いるのは弟だけだ」とか言うような人である。怒らせると怖いのだが、実はちょっとブラコンだったりするのかもしれない。
そんな姉さんは俗に言う「見える」側の人間だ。幽霊、アヤカシ、怪異……。そういった、この世ならざるモノが見えてしまう体質なのだ。それは後天的なものではなく、先天的なものーーー生まれながらにしての力であるらしい。
かくいう俺も、姉さんと行動を共にしている内、何度か奇妙な体験に遭遇している。今から語るのは、割と最近に起こった話だ。逐一、それを報告しようと思う。
俺と姉さんは最寄り駅に来ていた。「図書館に行くから、お前も付き合え」と姉さんに命じられ、惰眠を貪ろうと考えていた俺の目論見は、早朝から崩れ去った。
俺達の住む町には図書館がなく、電車に乗って隣町にある図書館に行くしかない。俺は眠い目を擦り擦り、ぼんやりとホームに立っていた。姉さんは俺の隣で携帯ゲームに興じている。
ホームには疎らだが、サラリーマンやOL、ジャージ姿の学生などが電車を待っていた。ふとホームの端を見た俺は、異様なモノを目にしてギョッとした。
「枯れ枝か?」
それは茶色く細い、枯れ枝のようなモノだった。転がっているというのではなく、ホームの地面から生えているかのように、真っ直ぐ伸びている。
「……?」
寝ぼけているのかと思い、もう1度まじまじと視線を送る。枯れ枝のようなモノには、5本の細長い小枝が伸びており、時折その枝がメキメキと蠢いていた。
「ねえ、アレ何?」
隣にいる姉さんに話し掛けたが、「うっさい。今、ラスボスと戦ってんだから後にしろ」と突っぱねられてしまった。こうなると姉さんは駄目だ。何かに熱中している時は、話をマトモに聞いてくれないのだ。
はあ、と息をつく。恐る恐る横目で見ると、やっぱり枯れ枝らしいモノはあった。しかも、さっきよりこちらに近付いている気がする。
「…ひっ!」
気のせいか?目の錯覚か?いや違う。確かに枯れ枝のようなモノは、先程より近付いてきていた。
周囲の様子を窺うが、枯れ枝に気付く人はいない。1人だけ騒ぎ立てているのも嫌で、俺は平静を装って静かにしていた。視線だけは枯れ枝の方へと向けたまま。
枯れ枝は僅かずつではあるが、着実にこちらへと距離を詰めている。その距離5メートル…4メートル…3メートル…2メートル……
ーーーいや。あ れ は 枯 れ 枝じ ゃ な い 。
「……腕だ」
人間のーーー腕。肘から指先の部分だ。茶色く変色し、干からびてはいるが、それは紛れもなく人間の腕だった。
「ね、姉さん…!腕が!腕が来てる!」
「黙ってろ。あと少しで決着つくんだから」
「ゲームなんかいいよ!アレ見てよ!」
上擦った声を上げ、姉さんの腕にしがみつく。姉さんは面倒臭そうに顔を上げると、俺が指差す方角を見た。そしてすぐ、携帯へと視線を戻してしまった。
「ちょっと!姉さん!」
「分かった分かった。もう少しでクリア出来るから待ってろ」
待ってろって言われても、腕は待ってくれない。指の関節をワキワキと動かしながらも、腕はゆっくりと俺の方へ近付いてくる。
「うわっ…!」
俺は思わず姉さんに抱き付いた。その瞬間、「よっしゃあ、クリア!」と嬉しそうに叫ぶ姉さんの声がした。どうやらゲームクリアしたらしい。
もう腕は俺の足元まで来ている。今にも足首を掴んできそうだ。怖くて怖くて、姉さんの腰に回した手に力が入る。姉さんは俺の頭をポンと軽く叩くと、右足を振り上げ、あろうことか腕を思い切り踏みつけた。
「っ……」
腕はジタバタともがいていた。指を折り曲げたり伸ばしたり、手首を動かして何とか逃げようとしていたみたいだが、それを許す姉さんではない。
「痛いか?痛いだろ?痛いよな?ざまぁみろ。弟に手ェ出すとこうなるんだよ。っふふふ……ふふ、ふふふふっ。ふふふっ。アハハハハハ……!」
グリグリと。まるで煙草を踏みつけるかのように、姉さんは力を入れて腕を踏み潰す。姉さんの目は大きく見開かれ、白目がなくなってしまうんじゃないかと思うほど黒目が大きくなっていた。大声を上げて高笑いしたいところを必死で堪えているのか、唇の端がピクピク痙攣している。
……正直、その時はもう腕より姉さんの方が怖かった。
腕は暫く抵抗していたが、やがて力尽きたように動かなくなり、最後には煙のように消えてしまった。
作者まめのすけ。