俺には4つ年上の姉がいる。外見は深窓の令嬢という言葉に相応しく、儚げな日本美人なのだが、中身は裏腹でオラオラなSっ気満載な姉さんだ。
この間、人生初の彼女が出来たので家に呼んだんだが、玄関先で学校帰りの姉さんにバッタリ会った。いい機会だと思ったので、彼女を紹介しようとしたんだが……姉さんは薄ら笑いを浮かべると、こう言った。
「その雌犬、飼うのか?」
彼女はそれを聞いた途端、兎のように飛び上がり、家を飛び出した。後を追いかけようとする俺の後ろ頭を掴み、姉さんは猫撫で声で言う。
「言っておくけど……うちはペット厳禁だからな」
彼女とはあれ以来会っていない。完全にフラれてしまったようだ。まあ、当たり前といえば当たり前なんだが。
閑話休題。そんなこんなで、少々行き過ぎたブラコン姉さんとは、今でこそ仲良く(?)しているが、小さい頃はそれほど仲睦まじくはなかった。
それというのも、俺と姉さんは生粋の姉弟ではないからだ。大っぴらに言えないが、俺と姉さんとでは、それぞれ両親が違う。法律的には間違いなく姉弟だが、血の繋がりはないのだ。
俺がまだ小学生だった頃は、姉さんとロクに口を聞かなかった。仲が悪かったとかいうわけではなく、仲が良くなるキッカケがなかったと行った方が正しいかもしれない。
常に無口でクールな物腰の姉さんは、他人と深く関わろうとはしなかった。学校から帰ってくればすぐ自室に籠もり、夕食にすら顔を出さない日もあったくらいである。
だが、突然変化の兆しは訪れた。俺が小学5年生だった頃、夜になって急に姉さんが俺の部屋に入ってきた。しかも、これからベッドに入って寝ようかという時間帯に、である。
「ねえ、怖い話してあげようか」
この頃から姉さんは突拍子のないことを急に言い出すようになっていた。何で怖い話なんか聞かなきゃならないんだよ、もうねみーよとも思ったが、珍しく姉さんからお声が掛かったことが嬉しく、了承してしまった。
姉さんは俺のベットに上がると、きちんと正座した。俺はベットの端に腰掛けて、話を聞く体勢になった。
「それじゃあ話すよ。あのね、今から2年くらい前に起きた話なんだけど……」
2年くらい前の話。姉さんが通っている中学校では「イジメ」があったらしい。一端にイジメと言っても生徒同士のイザコザではない。数人の生徒による教師イジメだという。
イジメに遭っていたのは、新任の若い女性教師だった。彼女は教師という立場の人間であるにも関わらず、大人しくて気が弱い性格だった。それをいいことに、数人の男子生徒が彼女をよくからかっていたという。
黒板に卑猥な言葉を書いて中傷したり、トイレに入った所を外から閉じ込めて出られなくしたり……挙げ句、数人がかりで彼女をレイプし、「大事にしたくなかったら黙っていろ」と殴る蹴るなどの暴行を働いた。
肉体的にも精神的にもボロボロだった彼女は、やがて自殺未遂を起こした。アパートのバスルームで手首を切り、失血死を目論んでいたらしいが、警察が駆け付けるまでずっと嗤っていたらしい。
「…あまりにも大きな声で嗤い続けていたから、他の住人から苦情が出てね。大家さんが文句を言いに部屋に行ったら、バスルームの中で嗤ってたんだって。へらへらへらへら……まるで狂ったかのように。
バスルームの中は血の海だったんだけど、どうにか生きてたみたい」
そこまで話すと、姉さんはガクリとうなだれた。肩を震わせ、「ヒィッ、ヒィッ、ヒィッ、ヒィッ」と喉が引きつったような、変な嗤い声を上げている。嗤う度に、頭がガクガクと動いて薄気味悪い。演出にしては些かやり過ぎだ。
「……その先生はどうなったの?」
姉さんの嗤い声を聞いているのが億劫になり、俺は無理矢理話を促した。姉さんはピタリと嗤うのを止めると、長い髪の毛の隙間から目だけを動かし、
「い ま も わ ら い つ づ け て い る ん だ よ」
その声は、明らかに姉さんの声とは違っていた。
作者まめのすけ。