俺には4つ年上の姉がいる。艶やかな黒髪、色白の肌、すらりとした長身の日本美人的要素を持つ姉といえば聞こえはいいかもしれないが、そんな外観にそぐわず、中身はサバサバしていて男前だ。
そういえば、こんなエピソードがある。ついこの間、クラスの女子友達とメールしていたら、姉さんに携帯の画面を後ろから覗かれた。
「朝美って誰?」
文面を覗き見どころか盗み見したであろう姉さんに尋ねられ、友達だと答えると、姉さんは俺の手からサッと携帯を取り上げ、ベキリと折った。真っ二つに折った。
「ガラケーなんて時代遅れだよ。iPhoneかスマホに変えな」
茫然自失となっている俺に、姉さんはそう言った。姉さんは俺が女の子と仲良くなることが気に入らないのか、こうした嫌がらせをしょっちゅうしてくる。このことがキッカケで、今度はへし折られないようにとスマホにした。姉さんのことだから、へし折れない分、水没させようとするかもしれないから要注意だ。
これだけ話すと、とんでもなく性格がブッ飛んだ姉だと思われるかもしれないが。実は姉さんにはある特殊な力がある。
姉さんには「見える」のである。
この世ならざるモノが。
アヤカシが。
怪異が。
更に付け加えると、「見える」だけではなく、簡単な御祓いなら可能らしい。かくいう俺も、今までに何度か妙な体験をしているが、その都度姉さんに助けて貰っていたりする。
今から語るのも、そんな奇妙な体験談ある。ちょっとした暇潰しと思って聞いてほしい。
ある日のことだ。その日は両親が残業で遅くなるとのことで、家には俺と姉さんしかいなかった。姉さんが作った「奇妙な味のする夕食」を食べた後、俺はリビングでテレビを見ていた。
何気なく後ろを見る。リビングの扉が少し開いていた。物臭な俺は、ドアをきっちり閉めないという悪癖があった。トイレのドアとかも毎回開けっ放しにしておくので、母親から再三注意されているが、直らない。その時も「嗚呼、開いてるなぁ」とは分かっていたが、面倒臭くてそのままにしていた。
やがて、番組も終わり、そろそろ風呂にでも入ろうかと立ち上がる。その時、ふと視線を感じ、ハッと振り返った。
「んん?」
リビングの扉の隙間から誰かが覗いているのだ。姉さんかと思い、声を掛けたが返事はない。近寄って確かると、長い髪の毛を垂らした女が顔を半分だけ出してこちらを見つめていた。
女は俺と目が合うと、歯茎を見せてニヤリと笑った。異様に小さい黒目が上下左右あちこち動く。扉に掛けた手は骨張り、血管が浮き出ている。
ーーーこの人は、生きた人間じゃない。
そう分かった瞬間、俺は恐怖で大声を上げて叫んだ。
「ぎっ、ぎゃあああああああああああああああ!!」
その数秒後、姉さんが警棒を持ってリビングに駆け込み、俺の胸倉をむんずと掴んだ。
「何だ!どうした!とにかく落ち着け!」
「ね、姉さん……。警棒なんて、どこで手に入れたの」
「あー、これ?護身用にネットで買ったんだ」
「……」
何と恐ろしい。今やネットで何でも買える世の中とはいえ、警棒も買えるのか。鬼に金棒、姉さんに警棒。ともかく、予想外な姉さんの登場に幾らか落ち着いた。落ち着いたところで姉さんに今の出来事を話すと、
「そりゃ”おとないさん”だね」
「おとないさん?」
「無縁仏のことだよ。誰からも供養をされていないから、成仏出来ずにさまよっているんだ。おとないさんは隙間を好む。扉や襖が開けっ放しにされていると、人恋しくて覗いてしまう。覗くだけで基本的に悪さはしないけどな。隙間を作るということは、心に隙が出来てしまうのと同じなんだ。今回はお前にとっていい戒めになっただろう」
それからというもの、俺は徹底的に開けた扉は閉めるよう心掛けている。隙間を作ることは心に隙が出来てしまうことと同じ。幸い、あれからおとないさんに遭遇したことはないが、あなたも気を付けてほしい。
あなたが今いる部屋の扉は、きちんと閉められているだろうか。
作者まめのすけ。