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謂われ。【姉さんシリーズ】

中編5
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謂われ。【姉さんシリーズ】

俺には4つ年上の姉がいる。周囲からは深窓の令嬢と呼ばれ、俺からは「ブラコン姉貴」と称されている。

俺の携帯をチェックするような、一種イタい姉なのだが、実は只者ではない。

姉さんには「見える」のだ。この世ならざるモノが。アヤカシが。怪異が。世界の裏側に隠れ住む闇の住人達が。

かくいう俺も、色々と妙な体験をしている。それらの全ての怪異譚を纏めれば、一冊の本が書き上げられるくらい。

その中でも「これはかなりヤバイかった」と切実に感じたエピソードがあるのだが、今回はそれを語らせて貰おうと思う。

そもそもの始まりは、同じクラスの岩下から相談事を受けたことが始まりだった。

「なあ、これ預かってくれないか」

放課後。帰り支度や部活の準備でごった返している教室で、岩下が俺に声を掛けてきた。手には新聞紙で包まれた大きな何かを抱えている。

「何だよ。焼き芋か?」

「なわけねぇだろ。人形だ人形。市松人形だ」

「市松人形ぉ?」

岩下は困ったように肩を竦めた。

「実はさ…。1週間前、親戚の人が亡くなったんだけど。遺品を整理してたら、この人形が出てきてさ。ほら、人形って魂が宿るとか言われてるじゃん。だからおいそれと捨てられなくてさ…」

「そりゃそうかもしれないが。捨てるのが忍びないなら、人形を供養してくれる寺に預ければいいんじゃないか」

「それがそうもいかねぇんだよ」

岩下は暫く言いにくそうに口を閉ざしていたが、やがてこんなことを言った。

その人形は何らかの謂われがあり、以前、人形供養の寺に奉納しようと思ったのだが、住職に「この人形は私の手に負えない」と断られてしまったそうだ。

あちこちのお寺に頼んだが、答えは一様に同じ。どのお寺にも引き取って貰えず、捨てるのも罰が当たりそうで怖い。そのため、今までずっと岩下の親戚が自宅で大切に保管していたらしい。

「でも、その人が亡くなって、人形の引き取り手がいなくて困ってたんだ。親戚中、気味悪がって人形を引き取りたくないって騒いでるし……。お前の姉貴、御祓いが出来るんだろ?この人形を預けるから、何とか供養して貰えないか」

「いや、そう言われても……」

確かに姉さんは簡単な御祓いなら出来るらしいが、水子供養とか人形供養みたいなのは専門外だった筈である。しかし、誰がうちの姉さんは御祓いが出来るとか言い触らしてんだろ。

俺が渋っているのを見てか、岩下が深々と頭を下げて言った。

「引き受けてくれたら、今度俺の秘蔵のエロ本見せてやるから!」

俺はアッサリ了承した。

岩下から預かったデカい包みを持って帰宅する。姉さんはまだ帰ってきておらず、両親も不在だった。

俺は自室に包みを持って行くと、ふとした好奇心から新聞紙を開いた。何重にも重ねられていた新聞紙を剥がしていくと、中から80センチ程の市松人形が姿を表した。

「へえ……」

肩まである長い黒髪。細い目。小さな鼻。おちょぼ口。赤い着物を着せられた、ありふれた感じの市松人形だった。抱き上げてあちこち観察するが、これと言っておかしな点はない。

ただ、岩下が最後に妙なことを言っていたのが気になるが。

ーーーこの人形にさ、何でもいいから食べ物与えてくれねいか。菓子でも余り物でも何でもいい。理由は知らないけど、そうするのが決まりらしい。

菓子か余り物、ねぇ。俺はキッチンから林檎を持ってくると、人形の傍に置いた。それからベットに寝転がり、姉さんが帰ってくるのを待った。

※※※※※

「う…、」

目を開ける。どうやら本格的に寝入ってしまったようだ。起き上がろうと手を付こうとするのだが、体が持ち上がらない。というより、指先1本動かせなければ声も出ない。

マジかよ。何で急に……。唯一動かせる眼球を動かし、周囲に視線を走らせる。するとベットの端に市松人形がちょこんと立っていた。

「あれっ…?」

人形、ベットの上になんて置いたっけ。確か勉強机に置いた記憶があるんだが……なんて考えていたら、人形がギチリ、ギチリと軋むような音を立てながら、俺の方へ歩いてきた。

「ひぃ……、」

人形はゆっくりと、俺の体の上によじ登ってきた。短い手足を突っ張って、よじよじと登ってくる。やがて人形は俺の腹に跨がると、ワイシャツのボタンを外し始めた。

プチン、プチン、プチン……

ボタンが1つずつ外されていく。何だ、何がしたいんだよお前は。俺を犯す気か。貞操を奪う気か。

やがて全てのボタンを外すと、人形はぐっとワイシャツを解禁させた。俺は何の抵抗も出来ず、固唾を飲んで事の次第を見守っていた。

人形の無機質な目がジッと見つめてくる。物言わぬ人形は歯のない口をあんぐり開いた。奥行きのあるそれは、真っ暗で奈落の底を連想させる。次の瞬間、人形はグワァッと息を吸い込みながら、顔を寄せてきた。

「っ、たすけーーー」

「おい」

低い声が、聞こえた。空耳かと思ったが違う。一体いつからいたのか、姉さんが部屋のドアに寄りかかるようにして腕組みしていた。その途端、金縛りは解け、俺はベットから転がり落ちるように降りると、這ったまま姉さんの元へ移動した。

「ね、ね、ね、姉さん。に、にんぎょ、が、に、人形が、人形が、う、動いて、服、ボタン外されて、お、お、犯されそ、なった……!」

恐怖で呂律が回らない俺を一瞥し、姉さんは首を振る。

「違うね。あいつはお前を犯そうとしたんじゃないよ」

「や、で、でも……!」

そろそろと振り返る。人形はベットに横たわり、ピクリとも動かなかった。姉さんは俺の脇をすり抜け、ベットの人形を抱き上げた。そして人形をグイと俺に突き出す。

「止めて!こえーよ!」

「匂い嗅いでみ」

「はあ?何で匂いなんか、」

「いいから」

姉さんに言われ、嫌々ながらそっと人形の匂いを嗅ぐ。すると不思議なことに、仄かに甘い果実の匂いがした。よく見ると、人形の口元には透明な汁が付いている。

これは……林檎だ。林檎の匂いだ。だとすると、人形の口元に付いている汁は、林檎の果汁だろうか。そういえば人形に供えておいた林檎がなくなっていた。

「ど、どういうこと?」

震える声で尋ねると、姉さんは唇の端を吊り上げて笑った。

「この人形、お前を喰おうとしてたんだよ」

後日、岩下から人形に纏わる謂われを聞いた。俺に人形を預けて直ぐ、岩下は祖母の家に電話して、あの市松人形について詳しく聞いたらしい。

「あの人形な、”餓え人形”って呼ばれてるらしい……」

人形が飢えているなんて話は世迷い事のように思えるが。第一、人形には人間のような消化器官はないわけで、食べたり飲んだりすることなど出来ない。だが、ある時、余り物を人形に供えたところ、翌日には消えているといった現象が起きたそうだ。気のせいかと思い、また余り物を供えておいたのだが、やはり翌日になると消えている。そんなことが暫く続いた。

それ以来、この人形は”餓え人形”と呼ばれるようになり、供え物を怠ると怒って人を喰らうのではないかと恐れられた。それからは毎日欠かさずに供え物をしたという話だ。

そう話し終えた後、岩下がボソリと言った。

「…お前が喰われなくてホントに良かったよ」

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姉さんが話しかけなかったら、弟さんは食べられてたでしょう…考えると恐ろしいですわww

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*chocolate様。コメントありがとうございます。

以前、うちにも市松人形はありましたが、あれは怖いですよね。人に似ているのだけれど、人に非ず。人を模しているのだけれど、生きるに非ず。そんな市松人形の話について書いてみました。

出来るだけ色んなジャンルに手を付けていこうと思います。これからも宜しくお願い致します。

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日本人形って何も憑いていなくても少し不気味ですよね。

この手のお話は昔話や都市伝説的なものが多いですが、弟さんとお姉さんによって現代風にリメイクされた感じがします。
「食べられた」のではなく、「食べられそうになった」と言うのが逆にリアルで面白かったです(*/ェ\*)

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たらちねの様。コメントありがとうございます。

温かいお言葉、骨身の髄にまで染み入ります。
このシリーズを始めてから、たくさんのコメントを頂くようになり、とても嬉しく思います。

冒頭の部分がなかなか思い浮かばず、悩みながら書いております。思い付くと早いもので、スラスラ書けるんですか……。

これからも宜しくお願い致します。

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このシリーズは毎度書き出しから期待してしまいます。

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killa様。コメントありがとうございます。

市松人形の怪異譚は色々なものがあり、有名なものでは、お菊人形が有名ですね。

作品中の飢え人形ですが、恐らく林檎1個では物足りず、手身近にいた弟君を食べようとしていたのだと思われます。

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端美豆様。コメントありがとうございます。

ぶっ続けで3作思いつきましたので、覚えている内にと思い、投稿させて頂きました。

弟君はヘタレ街道まっしぐらですね(笑)。これから更にヘタレ度は増していきそうです。

おばあ様の市松人形、どこに行ったのでしょう……。不思議な話ですね。ある筈の物がなくなるというのは、どことなく不気味です。旅にでも出たのだろうか。

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飢え人形、実在していたら恐ろしいですね。
弟はなぜお供え物を怠った訳ではないのに食べられそうになったのでしょうね。

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3作投稿お疲れ様でした☆(≧∀≦*)ノ
最近はネェさんも好きだけど弟君のヘタレ度も気になっていて投稿を心待ちにしていました(^ω^)

出来ればその先が読みたかったです

でも…
弟君のヘタレ具合がますます楽しみですね♪

それはそうと市松人形は何も無くても怖いですね
うちは祖母が持っていましたが、いつの間にか所在不明に…
誰に聞いても分からないそうです…

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来道様。コメントありがとうございます。

何だかんだ、姉さんに御祓いして貰ったのだと思います。お寺に持って行ったとしても、引き取って貰えないようですので。

姉さん流の方法で、上手いこと御祓いをしたのだとお考え下さい。

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その後、人形はどうしたの。
祓えたの。
返したの?

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