姑獲鳥。【姉さんシリーズ】

中編5
  • 表示切替
  • 使い方

姑獲鳥。【姉さんシリーズ】

俺には4つ年上の姉がいる。最近、ロングヘアーをバッサリ切り、ショートヘアにした姉さんは、イメチェンついでに伊達眼鏡を掛け始めた。黒いフレームの細長いレンズが嵌め込まれているタイプで、姉さんが掛けるとエロい社長秘書みたいに見える……。

「男ってさぁ。女がたまに眼鏡を掛けると、してない時とのギャップにグッとくるんだろ?眼鏡なんて初めて掛けたけど、似合うかな?似合うよな?似合わないなんて抜かしたら、目潰しするからな」

ジロリとフレームの内側から眼光鋭く睨まれ、俺はぎこちなく笑いながら「似合う似合う。眼鏡美人って言葉は、姉さんのためにある言葉だよ。いやぁ、惚れるね。惚れ直すね。眼鏡掛けていない時の姉さんも素敵だけど、している時の姉さんも素敵。知的な感じがして、もう最高!」……などと、歯が浮くような台詞を言った。いや、言わされたというべきか。

かなり顔を引きつらせながら言ったので、文句を言われるかなぁと憂いていたのだが。或いは目潰しされるかと心底怯えていたのだが。姉さんはパアッと満開の笑顔を浮かべると、「そうか!?やっぱりそう思う!?ありがとうー」と言いながら、俺の頭をいい子いい子と撫で撫でしてくれた。意外と単純なところがある姉さんである。

そんな姉さんは来年大学受験を控えているため、土日ともなると、近場の大学のオープンキャンパスに足繁く通っている。どうも、家から通える範囲内の大学に通うつもりでいるらしい。

因みに。姉さんがオープンキャンパスに行く時は何故か俺も行くよう命じられる。土日くらい、家でゴロゴロしていたいとも思うのだが、姉さんがロングヘアーをバッサリ切ったのは俺のせいであり、他にも色々と莫大な恩を受けてしまったので、当面は姉さんの言うことに逆らえないのだった。

先週の日曜日のこと。最早、土日の日課となりつつあるオープンキャンパスに出掛けると言うので、俺達はバスを乗り継ぎ、目当ての大学へ向かった。大学内をあらかた散策し、学食で少し休憩し、サークル活動なんかも見学して。そろそろ帰ろうかという時になり、姉さんは言った。

「ちょっとトイレ。すぐ戻って来るから。ステイ!」

……ステイって。それ、飼い犬に言う台詞じゃねぇかよとも思ったが、姉さんにそんなこと言えまい。女子トイレの前でステイしているのは流石に気が引けたので、少し離れた場所に立っていると。

「あのう……すみません」

声を掛けられ、振り向く。若い女の人が赤ちゃんを抱いて立っていた。

「少しの間でいいので、この子を抱いていて貰えませんか」

嗚呼、もしかしてトイレに行きたいのかな。でも俺、赤ちゃんなんて抱っこしたことなんてないし、大体、ちゃんとした抱き方だって知らないのに、そんなことをお願いされても……。

「お願いします。すぐですから」

「あ…、ちょっと!」

女の人は半ば強引に俺に赤ちゃんを押し付け、トイレに駆け込んでいく。彼女は非常に短く、ひらひらとした薄い生地のスカートを履いていたので、つい赤ちゃんをそっちのけで、揺れ動くスカートの裾に思わず目を向けてしまったのだがーーー

「……ん!?」

ふわりとしたスカートだなぁとは思っていたが、あれはスカートというより、只の布切れを腰に巻き付けたような……。今時のスカートって、そういうデザインが流行ってるんだろうか。

おまけに、所々スカートに赤い染みが付いていた気がする。模様か何かだと思えばそう見えなくもないのだが、それにしても風変わりな……。

俺が女性の下半身について詳しく描写をしていると、腕の中の赤ちゃんがグズグズ言い出した。やっぱりママじゃないってことが分かるのだろうか。

でも、泣かれても困るんだって。むしろ泣きたいのは俺の方だよ。

「あー、よぉし、よぉし。いー子でちゅねー。いー子でちゅから泣かない泣かない。ほーら、べろべろばー」

赤ちゃんは泣いた。火が付いたように泣き出した。俺も泣きたかったが、泣くわけにもいかず、必死にあやし続けていたのだがーーー赤ちゃんの体が、何というかだんだんと重みを増してきたような気がしたのだ。

初めはただの気のせいかと思ったが、違う。腕に掛かる体重はズシンと重みを増し、まるで大きな岩を抱いているような気分である。

「ぐっ…、重い重い!腕が折れる……ッ」

立っているのも苦痛になり、ガクリと膝をつく。赤ちゃんは相変わらず泣いていた。何なんだよ、この子!?何で急に重たくなったんだ?あまりの重みに息をするのもやっとで、歯を食い縛りながらひたすら耐えた。と、そこにトイレを済ませたであろう姉さんが出てきた。

「何してんだ、鴎介。何だ、そのガキ」

「…ッ、ねえさ…、ん。こ、この赤ちゃんが……」

「お前の隠し子?」

「違うよ!!預かってるだけだってば!!」

俺はゼィゼィと荒い呼吸を繰り返しながら、姉さんにこれまでの経緯を話した。話を聞き終わると、姉さんは黙って両手を差し出してきた。赤ちゃんを渡せということなんだろうか。

「その女は人間じゃないよ。姑獲物(ウブメ)だね」

赤ちゃんを受け取った姉さんは、軽々と抱っこしていた。すげぇ。姉さんは華奢で細い体つきな割には怪力の持ち主らしい。

「お前が見た女は赤い腰巻きをしていたんだろう?だったら間違いない。そいつは姑獲鳥だ。へえ、姑獲鳥なんて珍しいな。滅多にお目に掛かれる怪異じゃねーんだぜ。ラッキーだな、お前」

「………」

何がラッキーだよ。希少価値のある怪異を見たところで、別に嬉しくも何ともねぇよ。俺は痛む腕をさすりながら、姉さんの腕の中にいる赤ちゃんを見つめた。赤ちゃんは姉さんの手に渡った途端、すぐに泣き止み、キャッキャッと笑い声さえ上げている。俺の時とは大違いだ。

姉さんは赤ちゃんを軽く揺すり上げながら続ける。

「姑獲鳥とは、難産の末に亡くなったり、死産した子どもを想う母親の情念が妖怪化したモノだ。赤い腰巻きを身に付け、出会う人に”子どもを抱け”と命じる。赤ん坊を受け取ると、どんどん重たくなっていくが、最後まで抱いてやると成仏して消えていく。反対に赤ん坊を抱くのを断ると、祟りを招くと言われているんだ」

「ふうん…。それはそれとして、何で大学に姑獲鳥がいるの?」

姉さんはクスリと微笑んだ。

「そりゃあ、お前の匂いを嗅ぎ付けたからじゃないか?お前は怪異を呼び寄せやすいというか、引き寄せやすいというかーーー怪異に好まれる体質なんだよ。それに姑獲鳥は鼻が利くしな」

その台詞を言い終えるか終わらないかの内に、姉さんの抱いていた赤ちゃんはスッと消えた。どうやら成仏したらしい。

へたり込んだまま、「はあ…」と溜め息をついていると。姉さんもまたしゃがみ込んで、俺の肩をポンと叩いた。ニコニコしながら姉さんは言う。

「私、ガキは嫌いなんだけどさ。鴎介とのガキなら生んでもいいかなぁって思うんだよ」

……あまりの爆弾発言に、俺は後ろにひっくり返った。

Normal
コメント怖い
12
28
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

来道様。コメントありがとうございます。

京極夏彦さんの作品……私、まだ一作も読んでおりません(泣)。読みたいなあと思いつつ、つい好きな作者様の小説を買ってしまったり(笑)。

芥川龍之介さんの作品も好きです。「人間失格」は、日本人に生まれて良かったと思いつつ、読み終えました。

夜伽……書いちゃいましょうか(笑)。

返信

京極夏彦の本を読み返したくなりました。

いよいよ!

いよいよきますか姉さんシリーズ夜伽編(;´Д`A

返信

*chocolate様。コメントありがとうございます。

御影さん、とうとうツンデレと化してきました(笑)。単純というか、要は鴎介君に褒められることが何よりの至福なのでしょう。

姑獲鳥は母親の情念が妖怪化したものです。死産した我が子を愛しく思う余り、自らを妖怪と化してしまった哀れな女の末路なのです。

昔は赤ん坊を生んで直ぐ亡くなってしまった母親が姑獲鳥とならないよう、墓に埋葬する時は、子どもの形を模した人形を傍らに置いたみたいですね。

返信

欲求不満様。コメントありがとうございます。

大きな爆弾を投下してしまいました(笑)。現実にならないことを祈るばかりです。

姑獲鳥といえば、京極夏彦さんの「姑獲鳥の夏」が有名ですよね。とはいえ、私はあの名作を読んだことはないのですが。

姑獲鳥はあまり有名な妖怪ではないので、知らない方も多いと思われます。ただ、私は姑獲鳥が好きで、いつかネタにしてみたいと考えておりました(笑)。
山形県に伝わる妖怪らしいです。名前も元々は「産女」と書いて”うぶめ”と読むのだとか。

返信

死ん様。コメントありがとうございます。

女性の1番の幸せとは、やはり「我が子」を生むことですね。女性として生まれた以上、1度は体験してみたい。

母親は強い!友人にも母親となった子がいますが、強いです。守るべきものが出来ると、女性は変わるんですね。

返信

鴎介さんは本当によく怪異に見舞われますねw御影さんがいなかったら今頃大変な事になっていそうです。

姑獲鳥は自分、初めて知りました。

赤子を抱かなければ祟りがある、と言う言葉から母親の情念の深さがよく分かります。

御影さんが大変可愛らしく変貌してきていますねw褒められて素直に喜ぶ所や、最後のデレ発言等、キュンキュンさせられております(ノw`*)w

返信

大きな大きな爆弾でした(笑)

姑獲鳥ってはじめて聞きました。変換もすんなり出てくるし、知らないのは私だけ?

返信

女の人は好きな男の子供を産むことが最高の幸せだわな

返信

桜井櫻子様。コメントありがとうございます。

どうなんでしょう。義理の姉弟って結婚できるんですかね?血は繋がっていないので、まあ、子どもは普通に出来るとは思いますが。

何だか、姉さんがどんどんヤバイ性格になりつつあり、制御が利きません(笑)。その内、婚姻届とか持ってきそうですね(笑)。

返信

小魂様。コメントありがとうございます。

姉さん、直球ドストレートですね(笑)。国見比呂君の投げる球の如しです。

この人、多分、恋愛における駆け引きが非常に下手なんじゃないですかね(笑)。可愛らしく相手の気を引こうとするのではなく、言いたいことはハッキリ言うタイプですね。

返信

あれだけ子供を作らないと宣言した姉さんの問題発言!(笑)
でも、養子組んだ義理の兄弟で結婚とかできるのかな?

今後の展開に期待大です!

返信

姉さんwwどストレートですねw

返信