俺には4つ年上の姉がいる。11月3日生まれの蠍座でA型。趣味はスイーツ作りとコスプレ。それに弟に対するセクシャルハラスメント。
最近、やたらと露出度の高い格好で誘惑してくるから、ほとほと困っている。1週間前なんか裸エプロンになろうとしていたし。今日だって肌寒い気候であるはずなのに、キャミソールにホットパンツという格好で家の中をうろついている。
その上、俺と顔を見合わせる度、耳朶を甘噛みしてくる(爆)。擦れ違い様とか通り掛かりとかに「カミカミカミ」みたいな。お陰で俺の耳は姉さんの唾液でグッショリだ。中耳炎になってしまうかもしれない。
……姉と弟のいかがわしく濃密な日常を暴露してしまっ自分で言っておいて何だが忘れてくれ。これは失言だった。人様にバラすようなことではなかった。
では本題へと参ろう。さっさと参ろう。この俺ーーー玖埜霧鴎介(クノギリ オウスケ)の一人百物語と洒落込もう。
その日は両親が2人共出張で、姉さんと2人だけで一夜を過ごすことになった。両親共に生粋の仕事人間であるため、仕事で何日か帰ってこない日は度々あるのだ。
親が恋しい年頃ではなく、むしろ親を煩わしいと思う年頃である俺は、別に両親が不在でも全然構わないのだが。1つだけ困ったことを上げると、「食事」だ。
俺は料理の伊呂波など知らないチュウボウなため、必然的に姉さんに頼るしかないのだが……姉さんも姉さんで、料理の腕が芳しいとは言えない。なので、インスタント食品や外食でもいいのだが、そんなことを姉さんに言ったら「私の作る飯が食えないのか」と半殺しにされそうなので、言わない。言えるもんかね。
で、夕食時。姉さん手作りの奇妙な味のするコロッケを箸で突つきつつ。俺は真向かいに腰掛ける「のっぺらぼう」をなるべく視界に入れないよう、咀嚼に集中していた。
小泉八雲という有名な作家が書いた怪異譚に「狢」という話がある。目も鼻も口もない、つるんとした顔立ちの化物ーーーそれがのっぺらぼうだ。まあ、この怪異譚では、実際にのっぺらぼうがいたわけではなく、狢と呼ばれる狸だかの動物が化けていましたというオチなんだが……俺の向かいの席ーーー本来ならば父さんが座る席なのだけれど、そこに俯き加減でのっぺらぼうが座っている。
伝承通り、目も鼻も口もない。頭髪もない。なのに着ている服装はスーツで、おまけに足元は革靴である。怖いような、少し間抜けなような……そんなどっちつかずの怪異が俺の真向かいに腰掛けている。
「コイツ、いつまでここにいるの?」
隣で味噌汁を啜る姉さんに声を掛けると、彼女は剣呑な眼差しで俺を睨んだ。
「何言ってんの。お前が連れて帰ってきちまったんじゃねーか。お前が莫迦な友人と莫迦な遊びをするからいけない。少しは反省しろ」
「…………」
そう言われては身も蓋もない。実は今日の放課後、クラスメートの岩下達と、ちょっとしたゲームをしたのだ。
それは所謂「降霊術」というやつで、道具や儀式めいたことは一切必要ない。ただ、このゲームは4人いないと成立しないゲームなので、人数合わせとして俺も誘われたのだった。
4人で出来る降霊術といえば、「スクエア」と呼ばれるゲームが有名だが、今回俺達が手を出したゲームはスクエアではない。ゲームの詳細は敢えて伏せるが、まさか本当に幽霊(というより、のっぺらぼう)を呼び出してしまうとは思わなかった。
そしてこののっぺらぼうは、それからずっと俺についてきてしまっているのだ。今だってこうして家の中まで入ってきてしまっているし、さっきなんか風呂にもついてきた。更に言うとトイレまでついてきた。ある意味、物凄く怖い。
「ね、姉さん……。お願いだからコイツを何とかしてよ。このままずっとついてこられても困るし……」
「ふん。素人が調子に乗って降霊術なんかやるからだ。生半可な気持ちで呼び出すからいけない。少しは反省しろ。いや、大いに反省しとけ」
「ごめんなさーい!もうしませんから!何でもしますから!だからどうか助けて下さーい!!」
俺は椅子から飛び降り、床に平伏した。土下座である。自分で言うのも何だか、実に安っぽい土下座だった。
「…ふうん。何でもするんだな。よし分かった。それなら助けてやろう」
姉さんはニヤリと笑うと、のっぺらぼうを真正面から見た。
「お前、鴎介が好きか?」
のっぺらぼうはコクンと頷く。好きだと言ってくれるのは嬉しいが、のっぺらぼうに好かれるというのはどうも……素直に喜べない。
「そうか。鴎介のこと、好いてくれてありがとう。でもなぁ、この子は私のモノなんだよ。頭の先から足の先までーーー脊髄から神経、髪の毛一筋に致るまで、私の所有物なんだ。ついでに命もな」
ビクン、と。のっぺらぼうは戦慄したように体を震わせた。姉さんの言葉に圧倒されたのだろうか。姉さんの一言に、怪異が本気でビビっていた。
「分かるか?だから悪いけれど、お前にこの子を渡すつもりはないんだよ。お前もそろそろお家に帰りな。もう遅いしな」
のっぺらぼうは震えながらコクコクと頷くと、スッと消えてしまった。怪異の癖に、意外とビビリな奴だったようだ。
「あ、ありがとう……」
床に伏したまま、顔だけ上げて。俺は姉さんに感謝の意を伝える。すると姉さんは黙ったまま、ポケットから赤ちゃんが咥えるおしゃぶりを差し出してきた。
「何でもするって言ったよね?」
この日、1番の笑顔で姉さんはそう言った。
作者まめのすけ。