1人間には形が大切だ。
恋も自分の形にはまる人間を選ぶ。
人付き合いだって自分の形にはまらないものは排除する。
仕事も適職にはまるかはまらないかは重要だ。
前置きが長くなったがこれはある形を失った女性の物語。
ありきたりなつまらない人間達の話だ。
2
私は自分が嫌いだった。
母は口癖のようにいっていた。
あなたさえいなければと。
私が周囲の関係をおかしくした。
いや、したくてしていたわけじゃない。
母と父との関係もそうだ。
父は異常者だった。
母と父の口喧嘩はいつだって噛み合わない。
父は前科のある人間で近所では有名だった。
父は私と母に暴力をふるった。
一日に何度も。
私は次第に無口になっていった。
そして、事件がおきた。
父が私を押し倒しレイプしようとしたのだ。
私は必死だった。
私は近くにあったナイフで何度も父を刺した。
父は死んだ。
私は社会では許されない人間となった。
私は当然数年間しかるべき対応をうけた。
3
私が出てきたのは高校二年の時だ。
私は近所の高校に入学した。
そこで私は無視という無言の拷問にあった。
私のせいで周囲を歪ませている。
私はいないも同然の扱いを受けながらも学校に通い続けた。
母に迷惑をかけたくなかった。
私は高校卒業後近所の保険会社に入社した。
まわりは私を一人の人間として見ることはなかった。
親殺しと陰口を叩かれた。
厄介な仕事ばかりまわされた。
形の合わないものは淘汰される。
まわりが私を退職させようとしているのは明らかだった。
私はその頃から夜眠れなくなり睡眠不足に陥った。
そんな日が何ヵ月も続き耐えられなくなった私は、病院に通うようになった。
次第にしねしねとどこにいても聞こえてくるようになった。
気づいたら私はいつかと同じようにナイフをてにしていた。
手首をナイフで切りつけた。
血が溢れてくる。
私はそれを美しいと感じた。
この時だけ私は解放された。
そんな気がした。
4そんなある日私にある出逢いが訪れる。
名前は佐藤芳郎。
年齢は21。
建設の仕事をしていた。
私はひとめでこの人なら私を受け入れてくれる気がした。
私たちは何度かあううちに意気投合し関係をふかめていった。
私がいつものように手首をナイフで切りつけている時、彼は私を怒鳴りつけこういった。
「君は自分がなにをしているかわかっているのか?」
涙が溢れてくる。
はじめて私と真面目に向き合ってくれる人間に出逢えたのだと確信した。
私は彼に親殺しのことを話した。
彼は私を抱き締めて一言こういった。
「よく教えてくれたね。辛かったね」
私たちは交際をはじめた。
幸せな日々。
だが、同時に辛い日々でもあった。
いつこの幸せが壊れるか不安で仕方ない。
会社での立場は相変わらずだが前ほど苦にはならなくなっていった。
5そんなある日母が倒れた。
診断の結果末期のガンだと判明した。
余命半年。
突然のことに私はパニックになったが、母ははじめからわかっていたようにただ微笑むだけだった。
私と彼は母の看病をはじめた。
二人とも仕事が多忙でなかなか病院にいてあげられなかった。
母は日に日に痩せていき見ているのも辛い姿になっていった。
母は私になにも語らなかった。
彼についても自分自身についても。
仕事一筋で私を必死に育ててくれた母。
そんな母との別れの時。
母は最後まで微笑んでいるだけだった。
母が死んでから数日後異変がおきた。
誰もいない部屋からガタガタと誰かが歩く音が聞こえはじめた。
母の部屋からだった。
だが、部屋を開けようとすると音が止まる。
そんなことがしばらく続いたある日彼がとまりにきた。
酒を飲み大人な時間を過ごした後眠りについた。
そして、その日不思議な夢を見た。
母がなにかを書いている。
母の表情は真剣だ。
私は遠くからそれを見守っている。
すると母は急に血を吐き出し倒れてしまった。
そこまで夢が進み目をさました。
だが、異変にすぐに気がついた。
体が動かない。
焦りから動悸が激しくなる。
すると視界のすみに人がいるのに気づいた。
母だった。
異常に痩せ細り目には力がない。
母がベッドに近づいてくる。
不思議と怖いとは感じなかった。
母はこういった。
私の部屋へいけと。
6次の日部屋へいくと手紙が一枚残されていた。
手紙には僅かに血がついているが読むには問題ない。
手紙の内容はこうだ。
杏子へ。
あなたがこれを読んでいる頃には私はこの世にいないでしょう。
いつもいってきましたが私はあなたをうらんでいました。
と同時にあなたは恩人でもあります。
あなたがお父さんを殺した時救われた気がしました。
お父さんは間違いなくクズでしょう。
ですが、私にとってはじめて心から愛したのがあの人でした。
ですが、たびかさなる暴力に私は逃げたかったのも事実です。
私は離婚を決意しお父さんと何度も話し合いましたが、全く応じてくれません。
聞こえない筈の声が私を悩ましはじめていた頃事件がおきました。
私はあなたを心から可哀想におもいました。
私は長い呪縛から解き放たれた気分でした。
ですが、失ったあの人が何故か恋しいという矛盾した気分を同時に味わいました。
だから、あなたにどう接していいかわからなかった。
厳しくあたったのもそれが原因です。
あなたが学校、そして会社で辛い立場にあるのは容易に想像できました。
でも、あなたは私とあうときは顔色ひとつかえませんでした。
あなたは強い子でした。
あなたが心の底から羨ましかった。
ですが、私はあなたの弱い部分も知っています。
あなたはいつも自分の部屋で泣いていましたね。
だけど、あなたは変わりました。
彼と会ってからです。
あなたの笑顔がとても可愛らしかった。
彼はきっと貴方を大切にしてくれる。
そんな気がします。
結婚しなさい。
最後にあなたを心から愛しています。
やっと言えました。
お幸せにね。
母から親愛なる我が子へ。
7私は彼の胸へ顔を埋め泣きじゃくった。
その時彼が結婚しようと優しくいってくれた。
私は泣き顔でプロポーズを受けた。
8結婚式は地味なものになった。
ごくわずかな知人を集めての式。
そこに母がいた。
母は私に笑顔を送るとゆっくり消えていった。
最後に消える瞬間とても綺麗よと母の声が聞こえた気がした。
作者月夢改
今回も怖くない話です。
毎回怖くない話ばかりで申し訳ない。
ですが、この話を書いた後気分が軽くなりました。
こんな体験したことないんですけど。
不思議なことです。
暇潰しにでも読んでいただけると嬉しいです。