十二回目の投稿です。
僕はアルビノと呼ばれる先天的な病気です。
体毛が白金であり、肌が白く目は淡い赤色です。
それ以外は普通の人と何も変わりません。
アルビノだからという訳ではないと思いますが、物心つく頃から霊的なものを見ることや感じることができ、また簡単な除霊や霊的なものを落とすことができます。
まわりから変な目で見られ続けてきましたが、幼なじみの愛美と家がお寺の七海のお陰でさほど孤独な思いはしませんでした。
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あれは中学三年の9月頃のことだった。
窓の外は見慣れた景色が凄い速さで通り過ぎていき、徐々に新しい景色が流れてくる。期待に胸が高鳴り、僕は『京都』の案内マップを眺めていた。
そう、今日は待ちに待った修学旅行だ。そして僕の目の前では、白熱したカードゲームバトルが繰り広げられていた。
少し小太りで、やけにナルシストな『園山くん』と、剣道一筋で宮本武蔵の生まれ変わりと豪語し「~ござる」が口癖の『上村くん』が、新幹線が出発したと同時に座席を回転させ、僕の隣で熱いバトルをしていた。僕の目の前にはジャッジ役として、目が細く、角刈りで、『幽霊は僕の友達』と、よく分からないことを呟いている『香取くん』が座っている。
今回の修学旅行はこの三人と一緒の班になり、必然的に三人がハマっているカードゲームを新幹線の中で、ただひたすら見るはめになっていたのだ。
僕が呆然とバトルの様子を見ていると、トスンと僕の隣の座席に誰かが座った。
「龍くん、京都楽しみだね!」
七海は頬を赤く染めながら、僕の京都マップを覗いてきた。七海は今回の修学旅行を凄く楽しみにしていて、数ヶ月前からどこに行くか細かく調べていた。
「おっ!氷の女神の登場でござるな!」
その声と共に、三人が七海のことをじろじろと見てきた。七海は聞こえていないかのように無反応。七海はとても綺麗だが、学校ではクールというか無愛想で、特にクラスの男子には必要最低限の会話しかしない。上村くんが言った『氷の女神』という表現もしっくりくる。
「何やってるのぉ?」
七海の前の座席に海藤瑠璃が座った。海藤さんは今年の春に転校してきた、可愛くて占いが得意な不思議少女だ。
海藤さんが来ると、カードゲーム三人組は緊張のためか、全くしゃべらなくなった。園山くんに関しては、しきりに髪型を手で直している。
「へぇ、男子ってこういうの好きなんだぁ」
海藤さんはおもむろにカードを一枚掴み、じっくりと眺めていた。男子三人組はそんな海藤さんの横顔を眺めている。
「龍くん、また後でね!」
七海はそう言って立ち上がり、自分の座席へ戻ろうとした。
「ねぇ、待ってよ。大好きな龍悟くんのそばにいたいんじゃないの?もう少しここにいれば?」
海藤さんが七海の腕を掴んだ。七海は海藤さんを静かに睨みつける。一方、海藤さんはその状況を楽しむかのように微笑んでいた。
七海は海藤さんの手を振り払い、無言で戻っていった。海藤さんは持っていたカードを園山くんの胸ポケットに入れ、どこかにいってしまった。
この険悪ムードの二人だが、運命の悪戯で同じ班になってしまったのである。僕は二人の関係を心配しながら、カードゲームをひたすら見学したのであった。
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数時間後、『京都駅』に到着。新幹線を降りてから簡単にオリエンテーションを行い、それぞれタクシーに乗り込んだ。
僕たちの班は、金閣寺、清水寺、竜安寺、銀閣寺等、とにかくお寺を廻った。香取くんが取り憑かれた様に叫んだり、幽霊に睨まれたと言って泣き出したりと、心霊騒ぎもあったりして色々と恥ずかしい思いもしたが、楽しく廻ることができた。
夕方4時頃に旅館に到着した。クラス全員が揃ってから、部屋へ案内されることになっているので、旅館のお土産屋さんをうろうろしていた。
「龍くん!」
七海の声がして振り向くと、お土産がいっぱい詰まった袋を二つも両手にぶら下げていた。
「もうこんなに買ったの?最後の日はお土産屋さんに寄るんだよ?!」
「だって欲しかったんだもん!後でこれ食べよ!」
七海は袋から八ツ橋を取り出し、にっこり微笑んだ。少し大雑把なところが可愛く感じた。
そうこうしている内にクラス全員が揃い、担任の先生が部屋へ案内してくれた。
部屋へ入ると思ってた以上に綺麗なため、僕たち四人のテンションはぐんぐん上がっていった。四人で泊まるには丁度良い広さで、畳のいい匂いがした。先にお風呂に入り、食事を済ませ、部屋でそれぞれくつろいでいた。
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夜の8時になると消灯時間とのことで、担任の先生が電気を消すようにと部屋を廻っていた。
僕たちは先生が来る前から、布団を敷いて布団に潜り込み、電気を消して静かにしていた。
先生が僕たちの部屋を確認し、他のところへ行った途端に三人組はもぞもぞと動き出した。またカードで遊ぶんだろと思っていたが、
「それじゃあ、恒例の怖い話大会でもしますか!」
園山くんの手にはいつの間にか懐中電灯が握られており、自分の顔を照らしていた。
「そうでござるな」
「待ってました!」
上村くんと香取くんもかなりやる気である。そして何故か最初の話は僕がする事になった。
僕は、実際にあった話『夜中窓を叩く音で目が覚め、寝ている部屋は二階なのに変だなと思い部屋の窓のカーテンを開けると、窓に頭から血を流した女性がしがみついていた話』『夜中にトイレに起きて、トイレの電気のスイッチを押しても電気が点かないので変だなぁと思いながらトイレのドアを開けると、トイレの中で男性の霊が電球を口にくわえて立っていて、その場でくるくる回っていた話』をして、三人の怖がる反応を見て楽しんでいた。
僕の話が終わると香取くんが、
「もっと怖い話あるよ…。この部屋のドアの外にとんでもないものが立ってる」
そう言って部屋のドアの方を指差した。僕たちはとっさにドアの方に目をやった。
「ガチャ」
暗闇の中、ドアノブが回る音がした。
「キィィィィィィ」
ドアが少し開き、外から薄暗い光が部屋の中に漏れてくる。
「ヒィィヤァァァァァ」
僕たちは恐怖で悲鳴を上げてしまった。
「しーーー!静かにして!先生来ちゃう!」
部屋に入ってきたのは海藤さんだった。そして海藤さんの後に続き、海藤さんと同じ班の女子が二人、最後に七海が入ってきた。七海は僕の隣にちょこんと座った。
「き、急にどうしたでござるか!」
上村くんがパニック寸前になっている。他の二人もいつもと様子が違く、挙動不審になっていた。
「遊びに来ちゃった!迷惑だった?」
海藤さんは可愛く首を傾げた。
「と、とんでもない!俺たちで良ければいつでも相手するからね!」
園山くんは鼻の下を伸ばしながら海藤さんに近付いた。それを見て女子二人はクスクス笑っている。
「ありがと!そぉだ、今日お土産屋さんでいい物見つけたんだ!みんなの分あるからあげるね!」
そう言って海藤さんは、小さな石を7つ取り出した。七海は受け取るのを拒んだため、連れてきた女子二人と僕たち四人にその石を手渡した。
「これ、何の石?」
僕が尋ねると、海藤さんはにっこり微笑んだ。
「これね、幸運を呼ぶ石なの!持ってるだけで良いことが起きる不思議な石。みんなちゃんと持っててね!」
男子三人組と女子二人はそれを聞いて、すぐに自分のズボンのポケットに入れていた。僕は何だか嫌な予感がしたので、静かに布団の下に石を入れた。
「そぉいえば、男子四人で電気も点けずに何してたのぉ?」
「怖い話だよ。俺は霊感があるから色んな怖い目にあってるんだ!」
香取くんは自信満々な表情で、胸を張っていた。
「えぇぇ!こわぁい!でも聞きたぁい!」
海藤さんは甘えた声で香取くんにおねだりした。
香取くんは照れ臭そうに少し咳払いをした。
「じゃあ、聞いてくれ。俺が…」
「ちょっと待って!」
香取くんが怖い話をしようとしたが、海藤さんが急にそれを制止した。
「香取くんの話は最後の楽しみにとっておいて、先に瑠璃の怖い話を聞いてほしいなぁ」
完全に海藤さんに主導権を握られていた。七海はたぶん海藤さんを睨んでいるだろう。
「怖い話というか、怖いゲームね!」
海藤さんは淡々とその怖いゲームの説明をした。
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まず円になるように座り、隣の人と両手とも手を繋ぎ、目を瞑る。海藤さんの掛け声と共に、海藤さんから順に時計回りでゲームを行う。
【ゲームの手順】
1.目の前に大きな扉が現れるので、その扉を右手で開けて中に入り、左手で扉を閉める。
2.中に入るとすぐ右手に小さいテーブルがあり、そのテーブルの上にロウソクが置いてあるので右手で掴み、左手に持ち替える。
3.まっすぐ進むと左手に小さいテーブルがあり、その上に水が入ったガラスのコップが三つ並んでいるので、一番左のガラスのコップを持ち、中の水を飲みほして一番右に置く。
4.目の前に扉が現れるので、右手で開けて中に入り、左手で扉を閉める。
5.中に入ると真ん中に木が一本生えている。その木の下の土を掘ると箱があり、箱の中の水晶玉を取り出して、来た道を戻る。
6.最初の扉に水晶玉を掲げてから扉を開けると、元の世界に戻れる。
注意としては水晶を持って、来た道を戻る時は振り返ってはいけないとのこと。
説明が終わると海藤さんは満足げな表情をしていた。
「お、おもしろそうでござるな!」
「うん、怖いけどやってみたい!」
上村くんも香取くんも少し前のめりになり、興味津々な様子であった。女子二人もこのゲームをやるのに賛成のようだった。園山くんは怖いのか、しきりに髪型を直す振りをして俯いていた。
「じゃあ、まず円になって隣の人と手を繋いで!」
海藤さんがみんなに指示を出す。
「私はやらない」
七海はそう言うと僕の服をぎゅっと引っ張ってきた。
「僕もやめとく!」
僕と七海がやらないことに対して、男子三人組は不満げにぶーぶー文句を言ってきたが、
「無理してやることじゃないからね!それなら二人とも見てればいいよ!ねっ!」
海藤さんは男子三人組にウインクをした。海藤さんを含めた六人は円になり、手を繋いで準備が整った。
「それじゃあいくよ!」
六人から緊張感が伝わってくる。
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『そうぶんぜ』
海藤さんは掛け声の後に俯いた。何か不気味な雰囲気に部屋が包まれていく感じがした。
「龍くん…」
七海が僕の手を強く握ってくる。
「嫌な予感がする。海藤さんから何か感じない?」
「確かにゲームが始まった瞬間から何か空気が変わったような気がする」
僕と七海は静かに六人を見守ることにした。
部屋を静寂が包んだまま30分が経過していた。六人は相変わらず俯いたまま微動だにしない。
「そういえば、さっき海藤さんから何もらったの?」
七海は僕の顔を覗いてきた。
「あぁ、これね!」
僕は布団の下から海藤さんにもらった石を取り出した。
「龍くんこれって!」
石は僕の手の平で禍々しいオーラを放っていた。僕は思わずその石を部屋の端に投げた。
「このゲームを止めさせなくっちゃ!」
七海は六人に近付いた。
「バタン」
急に海藤さんが後ろに倒れてきた。両手は隣の二人と離れてしまっている。
「海藤さん!」
僕は海藤さんに近寄り、肩を叩きながら海藤さんの名前を呼んだ。しかし反応は無い。
「龍くんちょっと!」
七海の方を振り向くと、七海は女子二人の肩に手を置いていた。
「だめ!体が固まったみたいにまったく動かないの!」
僕は園山くんの肩を強く握り、体を揺すろうと両腕に力を入れるが、園山くんの体は石像になったかのようにビクともしなかった。
徐々に禍々しいオーラが部屋を埋め尽くしていくのが分かった。僕も七海もどうすることもできずに、二人して途方に暮れてしまった。
「う、うぅぅん」
海藤さんの体が少し動いた。僕と七海が海藤さんに近付くと、海藤さんは急に目を見開き、体を起こして僕の肩にしがみついてきた。
「龍悟くん!みんなが危ない!」
海藤さんの僕を掴む手は小さく震えていた。
「海藤さん何があったの?!説明して!」
「瑠璃もよく分からないの。急に真っ黒な人影に襲われて!」
僕は園山くんたちの方を見る。この瞬間にも園山くんたちは何かに襲われていると思うと、居ても立っても居られなくなった。
「海藤さん!何かみんなを助ける方法はないの?!」
海藤さんは険しい表情をして俯いた。海藤さんの肩は震えているように見えた。そしてゆっくり顔を上げる。
「龍悟くんも危険かもしれないけど…」
「いいよ!早く言って!」
「瑠璃が握っていた二人の手を握って、目を瞑ってみて!」
僕はすぐさま二人の手を握り、目を瞑った。すると徐々に意識が遠のいていく感覚に陥った。意識が切れる瞬間に、七海の叫び声が聞こえた気がした…
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目を開けると僕は大きな扉の前に立っていた。その扉は僕の身長の3倍近くあり、木で出来ていて色は真っ赤であった。まわりは何もなく、扉がある以外は真っ暗な世界だ。
本当にこんなことが起こるのかと不安になったが、そんなこと考えている時間は無い。僕は海藤さんが説明してくれたゲームの手順を思い出しながら、右手で扉をゆっくり押した。
「ギギギギギギギギ」
重い扉を力いっぱい押して中に入った。中に入り、左手で扉を閉めた。中は真っ暗で、何も見えない。暗闇に包まれているという恐怖で体が動かなくなってしまった。
「みんなが待ってる」
僕はそう自分に言い聞かせ、右腕を右の方に伸ばした。
「ヒタ」
僕の右手が何か冷たいものに触れた。それはコンクリートのような触り心地の壁であった。僕はその壁を伝って、真っ直ぐと歩を進めた。
少し歩くと、奥の方に暖色系の明かりが見えた。歩く速度を速め、その明かりに一気に近付く。
ロウソクだ。右側にテーブルがあり、その上にお皿に乗ったロウソクが見えた。明かりが見えたことで、僕の心は少し落ち着つくことができた。
僕はそのロウソクを右手で持ち上げ、左手に持ち替えた。まわりを照らすと、左右は真っ黒な壁が奥へと続き、下を見ると薄汚れた赤いカーテンが敷いてあった。上を見ると天井は無く、どこまでも闇が続いていた。
僕はロウソクを持つ手に力を入れ、更に奥へと進んで行った。
奥に進んで行くと、左側にテーブルが見えた。そのテーブルの上には水が入ったガラスのコップが三つ並んでいる。僕は深いことは考えずに左のコップを手に取り、中の水を一気に飲み干した。そして、空になったコップを一番右に置く。
すると、目の前に扉が浮かび上がってきた。何もかも海藤さんの言う通りに物事が進んでいる。僕は躊躇することなく目の前の扉を右手で開け放った。扉の向こう側は薄暗くはあるが、明かりが灯っていた。
扉の中に足を一歩踏み入れる。地面を踏んだ感触が今までと違った。ロウソクで足下を照らしてみると、そこは『土』の地面であった。更に全体を見渡すと、広い正方形の部屋になっていて、壁の所々にロウソクの照明があり、部屋を不気味に照らしている。部屋の真ん中には樹齢数百年と思われる物凄く太い木が根を張っていた。
上を見ると矢張り天井が無く、深い闇がどこまでも続いている。
「キャハハハハハハハ」
どこからともなく不気味な笑い声が部屋全体に響き渡った。まわりを見渡すが、誰もいない。尚も笑い声は続いている。
「誰かいるのか!」
僕が叫ぶと笑い声はピタリと止んだ。同時に背中に悪寒が走る。
「やっと二人になれたね」
耳元で海藤さんの声が聞こえ、自然と体が震えだした。振り返ると海藤さんが不気味な笑みを浮かべて立っている。
「何でここに…」
僕が言い終わる前に海藤さんは僕に抱きついてきた。僕はバランスを崩し、そのまま後ろに倒れてしまった。
「海藤さん、何でここにいるの?」
海藤さんはその場にちょこんと正座した。
「龍悟くんにお礼しなきゃと思って!前に言ったでしょ!絶対お礼するって」
海藤さんはそう言って立ち上がり、着ている服を脱ごうとした。僕は急いで立ち上がり、海藤さんの両腕を掴み、服を脱ごうとするのを制止した。
「ふざけてる場合じゃない!みんなを探さなきゃ!」
僕が強めに言うと、海藤さんは俯き、肩を上下に小刻みに震わせた。
「後ろにいるよ」
海藤さんは俯いたまま、僕の後ろの方を指差した。僕はとっさに後ろを振り返る。
振り返った先には、園山くんたち5人がいた。それぞれ体をゆらゆら揺らしながら立っている。そして5人とも『顔』が無かった。鋭利な刃物で額から顎にかけて綺麗に真っ直ぐ切り取られているかのように、顔が無くなっているのだ。
「キャハハハハハハハ」
海藤さんの笑い声が頭に響いてくる。海藤さんを見ると、お腹を抱えて笑っていた。
「あぁおもしろい!顔が無いなんて傑作よね!」
海藤さんはそう言って大声で笑っていた。
「助けて…助けて…」
微かに園山くんたちの声が木の裏の方から聞こえてきた。僕は声のする方へ走った。
「龍悟くん、来てくれたんだね」
僕はその光景を見て絶句した。5人の顔が木に張り付けられているのだ。
「龍悟くん、助けて!」
「龍悟くん、ここから出して!」
みんな一斉にしゃべり出した。僕はどうすることも出来ず、ただ立ち尽くした。
「どうなってるんだ」
僕が呟くと、海藤さんが両手を後ろで組ながら近付いてきた。
「龍悟くん、まだ分からないのかなぁ?」
海藤さんは園山くんたちの方を見て笑っている。
「瑠璃の掛け声、覚えてる?」
海藤さんは薄ら笑いを浮かべながら、僕を見つめてきた。
「確か…、そうぶんぜ」
「そう!それを反対から読むと?」
「ぜんぶうそ…。全部嘘!」
海藤さんは手を叩いて笑っている。
「そう!そう!そう!全部嘘なの!」
僕は何が『全部嘘』なのか、理解できずに首を傾げた。海藤さんはそんな僕の様子を見て、
「まったく鈍いわねぇ。全部嘘なの!ゲームってのも嘘!説明した内容も嘘!あなた達がここに来るまでにやってきたことは、瑠璃の呪いを強める行動なの!もうあなた達はここから出ることは出来ないの!」
「なんでこんな事するんだ!」
僕はたまらず大声を出した。海藤さんは冷たい目つきで鋭く睨んできた。
「あなた達が憎いの。馬鹿みたいに幸せそうな顔して、毎日平和に暮らしているあんた達が憎くてしょうがないの。我慢できないの。」
「海藤さん!こんな事しても何にもならないよ!」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
海藤さんは自分の髪の毛がくしゃくしゃになるまで頭を掻いた。
「瑠璃にはねぇ、お母さんがいないの。お父さんしかいないの。お父さんは瑠璃のこといじめるの。お父さんは瑠璃のこと毎日殴るの。痛いの。苦しいの。誰も助けてくれないの。友達もできないの。みんなも瑠璃と同じ様に苦しんでほしいの」
海藤さんの目の焦点は完全に合っていない。徐々に海藤さんの体から、真っ黒なオーラが溢れ出してきていた。一歩一歩ゆっくりと僕に近付いてくる。
「花蓮さんが『呪い』を教えてくれたの。人を呪うと気分がすっきりするの」
海藤さんの体は禍々しい黒いオーラで覆われてしまった。
「瑠璃はひとりぼっちなの。みんな呪われてしまえばいい」
海藤さんはそう言って僕の目の前に立った。海藤さんから溢れ出ている黒いオーラが、僕のことを包み込んでいく。それはとても冷たいオーラで、海藤さんの憎しみや怨みの感情が僕の中に入ってくる感覚だった。自然と僕の頬を涙が伝っていくのが分かった。
「海藤さん。僕にはね、父親がいないんだ。父親と一緒にいた記憶もなくて、父親の顔は写真でしか見たことがないんだ。海藤さんと違って、親にいじめられることはなかったけど、この外見のせいで小さい頃からよくいじめられていたんだ。とても苦しかったし、とても寂しい思いをいっぱいした」
僕はぎゅっと拳を握りしめた。
「どんなに辛く苦しい思いをしても、それを一緒に受け止めてくれる人がいた。その人のお陰で、僕はこうして前を向いて生きていけるんだ。海藤さんにそういう人がいないなら、僕が一緒に受け止めてあげるよ!」
海藤さんはゆっくりと俯いた。
「海藤さん!海藤さんの苦しみは俺が受け止めるよ!受け止めたいんだ!」
園山くんが海藤さんに向かって叫んだ。園山くんに続き、他のみんなも海藤さんに励ましの言葉を掛けていった。
海藤さんのオーラが少し弱まった気がした。僕は両腕の数珠を外し、海藤さんの両肩を掴んだ。海藤さんはゆっくり顔を上げた。その顔は涙でくしゃくしゃになっている。
「龍悟くん、怖いよぉ。助けて」
僕は海藤さんを掴んでいる両手に意識を集中した。僕と海藤さんを包み込んでいる黒いオーラが、少しずつ赤色のオーラへと変わっていくのが分かった。海藤さんの顔が歪む。
「海藤さんから離れろ!」
海藤さんから大量の黒いオーラが噴き出した。噴き出したオーラはそのまま地面へと吸い込まれていく。全てのオーラを出し切り、海藤さんはその場に倒れ込んだ。
園山くんたちの姿は元通りになり、海藤さんのまわりに駆け寄ってきた。
「海藤さん!」
園山くんたちは海藤さんに声を掛けた。海藤さんは目を細めて、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
「みんなごめんね。みんなありがとぉ」
海藤さんは照れながら笑っていた。僕たちもそれを見て笑顔になった。だが、香取くんの顔だけは何かに怯えるように引きつっている。
「おい、あれ見てみろよ!」
香取くんが体を震わせながら何かを指さしていた。僕たちは香取くんの指さす方へ視線を向ける。
「マジかよ…」
香取くんの指差した先を見ると、地面から真っ黒な人の形をしたものが何体も這い出てきていた。
「海藤さん!ここから早く出なきゃ!何か方法は無いの?!」
「えっ?ここから出る方法…そんなの考えてなかったから、元の世界に戻れる出口を作ってないの」
海藤さんの言葉にゾッとした。僕たちはここから出ることが出来ない。海藤さんは苦痛の表情を浮かべながら頭を抱えている。
「痛い痛い痛い!」
そう言いながら海藤さんの体は消えてしまった。急に何が起こったのか分からず、みんなの動きは止まってしまった。
「海藤さんどこいったの?」
女子二人は不安そうな顔で僕を見てくる。僕にはその質問に答えることが出来なかった。その間にも黒い人影は僕たちに近付いてくる。
「ここは拙者の出番でござるな」
上村くんは凛々しい顔で立っている。右手にはいつの間にか太めの木の枝が握られていた。
「夢の中なら怖いものはない」
そう言ってゆっくりと木の枝を黒い人影に向かって構えだした。上村くんは剣道で関東大会優勝するくらいの腕前である。
上村くんは黒い人影に向かっていき、木の枝でなんとか黒い人影の動きを食い止めていた。上村くんの後ろ姿は物凄く格好良く見えた。
とにかく上村くんが食い止めている間に、ここから出る方法を考えなければならなかった。
僕は目を閉じて海藤さんのセリフを思い出そうとした。僕たちは海藤さんの説明通りの手順を行い、呪いに掛かった。これは『ゲーム』ではない、『呪い』である。海藤さんは『全部嘘』と言っていた。
何か引っ掛かる。何か忘れている…
「そうか!みんな木の下を掘って箱を探して!」
そうだった。僕は大事なことを忘れていたのだ。
みんな不思議な顔をして僕を見てきた。僕は必死に木の下を素手で掘り始めた。
「とにかく箱を見つけて!」
僕が叫ぶと、慌ててみんな木の下を掘りだした。
「ガリ」
指に何か触れた。丁寧にその周りを掘っていくと古びた木箱が顔を出した。
土の中から木箱を取り出し、ゆっくり蓋を開ける。
「あった!」
箱の中には水晶玉が入っていたのだ。僕は興奮しながら水晶玉を持ち上げ、握りしめた。
周りを見るとみんなも箱を見つけていて、中から水晶玉を取り出していた。園山くんに限っては上村くんの分も見つけていた。
「上村くん!こっちに来て!」
上村くんは僕の声に気付き、木の枝を相手に投げつけて走ってこっちに向かってきた。上村くんの後ろには黒い人影が物凄い速さで追い掛けてきていた。
先に僕たちは扉の外に移動し、上村くんが来るのを待った。黒い人影は上村くんのすぐ後ろまで来ている。
上村くんは最後の力を振り絞り、扉に向かって飛び込んできた。僕は上村くんが完全に入ってきたのを確認して扉を閉めた。
「バンバンバンバンバン」
扉の向こうから凄い勢いで扉を叩く音がしたが、扉はビクともしなかった。
上村くんの息が整うのを待ち、園山くんが水晶玉を渡した。
「みんな、ここからは僕の言うとおりに行動してほしい。」
みんなは静かに頷いた。
「水晶玉を持ったまま、最初の扉まで歩くよ!みんなついて来て!」
そう言って僕は前を向き、最初の扉の方へ歩き出した。みんなも僕について来る。
僕は少し歩いて立ち止まった。僕の考えが正しければ、次の行動でみんな元の世界に戻れる。
「みんな!そのまま後ろを振り返って!」
僕は力いっぱい大きな声で叫び、ゆっくりと後ろを振り返った。みんなも僕の言うとおりに振り返っている。
「ピーーーーーーン」
頭が割れるような酷い頭痛に襲われた。水晶玉が輝きだし、僕はあまりの眩しさに目を瞑った。そして僕たちは真っ白な光に包まれていった…
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目を開けると、そこは旅館の僕たちの部屋だった。元の世界に戻れたことに安堵した。みんなも疲れきった顔をしている。
「戻ってこれた!」
園山くんが嬉しそうにガッツポーズをかましていた。みんなもそれを見て笑顔になる。
そして何やら後ろが騒がしい。
振り返ってみると、七海と海藤さんが取っ組み合いの喧嘩をしていた。服は乱れ、お互い奇声を発していた。
「ちょっと待った!もう大丈夫だよ!」
僕が強引に止めに入ったと同時に、海藤さんに頬を引っ掻かれた。頬に激痛が走る。
二人とも僕たちが戻ったことに気付き、取っ組み合いを止めてくれた。
海藤さんは園山くんの方に向かって飛びつき、抱きついた。
「よかった。園山くん、さっき言ったこと信じるからね。ずっと受け止めてね」
海藤さんはそう言って、園山くんにキスをした。園山くんは顔を真っ赤にしながら、夢中で海藤さんを抱きしめている。
上村くんは興奮してその場で激しく素振りの練習を始めだした。女子二人は手を取り合って微笑んでいる。そして香取くんは特に何もしていなかったと思う。
「心配したんだよ!」
七海はそう言って僕を見つめてきた。その目は何かを欲しがっているように感じたため、僕は七海の唇に顔を近付けた。
その時、部屋の入り口がやけに明るいことに気付いた。ゆっくり部屋の入り口へ視線を移す。
そこには腕を胸の前で組む、一人の男性が立っていた。僕のクラスの担任の先生だ。
先生は右の拳をまっすぐ前に突き出し、親指を立てた。それはまるで『お前たちナイスだ!』と表しているように感じた。
先生はそのままの状態で、僕たちに向かって深く頷いた。僕も先生につられるように首をゆっくり縦に振った。
先生の拳は親指を立てたまま、徐々に右肩の上辺りまで移動した。
「お前ら全員、表に出ろ」
僕たちは部屋の外で1時間立たされることになった。七海は何故か嬉しそうな顔をしている。
「どうかしたの?」
僕が聞くと七海はポケットからお菓子を出した。
「八ツ橋食べよ!」
七海は満面の笑みで僕に八ツ橋を分けてくれて、八ツ橋を口いっぱいに頬ばっていた。その姿がたまらなく可愛く感じた。僕の胸に熱いものが込み上げてくる。
「七海…」
「なあに?」
七海は僕の目を見つめてくる。
「なんでもない!」
僕は七海とただ一緒にいられれば、それだけでいい。
この楽しい時間がいつまでも続くように願いながら、僕も八ツ橋を頬ばった。
作者龍悟
今回は長文になってしまって申し訳ございませんでした。
次の投稿で中学生時代は一旦終了となります。次の話の前に『初めての出会い』と『廃神社』を読んでおいていただくと、話がより分かりやすくなると思われます。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!