俺には4つ年上の姉がいる。苗字は玖埜霧(クノギリ)、名前は御影(ミカゲ)。苗字にしろ名前にしろ、なかなか聞かない名前なので、初対面の人に自己紹介した時などは必ずと言っていいほど、「クノギリとかミカゲってどんな字で書くの?」と聞き返しされると言っていた。
確かに”玖埜霧”なんて、日本にはそうそういない苗字だろう。だが、姉さんから聞いた話によると、”一番合戦”や”壁”という苗字の人もいるらしい。そう考えると、玖埜霧という苗字もそこまで浮き足立って聞こえないから不思議だ。
姉さんは言う。
「私はね、パパのこともママのことも大好きだ。孤児だった私を引き取り、ここまで育ててくれたことに凄く感謝している。それは本当。だけどね……玖埜霧家の一員になったということは、鴎介のことを弟としてしか見てはいけないということになる。そう考えると、やっぱり複雑だ。家族を持てたことは幸せだけれどーーー私は、鴎介の”姉さん”になりたかったわけじゃない」
やめてくれ。姉さん、頼むから。嘘でも冗談でも、そんなことを言わないでくれ。
今にも泣き出してしまいそうな顔をして。それでも無理矢理笑いながら、そんなことを言うのをやめてくれ。
姉さんが際どい台詞を言う度にーーー俺の心はひりひりと痛み、無性にざわつくのだから。
「チャラン♪さて、ここでクイズです!君にこの謎が解けるかな?」
それはある夜のこと。夕食を済ませ、風呂にも入り、俺は一人リビングのソファーでぐだぐだとくつろいでいた。そこにパンダの着ぐるみパジャマを着た姉さんが現れ、いきなりこんなことを言い放ったのだった。
「は?何、クイズ?何で姉さんがパンダの着ぐるみパジャマを着てるかっていう内容?」
「莫迦、違うよ。これはただの私の趣味だ。因みに今は下着を付けてないんだぜ。裸エプロンならぬ裸着ぐるみパジャマだ。どう?萌える?」
「………」
悪いけど萌えない。高校生がパンダの着ぐるみパジャマを着ること自体どうかと思うが……。
俺が黙っていると、姉さんはいそいそと隣に座り、にっこりと笑いながら「クイズです!」と言う。
「私がついさっき三分で考えたクイズだ。心して解け」
三分って。いやにインスタントなクイズだな。すげー下らなそう。
だが、この様子だと姉さんはノリにノッてるようだしーーーノリノリな様子だし。断っても何をされるか分からんので、俺は頷いた。
「分かった分かった。心して解くよ。で?どんなクイズなの?」
姉さんはこほんっ、と一つ咳払い。芝居くせーことするよなぁとか思いつつ、黙って耳を傾ける。
ある廃校の話です、と。パンダはもったいぶるような言い方で枕詞を置いた。
「その廃校には、こわーい言い伝えがありました。昔、廃校となる以前のことです。当時小学生だった男女数人が校舎内でかくれんぼをして遊んでいました。しかし、夕暮れ時になっても一人だけ見つかりません。皆で手分けして探しましたが、とうとう見つかりませんでした。やがて時は過ぎ、少子化の影響で学校は廃校となりました。廃校になって暫く経った頃、こんな噂がまことしやかに囁かれたのです」
”かくれんぼをしたまま、見つからなかった男の子が未だに校舎内をさまよっている”
”面白半分で廃校に遊びに行くと、自分とその子のが入れ替わってしまう”
”入れ替わってしまうと、もう区別がつかない。年齢、性別、身長も関係なく、その子は本人になりすましてしまう。ただし、一カ所だけ入れ替わる前と違う部分が生じる”
「この噂を聞きつけた地元の高校生達四人が深夜に廃校を訪れました。噂の検証も兼ねて肝試しをすることにしたのです。今から彼等のプロフィールを説明するので、クイズの参考にして下さい」
里竹敦史(サトタケアツシ)。四月六日生まれ。牡羊座。B型。右利き。父親が金融会社社長であり、その成金息子。彼の左手には、父親から誕生日に贈られたロレックスの腕時計が光っている。
辛島金伽(カラシマキヌカ)。七月五日生まれ。蟹座。AB型。右利き。幼い頃、両親が離婚し、母親に引き取られて育つ。クールかつ冷静な知的タイプの眼鏡女子。誰に対しても敬語を使って話す。
小田部惣一郎(オタベソウイチロウ)。八月二十日生まれ。獅子座。O型。左利き。クラスのムードメーカー的存在であり、かなりのお調子者。オカルト、心霊系の話には目がない。可愛い女の子にも目がない。関西弁を使って話す。
楠木雲雀(クスノキヒバリ)。十二月一日生まれ。射手座。A型。右利き。ほわほわした天然っぽい女の子。常にボブカットで、髪型を変えたことがない。無類の読書家。愛読書は「アンの娘リラ」。
「この四人が例の廃校に肝試しに行き、校舎内を一時間程うろつきました。四人共無事に帰ってきましたが、この四人の中で一人だけ、廃校をさまよっていた子と入れ替わってしまっています。それが誰なのかーーー次の会話文や、既に表記してある廃校に纏わる説明文、四人のプロフィールなどを参考に考えて下さい」
ーーー廃校の校庭にて。四人の男女が集まり、先程の肝試しについて口々に感想を言い合っていた。
「何や、もっと怖いトコかと思ったけど、全然フツーやん。お化けさんにも遭遇せーへんかったしなぁ。シケとんのー」
会話にやたらとカタカナを使って話すのは小田部である。懐中電灯を片手に背伸びしながらの余裕綽々な態度。そんな彼の後ろで隠れるようにして佇んでいるのは、眸をうるませた楠木である。
「こ、こ、こ、怖かったー。暗いし窓ガラスは割れてるし、床は今にも底が抜けそうなくらいボロっちかったしー。ぶ、無事に出てこられて良かったねぇぇ」
「そうですか?確かに校舎は老朽化が進んでいて、不気味な風体でしたけど、特に何も起きませんでしたし。正直、物足りないですね。ポルターガイストの一つでも起きてくれれば面白いのに」
そう言って右手の中指で眼鏡を押し上げる仕草をしたのは辛島。彼女は小田部の後ろでブルブル震えている楠木とは対照的に、至ってクールに無表情。しかし、よくよく見れば彼女は小刻みに震えていた。実は相当怖かったらしい。
「ザ•リアルお化け屋敷って感じだったよな!何か俺、三階の廊下を歩いてた時、後ろで変な気配感じたもん。アレって……もしかしたらさぁーーー」
「うひゃー、止めてよぉ。怪談話苦手なんだからぁ」
里竹の言葉に、びくりと大袈裟に肩を震わせ、楠木は小田部の腕にすがりつく。小田部は長身で楠木は小柄な体躯なので、はたから見れば凸凹カップルである。そんな楠木を「よーしよし。かーいらしー子やのぉ」と小田部がへらへらしながら肩を抱き寄せる。その様子を見ていた辛島は、小さく舌打ちした。
「いちゃつくなら他でやって貰いたいですね。他人の目の前でいちゃつけるあなた達の精神が気に入りません。非常に気分を害します」
「なんや、辛島。お前、もしかしてヤキモチ焼いてんのかいってぇ!なにすんじゃコラッ!!」
辛島が放った怒涛のローキックが、綺麗に小田部の足にヒット。声を荒げる小田部に対し、辛島はどこ吹く風だ。
「戯け者が戯けた発言をするからですよ。天罰です。まあ、莫迦に付ける薬はないと言いますけどね」
「誰が莫迦や誰が!あんなぁ、莫迦って言うほうが莫迦なんやぞ!!従って莫迦なんはおまいじゃー!!へへーん、ばーかばーか。スカポンタンー」
「うわぁ……スカポンタンって実際に言う人、初めて見たー」
小田部と辛島の不毛な争いに、楠木が感心したような声を上げた。里竹はやれやれと嘆息しつつ。二人の間に体ごと割り込んで、喧嘩を中断させた。
「おいこら、騒ぐなっての。近所迷惑だぞ。通報されたらどーすんだよ。時間も時間だし……」
「煩いな!時間時間って、何時やねん!ちょい見せろや!」
小田部は里竹の右手首を掴み、時計の文字盤を見る。そして目を見開く。
「……アカン。もう午前四時や。俺達、何時間おってん」
「な?だから言ってるだろ。そろそろ帰ろーぜ。さっきからお母様からひっきりなしに電話が掛かってきてるんだ。早く帰らねーとマズい!」
「ケッ。お坊ちゃんはええのー、手塩に心配とかされとって。羨ましいのぉーーーなんて言うわけないやろ、このマザコンがぁ!」
「誰からも心配されない人間の負け台詞にしか聞こえませんね」
「いいから帰ろーよぉ。私、トイレにも行きたいしぃ。肝試しはこれでおしまーい。帰ろ帰ろー」
里竹、小田部、辛島、楠木。四人は思い思いの台詞をか口にしながら、廃校を後にしたのだった。
「はい、ヒントはここまでです。では、鴎介君。この四人の中で、誰が別人と入れ替わってしまったのでしょうか?お答え下さい」
姉さんが右手を軽く握り、まるでマイクを持っているかのように差し出してくる。そんなことを言われても、長い説明文を一回聞いただけでは何が何だか……。無茶ぶりだ、これは。
「チャラン♪制限時間は三秒です」
「短ッ!!」
それ、答えさせないって言ってるようなもんじゃねーか。
作者まめのすけ。
初めまして。言葉遊びの弟子。と申します。
遊びのノリで手掛けたこの作品……非常に分かり辛い内容となってしまい、申し訳ありません。
更にお詫びを。この分かり辛い文章のクイズから答えを導き出して下さった読者様。ありがとうございます。
ただ、他の読者様へのネタバレとなってしまいますので、解かれた答えは、ご自身の胸にそっと秘めておいて頂けたら……と思います。
勝手なお願いですが、どうか御了承下さい。