一昨日のことである。久々に彼とラブホに行った。最近、ご無沙汰気味だったから。
いつもなら彼のアパートに泊まるついでに、というパターンが多いのだけど。マンネリ化してしまってイマイチ盛り上がらない。
そこで彼と相談して、最寄りのラブホテルに行くことになった。フロントで受け付けを済ませていると、高校生くらいのカップルが手を繋いで出てきた。
今時の子はホテルを利用するのか。自分の学生時代の時を思い出し、ふっと笑ってしまう。
当時付き合っていた人は年上だった。ネットで知り合った会社員で、ドライブが趣味の男。休日になると、彼が車で迎えに来てくれて、二人でドライブばかりしてた。
山にまで行ってセックスだけして帰ってきたこともある。シートが汚れないようにとバスタオルまで用意してきた彼の周到さに、肩すかしをくらったような気分になったものだ。
汚れるのが嫌なら、車の中でしなければ済む話なのに。耳元に掛かる熱い息や、繰り返し呟かれる「好きだよ」の決まり文句を聞き流しながら、味毛のない車の天井をぼんやり見ているきりだった。
つくづく可愛げのない女だ。自分でもそう思う。
「何、どうかした?」
彼に肩を叩かれ、はっとした。受け付けを済ませた彼がキーを持ちながら歩き出す。
「ほら行くよ。俺らの部屋、四階だって」
私は彼のあとに続いた。今日はいつもより熱くなれるかしら、と若干の期待を胸に抱きながら。
○○○
部屋に入ると、どこからか甘酸っぱい臭いがした。甘酸っぱいと言っても果物のかぐわしい臭いじゃない。
私は彼に「変な臭いしない?」と尋ねたが、「精液の臭いでしょ」と身も蓋もない返事が返ってきた。
「それより先にシャワー浴びてきな。待ってるから」
彼は私の頭を撫で、優しくそう言った。
シャワーを浴びながら考える。部屋に漂っていた臭いのことだ。
確かに精液の臭いと言われてしまえば、そうかもしれない、と思う。ここはラブホテルなのだ。日々男女が絡み合い、もつれ合い、溢れる蜜を垂れ流す場所。
興奮すればするほど蜜は濃くなり、臭いも強くなる。その時の臭いが密閉された空間の中に漂っているのだとすればーーー一応の説明はつく。
我慢出来ないくらい強烈な臭いではなかったし……むしろ、他のカップルの精液や垂れ流された蜜の臭いだと考えれば、興奮も高まるかもしれない。
「……まあ、こんなと長く考えてたって仕方ないわね」
苦笑じみた笑いを浮かべた時だった。
鏡にチラリと人影が写ったのである。
その人影は私の背後に隠れるようにして立っていた。濡れた肩先と、すんなり伸びた腕だけが見える。
「誰?龍騎(リュウキ)?」
彼の名を呼ぶ。しかし返事はない。バッと振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。
見間違いか……。そう思ったけれど、シャワーで温まったはずの体は寒くもないのに震えていた。
私はバスタオルを体に巻き付け、彼の元に向かった。彼はベットに寝転がり、スマホを弄っていた。
「シャワー空いたよ」
「嗚呼、うん……。ね、これ見てよ」
彼は起き上がると、画面を私に見せてきた。それは過去に起きたニュースの内容が書かれてあるサイトだった。
「ここのラブホ、前に殺人事件が起きたんだってさ」
「嘘っ。止めてよね、変な冗談は」
「嘘なもんか。読んでみろよ」
画面に目を通す。
なるほど。確かにこのホテルでは、以前に殺人事件が起きているようだ。
被害者はまだ十代の少女。一回りも年の差がある彼氏とこのホテルに入り、散々弄ばれたあと、首を絞められて殺されたのだそうだ。
遺体はベットの下に隠されていたのを、掃除しに部屋へと入ったスタッフが見つけたらしい。死後、五日は経過しており、遺体には腐敗しかけていたとか。
徐々に気分が下向していく。これからセックスしようというのに、どうしてこんな話をするのだろう。
げんなりした顔をしている私の唇に、彼の唇が重なった。そのまま押し倒され、バスタオルを剥がされた。
「……シャワー、浴びないの?」
彼は何も言わなかった。猫みたいに目を細め、薄く笑いながら、ゆっくりと愛撫を開始する。首筋をなぞる指先が下へ下へと下向していく度、緊張と期待とが入り混じる。
「あれ……?」
ベットの弾力がーーー何かおかしい。
フカッとした柔らかい布団のそれじゃない。柔らかいは柔らかいのだけれど……ブヨブヨした感触だ。
彼が私の上に乗り上がった。二人分の重さを受け、グググッとベットに体が沈む。ブヨブヨとした嫌なあの感触が素肌に当たり気持ち悪い。
グチャッ。
「…ひっ!」
何かが潰れる音。シーツがぬめぬめとした生温かい液体によってグッショリと濡れた。
グチュグチュグチュ……
またあの甘酸っぱい臭いがする。これは……精液の臭いでも、垂れ流された蜜の臭いでもない。
……何かが腐った臭い。とろけた死体の腐敗臭だ。
「ネエ、シッテル?」
彼が私にグッと顔を近付けてきた。その目は焦点が合っておらず、呂律が回っていないような変な喋り方だった。
声もおかしい。彼はこんな甲高い声じゃない。
いきなり首を両手で締め付けられ、呼吸が出来なくなった。爪を立てて抵抗したものの、びくともしない。
「クビヲシメルト……アソコモシマッテキモチヨクナルンダヨ」
「……ッ、」
こ の 人 は 彼 じ ゃ な い。
首を絞める手に更なる力がこもる。息を吸おうと口を開けても、酸素が全く入ってこない。
苦しい……苦しい……苦しい……くる……しい……くる…し……い……
意識が朦朧とする中ーーー彼の背後に髪の長い女が見えたような気がした。
作者まめのすけ。