二十年以上も前の話である。
ある年の三月三日の夜の事である。
母親と、夜にかなり離れたショッピングセンターに買い物に出かけた。
行きは国道を使ったが、帰り道は府道を使った。
府道と言っても、道中の各村中は道幅はあかなり細く、あいにくの霧雨、徐行しながら帰る。
普段国道で帰るのであるが、その日はひどい事故渋滞のため、迂回してこの道を走った。
渋滞の時間ロスで、漸く自分の村に入った頃には深夜十二時過ぎになっていた。
視界はかなり悪かった。
旧街道の名残が残る、軽自動車でも対向が難しい道路である。
村に入ってすぐのところで目の前に着物の上に、綿入れの袖なし羽織りを着た小柄な老女が立っている。見覚えがある顔である。
慌ててブレーキを踏んだが接触して止まった。
しまったと思った。
しかしその時、老女はボンネットの上を助手席側に透過していった。
そしてサイドミラーの前あたりから道の脇に消えて行った。
私はドアを開けて車の前方と車の下を確認した。
誰もいない。そして何の痕跡もない。
母が聞く。
「何でブレーキ踏んだの?」
私は母に言った、
「今、O君とこのお婆さん轢いた」
O君は私の数少ない、同じ村の同級生である。
「いや、私のすぐ横を通り抜けて行った」
母が言う。
その瞬間、思い出した。
去年の大晦日の深夜、このお婆さんは、国道でタクシーに轢かれて亡くなった。
納得したが、
それでも少し疑問が残る。
そのお婆さんは、認知症が進み、毎夜、夜中に徘徊していて事故に遭った。
それは、村の入り口付近から府道を折れ、
畦道を通って国道を横切り、
所有する水田を見て別の道を使い家に帰るというルートだったらしい。
O君が通夜の時話してくれたのを思い出したからである。
どうしてここでお婆さんと遭遇したのか?
母は、私の疑問を察したのか、
動き出した車の中で言った。
「あのお婆さんが車に轢かれたのは、もっと遅い時間やったのやろ」
私は聞き返す。
「何でそう言える?」
母は気の毒そうに答えた。
「気が付いて無いんや、自分が死んだこと。それで毎晩同んなじ時間に歩いているんや」
まだ疑問が残る。認知症になっても執着する事って…。母は続けて話す。
「見に行ってたのは、持っている田圃と違うんや」
「どういう事?」
母は溜息をついて語る。
「お前、あの家と同んなじ苗字の同級生いるやろ?
あの子の先祖がO君の家の先祖の年寄りを騙して、印鑑と地券を取ったんや」
かなり驚いた。
「何で今まで話して呉れへんかったん?」
「同年の友達の事、悪く思う事になるやろ?
それで話さんかった。
それでも、今日、私らの前にお婆さん出てきたのは、お前にも憶えていて欲しかったのやろ。
それで話したんや」
重たい気分で家に帰り着いた。
霧雨はやむことなく降り続く。
あのお婆さん、これからもずっと歩いているのかな。
作者純賢庵
創作ということにしたい。
書きながら泣きそうになった。