これは、僕、薄塩、ピザポが高校1年生の時の話だ。
季節は夏。
僕等は、薄塩の姉である、のり姉と共に海辺の町へ旅行へ行った。
これは、その二日目に起こった出来事だ。
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目の前に建つ、見るからに不気味な廃墟を前にして、僕等(のり姉以外)は、大きな溜め息を吐いた。
時刻は午後の10時。
ついさっきまで泳ぎ回っていた僕等は、体力的にもう限界が来ていた。
早くも薄塩が弱音を吐く。
「もう嫌だ・・・帰りたい。寝たい。」
全く持って同感だ。
ピザポもうんうん、と頷いた。
元気なのはのり姉ばかりである。
「今回のターゲットは、首吊り自殺をした女の子ね!わざわざこんな素敵な廃墟を選んだセンス!気が合いそう!」
本当に・・・こっちの身にもなってほしい。
ピザポが、心配そうに僕に聞いてきた。
「なあ、コンちゃん・・・。この廃墟さ、人とか来なさそうだし・・・。もしかしたら、御本人、まだ居る・・・とか、ない?」
御本人・・・?
ああ。そういう事か。
僕は言った。
「居ない。ちゃんと回収済みだ。今はちゃんと石の下に居るだろう。」
ホッとした様にピザポが息を吐く。
僕だって御本人と対面するのは御免だ。
のり姉が高らかに言う。
「さあ!行こう!コンソメ君、侵入経路確認!」
僕はなるべくハキハキと答えた。
「はい。今回侵入するのはあの右側の建物です。一階の窓は基本全部割られているそうなので、そこから侵入します。ターゲットは二階にいるそうです。」
のり姉が右手をグッと空に突き出した。
「出発進行!!」
「「「・・・・・・おー。」」」
僕等も、弱々しく右手を上げた。
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その建物の一階は惨憺たる有り様だった。
窓は全て割られ、ゴミが散らばり、壁には一面にスプレーで落書きがされている。
思わず僕は眉を潜めた。
のり姉が呟く。
「不良の溜まり場だったのかな。・・・それにしても酷いね。」
僕は大きく頷いた。
険しい表情ののり姉に声を掛ける。
「・・・さあ、二階へ。」
僕等は、二階への階段を探し始めた。
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「う"っ・・・グフッッ・・あ"っあ・・・・!」
誰かの声が聞こえる。
階段を上りきり、僕等は扉の前に立っていた。
「・・・居るね。」
のり姉が言う。
「グッッ・・・ガッハッ・・・。」
声は未だ、続いている。
ドアノブに手を掛ける。
ガチャリ
ドアが空いた。
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ドアの向こうには、首を吊っている女の子。
制服を着ている。
「ガッッ・・・グフッ・・・。」
宙を蹴る両足。
苦しみの中でもがく表情。
・・・苦しむ必要なんて、無いのに。
だって彼女はもう・・・。
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死んでしまっているのだから。
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のり姉がふっ、と優しい顔をした。
鞄の中から、何かを取り出す。
「・・・手鏡?」
そう、とのり姉が微笑んだ。
「・・・ぁあ"・・・グアァ・・・。」
涙を流しながら苦しんでいる女の子に、のり姉が近付いて行く。
すぐ側まで行くと、のり姉はその子に優しく話し掛けた。
「・・・苦しい?」
「うう"っ・・。グルッ・・・グルジィッ・・!」
「大丈夫だから。」
ゆっくりと、女の子の前に手を伸ばす。
その手には、手鏡。
「もう大丈夫。だって貴女は・・・。」
女の子が鏡を見る。
目を見開く。
「・・・・・・!」
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彼女を苦しめていた縄が、消えた。
ドサッ
と、地面に女の子が落ちる。
暫く肩で息をしていたが、やがておずおずと、のり姉を見上げた。
のり姉がしゃがみこむ。
何か言ったらしい。
女の子が、ポツリポツリと何かを喋り始めた。
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二人は、そのまま何分か話していた。
僕等はその間、その様子を見ているだけだった。
やがてのり姉が立ち上がった。
女の子に何かを手渡し、こちらに戻って来た。
「ほら、帰ろう。」
僕等を押し退け、さっさと階段を下りて行く。
僕等は女の子に軽く礼をし、のり姉の後を追った。
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帰り道、のり姉が彼女と何を話していたのかを教えてくれた。
「あの子ねー・・・。」
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要約する。
彼女の名前は○○○○○○○。
歳は14歳。
彼女は学校と家庭で、長いこといわゆる《ぼっち》だった。
しかし、それは自殺には何も関係無かったそうだ。
確かに肩身は狭かったそうだが、別にイジメにあっていた訳ではなく、元来、独りが好きな性分だったので、苦痛でも何でも無かった。
独りで、自分の好きな場所で読書をする。
それが彼女の一番の楽しみだった。
そして、あの廃墟の二階は、彼女のお気に入りの場所だったそうだ。
だが、ある日を皮切りにその廃墟に不良達が溜まる様になってしまった。
窓を割り、ゴミを散らし、落書きをし・・・。
自分だけのお気に入りの場所を汚されるのは、彼女にとって許せなかった。
だから、まだ被害の無い二階で、彼女は首を吊ったのだそうだ。
唯一、自分を受け入れてくれる(気がする)場所を守る為なら、命なんてどうでも良かったらしい。
そして、目論見は見事に大成功。
遺体は見事に不良達によって発見され、その不良達は二度と廃墟には来なかったらしい。
だがしかし、一つ問題が発生した。
首吊りは痛くて苦しいのだ。
しかもそれがエンドレスで続く。
自分が生きているのか死んでいるのかも分からない。
確か死んでいる筈、と思ってはいたが、如何せん痛みも苦しみも続いているので、今一どうなのか確信が持てない。
「で、鏡を見てはっきり理解したんだって。《自分は死んでいる》って。そしたら、何か楽になったんだって。お礼言われちゃったよ。」
のり姉はそう締めくくった。
自分のお気に入りの場所を守る為に首を吊るという考え方は、理解出来るか出来ないかで言ったら出来ないが、まあ、彼女にとって彼処はそれだけ大切な場所だったのだろう。
僕がそんな事を考えながら歩いていると、隣で空を見上げながら薄塩がぼやいた。
「てかまず、よくあんなのと喋れるよな。」
ピザポが激しく頷いた。
・・・そうだ。僕とのり姉達では見え方が違うのだった。
のり姉の目には、彼女はどんな風に映っていたのだろう。
首吊りというのは、確かかなり悲惨な見た目になる筈だ。
・・・・見たことないから分からないけれど。
僕は、前を進んでいるのり姉に向かって声を掛けた。
「のり姉ー?」
「んー?」
のり姉は振り返らずに応えた。
「最後に渡してたあれ、何だったんですかー?」
のり姉は、楽しそうに言った。
「私のオススメ本。あの子、私と好み合いそうだったから。」
「何の本ですかー?」
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のり姉は、振り返って悪戯そうに笑った。
「秘密ーー!!」
作者紺野
どうも。紺野です。
このグダグタっぷりももう安定してきましたね。
あと、世の中には色々な価値観の人が居るんですね。
・・・それだけです。
オチの無い話で御免なさい。
取り敢えず、のり姉は色々と凄い人です。
あ、旅行の時の話はこれで御仕舞いです。
ですが・・・
物語はまだまだ続きます。
良かったら、引き続きお付き合い下さい。