…頬が冷たい。
土の匂い。地面に倒れている?
青葉に混じって、甘い香りもする。お花?
さわさわと、風の音。外、かな?
ゆっくりと目を開ける。
ぼやける視界に、色が揺れている。
赤、橙、黄、紫、青…。
二、三度瞬きを繰り返し、視界を鮮明にする。
花、だ。
それも、夥しい数の花。それが風に流れ、ゆらゆらと揺れていた。
「…き…れぇ…」
ハッと我に帰り、飛び起きた。辺りを見回す。誰も居ない…。
「み…ずき…?りょー、くん?…たくまぁ…」
名前を呼べど、返事は無い。ただ、風に揺られた花が、さわさわと音を鳴らすだけだった。
「何で、誰も居ないの?…何で華、外に居るの?此処…何処なの?」
確かに先程までは、皆で校内に居た筈だった。
皆で一緒に、学校に忍び込んで、先生怒られて、帰る所だった…筈なのに。
「頭が、痛くなって…目の前、真っ白になって…それから…それから…」
思い出せない。ついさっき、何があったのか。
分かる事は、今自分が一人きりで、見知らぬ場所に居ると言う事だけだった。
「何で…?誰か、誰か居ないの…!?」
心細さから、涙が零れ落ちそうだ。
「おやまぁ、誰か居るのかね?」
突然後ろから聞こえた声に、ビクリと身体を強張らせた。
恐る恐る、後ろを振り向く。
「…!」
そこには、腰の曲がった、人の良さそうなお婆さんが立っていた。右手には如雨露を持っている。
「おやまぁ、お客さんかね?」
にこりと、まるで陽だまりの様な笑みを浮かべられ、華も自然と頬を緩めた。
見た限りでは、危ない人では無さそうだ。
「あ、いえ、あの…実は、迷子になっちゃって…。此処って、何処なんですか?」
それを聞くと、お婆さんは愉快そうに笑い、
「此処は学校の裏庭だよ。あたしゃ此処で花壇の世話をしてるのさ」
と、答えた。
「お世話?じゃあこのお花、全部お婆さんが?」
「そうさ。あたしが手間暇かけて育てた大事な大事な花達だよ。綺麗だろぅ?」
そう言って、お婆さんは花を愛おしそうに眺めた。
確かに。この花達は美しい。
花弁は絹の様に滑らかな光沢を放っており、一見すると薔薇の様だが、フリルの様にひらひらしている。
色も、赤に桃が入った様なグラデーションや、マーブル模様もある。
「本当…凄く綺麗。こんなお花、今まで見た事無い…」
華がそう言うと、お婆さんは嬉しそうに笑い、腰に下げていた水筒を外した。
「あの花で作ったお茶が有るんだ。よかったら飲むかい?」
どうぞ、と言って差し出されたお茶は、紅茶の様な色合いをしており、花壇に咲く花と同じ香りがした。
「これはね、この花の花弁で作ったお茶にこの花の蜜を垂らしたお茶なのさ。美容にもいいし、可愛いお嬢さんには、是非飲んで貰いたいもんなんだよ」
美容にいいと言われては、華としては飲むしか無い。
コクリと一口。美味しい。花の香りが鼻いっぱいに抜けていく。
「わぁ…!凄く、美味しいです!」
「そうだろう、そうだろう」
お婆さんはまた嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、あんたにいい物を見せてあげよう。普段は見せないんだが、あんたは可愛いから特別にね」
ついておいで。そう言ってお婆さんは立ち上がり、歩き始めた。
華は、ついて行こうか迷ったが、あの花を見る時のお婆さんの目が、凄く嬉しそうだったのを思い出した。
「こんなに花が大好きな人だもん!悪い人じゃないよね!」
そして、華もお婆さんの後ろについて歩き出した。
暫く歩くと、段々と花が減っている事に気がついた。
「この辺はまだ球根を植えて無くてね。もっともっと花でいっぱいにしたいんだけどねぇ」
成る程、あれは球根から咲くのか。
あれだけ綺麗な花を咲かせる球根だ。そうそう手に入らないのだろう。
よく見ると、花壇の所々に大きな穴が空いている。深さはそこまで無さそうだが、広い範囲で掘られたものばかりだった。
あれは、球根を植える為の穴なのだろうか?
すると、突然お婆さんが立ち止まった。
「どうか、しましたか?」
「申し訳ないんだがね、一つお願いしてもいいかねぇ?」
そう言って、お婆さんは土の少ない花壇の一角を指差した。
「彼処の穴を掘っている時に、大事な物を落としてしまったんだよ。取ろうとしたんだが、どうも腰が痛くてねぇ。お嬢さん、代わりに取っては下さらないかねぇ?」
土の中に入るのは気が進まなかったが、お茶も貰ったし、仕方が無い。
「そこまで深く無いし、いいですよ」
そう言って穴に降りた。
さほど深くは無い。股下ぐらいまでだ。
少し屈んで探す。が、何も無い。
「お婆さん?何をーー…」
落としたんですか 、そう聞こうとして顔を上げた時、目の前に白い花が有った。
その一段と強い香りを嗅いだ途端、華の意識は、深い眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぅ…ぅん」
また、土の匂い。
だが、今度は頬じゃなく、首から下が冷たい。
目を開ける。
おかしい。視界が異常に低い。
身体が動かない。所々、縛られている様な感覚がある。
「…身体が…!?」
華の身体は、土に埋まっていた。正確には、花壇に、だ。
「ひっ…!な、なにこれぇ!!」
もがいてみるも、身体はビクともしない。
それでももがいていると、にゅるり、と手が何かに触る。肌が粟立つ。見えないが恐らく、華が子供の時から嫌悪しているやつだろう。
「いや!いやぁ出してぇぇ!!」
恐怖から、今度こそ涙が溢れた。
「たすけてぇ!!瑞希!!瑞希ー!!」
「五月蝿いねぇ…”花”が喋るんじゃないよ」
「ひっ…!」
後ろからゆっくりとお婆さんが現れた。
「ようやく起きたかい。気分はどうだね」
「お婆、さん!!なんで…こんな事!?」
そう聞くと、お婆さんはまるで魔女の様に高笑いしながら答えた。
「それはあんたが”球根”、つまりこの花な”苗床”になる為さ!」
そう言って、お婆さんは手に持っていた黒い花を、華の顔に近づけてきた。
反射的に顔を逸らし、息を止める。
本能が危険信号を鳴らしている。
この香りを嗅いではいけない、と。
だが、お婆さんは老人とは思えない力で口を抑え、華に香りを嗅がせようとした。
華は、頭がくらくらするまで息を止めていたが、限界が来て鼻で息をしてしまった。
先程、気を失う前に嗅いだ香りと、よく似ている。だが、この花は嗅いでも眠くはならない様だった。
ニタリ、と不気味に笑いお婆さんが手を離す。
目の前がくらくらする。酸素不足の所為だけでは無い。
「な、にを…したの、!?」
「この花はね、”ジントウカ”と言うんだ。人の頭に花と書いて、”人頭花”」
「じん、と、うか…!?」
「そうさ。その名の通り人の頭に咲く花さ。」
では、向こうに咲いている花は全部ーー!!
「この花は特殊でねぇ。種が無いんだよ。もちろん球根もね。あるのはこの白と黒の花さ。」
そう言って、二つの花を並べて見せた。
「この白い花の香りはね、睡眠効果があるのさ。だけど、この香りだけじゃあ、花は咲かないんだよ。この黒い花の香りも嗅がせないと駄目なんだ。」
血の気が引いて行く。
「この二つの花の匂いを嗅がせ、花粉を体内に入れる。そしてそれは血液に入り込み、脳まで運ばれる」
嫌だ。聞きたくない。
「そして、脳で花粉は留まり、そこで二つ花粉が合わさる事で種が出来るんだよ。不思議だろう?」
嫌だ嫌だ嫌だ。
「その種はね、脳で発芽してそれを養分として成長する。そして、頭蓋骨を突き破り、見事な花が咲くと言う訳さ」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
お婆さんは狂った様に笑っている。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い!!
「たすけて!!お願い!!たすけーーがっ!!…」
頭に、激痛が走った。
頭の、中で、何かが、蠢いている。
「ふひひひひ、始まったねぇ」
「ぁ、がっ…い、だぃ…ょお…」
ずず、と皮膚の下を何かが這っている。そしてーー…。
ぷつ
頬から何かが出てきた。
白い、長い、細い、まるで、”根”の様なー…。
ぷつ、ぷつ、ぷつ、ぷつ
次から次へと出てくる。
首から。耳から。
毛穴と言う毛穴から。
「ぃっ…!ぎ、ひぃ…あぁ゛…!!」
ぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつ
根は次々生えて、土の中に入っていく。
根に引かれて、顔が徐々に土の中に埋まって行く。
「みぃ゛、ず…がっ…だず、げ…でぇ…!!」
口が、土に沈んだ。
次の瞬間。
ぱきっ
頭蓋骨が、割れた。
目がぐるりと回り、白くなる。
涙が血に変わり、留まる事無く流れる。
頭蓋骨から、しゅるしゅると鮮やかな緑色の茎が伸びてきて、その先端に有る血濡れた蕾が、開いた。
ずずず、と、割れた頭蓋骨まで、土に沈んだ。
後には、華を養分とした美しい花が、風に揺れるだけだった。
「紫…”孤独”、いーい色だねぇ」
ひひひひ、と
不気味な笑い声が風に流れて消えた。
作者退会会員
どうも。
「学校の七不思議」シリーズ第三弾です(`・ω・´)
勢いで書いたので、酷い駄文だとは思いますが、暖かい目で見ていただけたら幸いです(´・ω・`)
誤字、脱字ありました御指摘お願い致しますm(_ _)m