「あれぇ…何これ…?」
美緒が何やら困っている…
居間のドアを開け、入って行くと、
美緒がパソコンのマウスをクルクルしながら首を傾げている…
「どうしたんだ?」
困った顔をしながら、私の顔を見ると口を尖らせて
「今ね…ネットオークションの仕事してたの…そしたら何かメールが届いたもんだから見たらURL付きのメールで…何の気なしに開いたの…そしたらほら…」
と言いながらノートパソコンを私の方に向けて見せた…
『自殺志願者募集』
と表示されていた、恐らく自殺サイトなどのものだろう…
「消したらいいだろ」
と言うと依然、口を尖らせたまま首を横に振った…
「消えないの…」
そんなはずはないだろう…と私もパソコンに向かい、色々と試してみた…
何だこれ…どこをどうやっても消えない…
仕方が無い、シャットダウンしよう…と[スタート]の位置に矢印を持って行き、クリック…
『無反応』
再度クリック…
『無反応』
ダブルクリック…
『無反応』
何だコレは…こんな事あるのか?
壊れたのか…?
「どう?」
美緒が私の肩にもたれながら尋ねる。
「いや…どうにもならないから、電源ボタンを押してみよう…本当はやりたくないけど…」
ポチッと…
……………
あれ?
そんなバカな…
消えない…
くそっ!と何度も押す…
頭に血が上り
コンセントを引っこ抜いた。
消えるわけがない…充電式だ…
面倒なので、ディスプレイを閉じた…
二人で顔を見合わせ首を傾げ、苦笑いをした…いや、えへへ…あはは…と笑った。
いや、正直な話笑い転げた…
だがこの、ぬる〜い雰囲気の後に、またこの
『リサイクルショップ 千石』
に怖ろしいことが起こり始めることなど、二人には知る由もなかった…
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私は中古品の買取、販売を行う店を営んでいる。名がなんともダサい…
『リサイクルショップ 千石』
まぁ、父がネーミングした名だが…
変更するのも面倒なのでそのままにしている。
ウチは代々、質屋を営んできたそうだが…
親の代から質屋では聞こえが悪いと、今の買取販売の形に変更したそうだ…
というか、質屋だった頃のことはよく覚えているのだが…
それはさておき…
うちにはアルバイトとして、
『皐月 美緒(さつき みお)』
という、女性を雇っている。
いや、雇っているなどと言ったら美緒に叱られるだろうな…
というのも、苗字は既に変わっている…のだが…どうも…この
『千石 美緒』
というのは、良くない…
なんだか格好が悪い…
その事を美緒に話すと、そんな事ない!と怒られてしまったが…
我々が夫婦となってからも、この店には何時ものように曰く憑きのものが、持ち込まれている…
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パソコンの不調を合図に、他の家電にも不調のものがで始めた。
洗濯機は回り始めたら止まらなくなるし…
電子レンジは熱が上がりすぎて、危うく火事になるところだった…
長年この仕事をしきて、修理などもしていたので、自分で直そうと修理に取り掛かったが、どこも異常は無く…仕方なく、家電メーカーに送ることにした。
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トラックに家電を載せていると、一人の客が訪れた…
「どうかしたの?千ちゃん…その洗濯機…」
見ると、近所に住む古い友人
『縄手 敬三」
だった…
「壊れて、直しに出そうかと思ってね…んしょっ…っと」
そう答えると、不思議そうな顔をしながら
「千ちゃんなら、直せるんじゃ…?」
と言って、洗濯機の上を撫でている…
「ダメだったんだよ…何がどうなってんのかサッパリでね…」
冬だというのに汗をかきながら答えると…
「ふーん…」
と、店に入って行った。
「そういえば、千ちゃん…奥さん貰ったんだって?」
店内の商品を物色しながら縄手が聞く…
ああ…
と素っ気なく答え、電子レンジをトラックに積んでいると、ヘラヘラしながら縄手が店から出てきた。
「若い娘なんだってね…?こいつぅ…隅におけねぇなぁ…げへへ」
奇妙な笑方をしながら、肘で私の脇腹をつつく…
「何歳差なの?」
急に真面目な顔をして、聞いてくる。
「さあ…あいつが23…俺が43歳だから、20か…」
なんとも言えない顔をする縄手…
「大丈夫かい?それ…話し合うの?」
余計なお世話だ…
ふんっと無視をしてトラックのエンジンをかけた…
そこに、美緒が買い物から帰ってきた…
「あっ…いらっしゃいませぇ!少しお待ちくださいね…主人、これから用があって出かけるので、対応は私が…」
と慌てて、店に入って行った…
「おいおい…可愛い娘じゃないか…へぇ…お前さんもなかなかやるなぁ…」
と丸い目をさらに丸くして、私を見た。
「何と無く…成り行きだよ。俺は何をしたわけでもない…あっちからプロポーズされたんだから…」
「なに?!馬鹿野郎!そんなことってあるか?お前みたいな陰険で無愛想な男に…いや、失礼…でも、羨ましいなぁ…」
本当に失礼な奴だ…
しかし、自分だって『陽子さん』という綺麗な奥さんがいるくせに…
「じゃあまたな…」とトラックに乗り込み、電気屋に向かう…
バックミラーを見ると、奴はポケットに手を入れたまま、ぼうっと見送っていた…
電気屋に着き、店員に事情を話し、一緒に荷物を下ろす。
すると、店員はこんなことを話し始めた。
「これですけどね…保証期間も過ぎてますし…高く付いちゃうと思うんですよ…どうですか?この際、買い換えてみては…」
店の常套手段だな…
確かに、このままメーカーに修理に出せば、其れなりの修理代がかかるだろう…
と言っても、私としては新品を高い金を払って買うつもりはない…
それだったら、自分の店にある、中古品を下ろして使うだろう…
「それ…使い慣れているものなので…なんとか直してもらいたいんだけど…」
そう答えると、なんなく、
「そうですか…ほんじゃあ…そちらの紙にお名前と住所をお書きください…」
と言って、台車に乗せられた洗濯機と電子レンジを店の奥に運んで行った…
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家に帰ると縄手がまだいた…
妻の美緒と何やら話し込んでいる。
「おっ!?ヒーローのお帰りだな!」
何を言っているのか…?
まさか、美緒のやつ…余計なことを話したな…
ため息を飲み込み、エプロンを首にかけた…
「店長?さっきね、別にお客さんが来たの…店長いないって伝えたら、また来ますって…」
「名前は言っていかなかったのか?」
「うん、でも…ひょろっと背の高い中年の人だったけど…」
誰だそれ…
そんな常連は居ないが…
新規の客かな?
と考えていると、縄手が「いっひっひ…」と不気味に笑いながら話しかけてきた。
「おいおいっ…聞いたぜお前と奥さんとの…なんて言うんだ…その…馴れ初めか?…色々と…ぶひひ」
やはり、美緒のやつ…
「おい…美緒…余計なことをこいつになんか話すなよ…こいつは歩くラジオみたいなやつなんだから…」
「おいおいっ!そんな言い方無いだろぅ…この好きもんめ!このドスケベッ!エロ男爵っ!憎いぞこの野郎っ!!」
何を話しやがったのか知らないが、仕事がある…店に用のない邪魔者は追い出さなくては…
「また…今度飲みにでも行こう…その時に話すから、今日は帰ってくれ。忙しいから…」
そう言うと、「分かったよぉ…」と帰っていった…
縄手が店を出るのを見送っていると、美緒がカウンターに両肘をつき、顎を両手に乗せ、私の顔を見ながら
「忙しいって…なんかあるの?
今日…」
と聞いた。
「うん、店を改装しようかと思ってさ…改装ったって、大掛かりな工事とかはしないけど…
ほら、前にお前が…古着も売りたいとか言ってたろ?
始めようかと思ってな…」
と言うと、初めは驚いた顔をしていたが急にまんべんの笑みに変わり、カウンターを乗り越えて私に抱きつき
「店長大好き!!」などと言ってキスを沢山された…
「わたっ!危な…よせ…カウンターのガラスが…」
必死の抵抗も虚しくされるがままであった…(まあ、そんな事はどうでもいいが。)
「でも店長?こんな狭い店の何処に洋服を置くの?」
「ふふ…それは大丈夫。
彼処のテレビの棚の奥を見てみな?」
指を差すと、美緒はうん…と頷きながらテレビの後ろを覗き込んだ………
「扉があるだろ?」
「うん、あった!この奥に部屋でもあるの?」
「いや、ちょっとそこの棚を退かさなきゃいけないんだ…手伝ってくれ…」
と二人でやっとの思いで棚を退かした。
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美緒が息を切らせながら、恐る恐る扉を開き中を覗く…
「あれ?階段?」
「うん、このビル、内階段があるんだ…
そこから上がると二階の探偵事務所に繋がってる…
一応、三階まで上がれるけど、三階の喫茶店
『エルミタージュ』
までは、裏の通りからしか上がれないように、こっち側は三階への途中に鍵がかけられて上がれない…
彼処はウチとは、関係ないから、家賃なんかは別の不動産屋に支払ってるみたいだ…知らなかったろ?」
そう尋ねるとコクンと頷き、振り向いた…
「そういえば、店長と私が入籍した後、挨拶に行こうって思って…外階段から行こうと思ったけど行けなかった…」
「だろ?テレビの棚は片付けて、そこから上がれるようにしようと思ってな…上の階を洋服専用で使う。」
「えー…でもあそこ、探偵さんの幽霊が…」
「いや、もう大丈夫だろ…あの日記も処分したし…ほら、お前も知ってるだろ?
あの、刑事の刈谷さん…
あの人の弟さんだったんだよ上の階で探偵事務所開いてた男は…
どうりで刈谷さんの顔は何処かで見たことのある顔だと思ったんだ。
で、刈谷さんに話をしたら、日記を捜査のために預かりたいって言うから、持って行ってもらったんだよ…」
(シリーズ13 〜探偵日記〜とシリーズ17〜死神の浪江〜参照)
だが、そう話しても、何と無く乗り気になれなそうに私を見ていた…
「自分の事務所を古着屋に変えられたら、流石のあいつも成仏するさ…大丈夫。私がついてるだろ?」
と言うと不安そうにしていた顔が笑顔になった…
(この娘は笑顔が一番いい…笑うと出来る頬のえくぼが何とも可愛っ…いやそんなことはどうでもいい…)
なんとか説得して、話を進める…
探偵の部屋に入ると、美緒は驚いた。
「あれー!?何にも無い!ベットも机も…」
「うん、前に美緒が弟君のウチに行った時にみんな片付けちゃったんだよ…」
そう話すと、少しさみしそうな顔になった…
美緒も、いろいろ変化する顔になったな…
ここに来た時は、こんなにも表情豊かじゃなかったのに…
「隣の倉庫に昔使ってたマネキンとか、ハンガーなんかがあるから、持ってきてよ…」
「え?前は古着も扱ってたの?」
目を丸くして、振り返る…
「うん…親父が生きてる頃はね…その後は私一人での経営で、手が回らなくなってね…でも今はお前がいるだろ?だからさ…」
と答えると、美緒はニコッと笑って、隣の倉庫に走って行った…
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「服まで買い揃えてるとは思わなかったな…凄いね店長…」
しみじみとした顔で店内を見渡し美緒が言う。
それは、美緒がインターネットでオークション販売を始めてくれたおかげ…
経営にも余裕が出来たからだ。
「でも、あのマネキンは不気味すぎ…」
「ははは…使ってなかったからな…虫食いがあんなに酷いとは…」
そう言うと、きゃはは…と笑っていた。
「ふぅ…くたびれたな…休憩にするか。」
「じゃあ私、珈琲入れるね!」
「いや、たまには店を一旦閉めて、三階のエルミタージュに行こう…彼処のカツサンド…美味いらしいんだ…私は食べられないけど…」
「本当!やったぁ!…でも店長、どうしてカツサンド食べられないの?」
「衣の下に卵使ってるだろ…」
「あ…そっか。アレルギーだったね。前に、知らないで私が親子丼作ったら、店長…食べられなくて、私一人で二人分食べたことがあったね…あの時はお腹、はち切れるかと思った…」
ということで、裏通りに出て、ビル三階のエルミタージュへ…
磨りガラスの扉を開くと柱が目の前にある。
レジを通り過ぎて、奥のスペースにテーブルやソファがある。
店はガランと空いている…
お客は隅の席に一人…
ノートパソコンを睨みながら気味の悪い笑みを浮かべている…
薄暗く、隠れ家と言った雰囲気。
『エルミタージュ』
というのはフランス語で
『隠れ家』
と言う意味らしい…
美緒がそんなことを呟いていた。
珍しい形態で、カウンターがない。
あっても、レジ台位だ…
店員を呼ぶ…
「すいませーん!」
『………』
「こんにちはー!」
奥からパタパタと足音が聞こえた。
「ごめんなさい…えっと…いらっしゃいませ、二名様ですか?」
息を切らしやって来た店員に頷く…すると、席へ案内され、お冷が出された。
「ご注文お決まりでしたら…」
「珈琲二つと…美緒?カツサンド食べるか?……じゃあ、カツサンド一つ…」
「かしこまりました!しばらくお待ちください…」
注文書を書きながら、奥へと消えていった…
珈琲は奥で入れているようだ…
美緒と今後のことや、店のことを話していると、間も無く珈琲が運ばれてきた。
アメリカンのようだ…
口をつけて、二人で美味しいねなどと話していると、直ぐにカツサンドが運ばれる…
美味そうだ…
食べられないのが惜しい…
モグモグと美緒が幸せそうな顔でカツサンドを食べる様子を見ながら、あることを考えていた…
ここの店主…最近姿を見ていないな…
以前は何時もゴミ出しなどの時に顔を合わせていた…
しかし、最近ではゴミ出しなどにも、地区の会合などにも一切出なくなっている…どうしたのだろう…
ふと、美緒の後ろに目が行く…
奥からまた店員が、トレイの上にマグカップを乗せ出てきた…
店員の様子を眺めていると、隅の席の客の元に運んでゆくようだ…
可愛らしい娘だ…
美緒とは別の魅力がある。
女子高生かな…?
暫くその店員を眺めた。
マグカップをその客のテーブルに置くとパソコンを覗き込み
「あれ?お客さん…このサイト…私も読んでるんですよ!スマホで…ですけど!」
明るい娘だな…
それに比べあの客は暗い…
ボソボソと言っていることが聞こえない。
人との会話が苦手な人なのだろう。
なんだかんだと会話をして、急に店員の娘が大声を上げる。
「え?なんてアカウント名ですか?読んで見たーい!!」
すると、奥から店主が出てきた。
久しぶりに見たその顔は何と無く痩せ細ったような印象があった…
店主は、その店員を見ると…
「絵美ちゃん!ちょっと…こっちお願い…」
と、声をかける。
声にもハリがなくなった…どうしたのか?
ん?絵美ちゃん?
ああ!何処かで見たことのある娘だと思ったら『縄手 敬三』の娘さんの絵美子ちゃんか!
大きくなったな…奥さんによく似て可愛く育ったものだ…あいつの奥さんには私も以前、恋をしていた。
『陽子さん』
ここらで育った私の世代の中では、陽子さんはアイドルだった…
清楚で、可愛くて、明るく皆に好かれていた。
そんな過去を思い出して、にやけていると
「店長…あの娘、見過ぎ…」
と、ムスっとした顔で美緒が私を睨む…
すまん…と頭を掻いている時、店主と目が合った。
店主はペコっと頭を下げ、奥へと消えていった…
何故かその姿に何と無く、意味知れぬ不気味さを感じた…
「美緒…この店、出よ…」
何故か分からないが嫌な予感がした…
死んでる。
生き物ではない。
そんな気がした。
お守りで首にかけてあった、『不老不死の石』がそんな事を言っているような気がしたのだ…
(シリーズ12 〜人面瘡と不思議な石〜参照)
お金を置いて、急いで店を出た。
美緒は首を傾げながら、何?何?とついて来る…
階段を駆け下り、ビルの横をすり抜け、表通りに出ると…
なんだかホッとしたのを覚えている。
その時、美緒が口を開く
「店長…あの店のマスターが、さっきウチに来た人だよ…」
なっ!?
「そういえば、何しに来たか話してなかったのか?」
「えっと…おいとまの挨拶に伺ったとかなんとか…」
おいとま?
それじゃあ、あの店を畳むってことか?
「どうしたの?」
美緒が私の顔を覗き込む。
「いや、何でもない…」
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店の鍵を開け、扉に掛けてある[Close]を[Open]に戻す。
カウンターに座り、考えてみた…
おかしいのだ…
今朝、私に会いに来たのなら、何故、店で目があった時に、挨拶をしに来なかったのか?
それにこの胸騒ぎはなんだ…?
その時、突然電話がなる。
ピクっと反応して、取ろうとすると…美緒が先に取った。
「はい、リサイクルショップ千石です。……はい、おりますが…少々お待ちください………んっ……縄手さん。」
「縄手?なんだろ…」
受話器を受け取り、耳を当てる。
「もしもし…どうした?」
『あっ…千ちゃん…絵美子、そこにいない?』
は?どうかしたのか?
「いないよ…」
『おかしいな…今日な、絵美子が初めてアルバイトを始めたってんで、行ってみようと思って、今朝、女房に何処で働いてるのか聞いたんだよ…そしたら、リサイクルショップの近くだって言うから、探したんだけどよ…そんな喫茶店、何処にも無いだろ?
だから仕方なく帰ってきたんだけど…そろそろ帰ってくる頃だってのに帰らないんだよ…』
「は?何言ってんだよお前…喫茶店なら、ウチのビルの三階にあるじゃねえか…そこで絵美子ちゃん見たよ…しっかり働いてたから心配するな…」
『は?何だそれ…そんなわけねえだろ!』
意味のわからないことを、急に怒鳴るので、驚いて受話器を少し離すと、
『そこの喫茶店なら一年前に店主と奥さんが自殺して、店なんかとっくに無いだろ!?
今あるのは、わけの分からない宗教の教会じゃなかったのかよ?』
作者ナコ