十七回目の投稿です。
前回までのあらすじは大変恐縮ですが割愛させていただきます。
あれは高校一年の寒い寒い冬のことだった。
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「ピピピピ、ピピピピ…」
目覚ましのアラーム音で目が覚めた。
時間を確認すると、朝の七時丁度である。
学校に行く準備をするためにベッドから起き上がろうとするが、体が思うように動かない。
動かないどころではなく、首・背中・腰に鈍痛を感じるのだ。
動くのを嫌がる体に鞭打ちながら、なんとか必死に寝返りを駆使しベッドから降りる頃には、部屋の時計の針は七時半を指していた。
ため息をつきながら支度をして家を出る。
通学路のサイクリングロードをふらふらと自転車を漕ぎながら、昨日の出来事を頭の中で整理をしてみる。
倉持さんのところに夜な夜な来ていたのは愛犬のシェルではなく、『白い大きな犬』であった。そして、倉持さんの右手の傷は身に着けていたパワーストーンのブレスレットに宿っていた強い邪念が原因であり、そのブレスレットは倉持さんのクラスの子の手作り…
厄介だ…、なんて厄介なのだろう…
考えれば考える程に頭が痛くなる。
たまらず自転車から降りて、近くのベンチに腰掛けた。
サイクリングロード沿いに流れる川をただ茫然と眺めながら、多分鞭打ちであろう首をさする。
「隣に座っていい?」
優しい柔らかい声が聞こえたのと同時に、僕の隣に誰かが腰かけた。
曲がらない首を無理に曲げて隣を見ると、同じ学校の制服を着た長い黒髪の女子が座っている。
一瞬七海と見間違えてしまったが、その子は少し目がつりあがっていて、きつそうな印象の子であった。
「今、私を見て誰かと見間違えたでしょ?」
僕はギクリとした。その子は僕の反応を見てクスクス笑っている。
「な、なんで分かったんですか…?」
その子はじっくりと僕の瞳を見つめてくる。
「顔に書いてあるよ!それに私のことキツそうな人だと思ったでしょ?」
僕は咄嗟に目を逸らしてしまった。まるで心を読まれているような気分でとても不快に感じる。
「ごめんごめん!怒らせちゃったかな?私は『佐伯好美』。君と同じ高校だよ」
佐伯好美…全く知らない人だ。しかし同じ高校とは言え、全く面識もない人にこんな風に話し掛けるか?否、ないだろう。
僕は嫌な予感がしてきたため、一刻も早くここから立ち去ることにした。
「それじゃあ僕はこれで」
僕は相手に名前を名乗らずに立ち上がろうとした。
「おーい!りゅぅぅぅごぉぉぉ!」
聞き慣れた声がチリンチリンという自転車のベルと共に近付いてくる。
「キキー」
急ブレーキを掛けて僕の目の前に立っているのは、友達の塚原亮介であった。亮介は佐伯さんのことを見るなり、ニンマリと不気味な笑顔に変わる。
「おい、龍悟!こんな所で朝から何してるんだよぉ!その子誰なのよ?」
亮介は意地の悪そうな話し方でじろじろ僕と佐伯さんを見てくる。
「え?いや僕はただ具合が悪くてベンチに座ってるだけで…」
「へぇー、具合が悪くて朝からベンチで女子と仲良くしてたってことねぇ…一応七海ちゃんに報告しときます!」
亮介はウインクをして猛スピードで自転車を漕ぎ始めた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
僕は佐伯さんに軽くお辞儀をして急いで自転車に跨がり、亮介を追いかけた。
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学校に到着し、急いで教室に向かうと亮介はすでに自分の席に座っていた。
「亮介!さっきのことなんだけど…」
「何でかなぁ…」
亮介は腕を組んで不思議そうな表情を浮かべている。
「え?何かあったの?」
「いやぁさぁ、七海ちゃんにさっきの出来事を朝一で報告したんだけどさぁ…俺のこと全く無視するんだよね…」
「えっ…。どういう風に伝えたの?」
「ん?だから龍悟が朝からベンチで女の子と楽しそうにしてたって言ったんだよ。そしたらさぁ、それから何を話し掛けてもシカトするんだよなぁ」
「キーンコーンカーンコーン…」
朝礼のチャイムが学校内に鳴り響く。
何やら更に厄介なことが起こる予感を感じながら、僕はふらふらと自分の席に座った。
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《放課後》
亮介と帰る支度をしていると、七海が教室に入ってきた。
「あっ、七海!今日の朝のことなんだけど…」
「ねぇ二人とも!昨日のことなんだけどさぁ。ちゃんと解決しなきゃと思うんだ」
僕は七海に朝の出来事の説明をしようとしたが、七海はいつもと変わらない口調で僕たちに話し掛けてきた。
「あっ、うっ、うん!僕も解決しなきゃと思ってたんだ」
僕はそう言って七海を見るも、七海は一向に目を合わせようとしない。
「俺にも手伝わさせてくれよな!」
亮介は両手を腰に置き、胸を張っている。
「じゃあ早速倉持さんがいる2年B組に行ってみましょ!」
七海はそう言うと教室から出て行った。僕も亮介も必死に七海の後を追った。
2年生の階に行くと、まるでよそ者を見るかのように上級生が僕たちを見ているのが伝わってくる。気まずい空気をひしひしと感じながら2年B組の教室を目指す。
教室の前に到着すると、丁度倉持さんが教室から出てくるのが見えた。
倉持さんは僕たちに気付くと相変わらずの無表情で会釈をした。
「昨日はありがとうございました」
「倉持さん!昨日の出来事のことで話があるんですけど!」
僕たちが倉持さんに近付くと、倉持さんに続いてもう一人女子が教室から出てきた。
「沙奈?誰としゃべってるの?」
僕の心臓が暴れまわるかの如くフル活動をし始めた。倉持さんの後から出てきた女子は、今朝通学途中で僕の隣に座ってきた『佐伯好美』であったのだ。
僕の体は反射的に踵を返そうとしている。
「あっ!君は朝の!確か龍悟くんだったよね?」
佐伯さんは嬉しそうな顔をしながら僕たちに近付いてくる。
「えっ?な、なんで僕の名前を知ってるんですか?」
「ん?ああ、そこの彼が君のこと大声で呼んでたじゃない?龍悟!って」
佐伯さんはそう言ってクスクスと静かに笑った。
「そうでしたか、それじゃあ僕はこれで」
僕はここからとにかく離れようと、階段に向かおうとした。
「ガシッ」
七海が僕の腕をがっしりと痛いくらいに掴んでくる。
「龍くん待って。まだ何も解決してない」
とっさに亮介の方を見ると、亮介もさすがにやばいと感じているのか額に汗をにじませているようだ。
「何かよく分からないけど、沙奈に話があるの?そうなら沙奈の親友の私もその話の中に入れてくれないかな?」
佐伯さんは急に真顔になり、七海のことを見つめている。七海も佐伯さんのことを真っ直ぐと見つめていた。
「別に構いませんけど」
佐伯さんは続いて僕と亮介を見つめてくる。
「問題ありません…」
僕は俯きながら答えた。
「じゃあ、うちらの教室でいいよね!」
僕たちは佐伯さんの言われるがまま、教室の中に案内された。
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机を少しずらして、円になるようにそれぞれ椅子に腰かけた。
「それで、何がどうなってるわけ?」
佐伯さんは好奇心に溢れた表情をしながら訊いてきた。
七海はまず昨日の出来事を細かく佐伯さんに説明した。佐伯さんは何度も頷きながら説明を聞いていて、薄ら笑いを浮かべるかのように口元が徐々に上がっていくように感じられた。倉持さんは俯いてしまっている。
「なるほどねぇ…要するに沙奈にブレスレットを渡した人を探してるってことね?」
佐伯さんは顎を人差し指でトントン叩きながら、真剣な表情へ変わった。
「倉持さんの話によると、このクラスにブレスレットを手作りしている人がいるってことなんですが、誰だか教えてもらえませんか?」
七海が訊くと、佐伯さんはニコリと微笑んだ。
「ブレスレットを作ったのは私だよ」
佐伯さんはクスクスと笑うと、隣で俯いている沙奈さんの肩に腕を回し、沙奈さんの肩にもたれるように頭を乗せた
「沙奈が作ってくれって私に頼んだのよ。私と遊んでみてどうだった?」
。
何を言っているんだこの人は…
佐伯さんの言っていることが全く理解出来ない。もし仮に佐伯さんがブレスレットを作ったのだとしても、それをどうして倉持さんが佐伯さんに作るように頼んで自分で身に着けたのか。
横目で七海の方を見ると、七海は怪訝な顔をしたまま黙っている。亮介はというと、口をぽかんと開けたまま思考停止しているようだ。
「倉持さん、これはどういうことですか?佐伯さんが今言ったことは事実なんですか?」
僕は強めの口調で倉持さんに訊いてみたが、倉持さんは依然として静かに俯いたまま反応は無い。
「倉持さん…」
「パンパンパンパン」
七海が倉持さんに声を掛けたところで、佐伯さんが七海の言葉を遮るかのように手を叩いた。そして僕たちの方に顔をずいっと近付けてくる。
「そんなに怖い顔しないでよ!それより私の話を聞いてくれないかな」
佐伯さんはそう言うと、僕たちの反応を待たずに話し始めた。
「うちの学校って造りが少し変わってると思わない?ここは昔は病院が建ってたんだって。その病院はちょっと変わってて風邪ぐらいの軽い症状でも入院をさせられちゃうところだったみたい。それに悪い噂が絶えないところで、その病院に入院したら最後、退院できる人はほとんどいなかったらしいの」
佐伯さんの顔は徐々に悲しげに曇っていく。
「それに、入院している患者に許可なく試験薬で実験を行っていたの。副作用が強い薬が多かったみたいで、ベッドで一日中嘔吐している人や、体を掻き毟る人、骨が変形してしまう人までいたんだって」
佐伯さんは胸の前で腕を組み、体をすくめて前かがみになった。
「実験を受けさせられた人の中には多くの子供たちがいたんだって。子供たちはベッドの上で苦しみながらも『あそんでぇ、あそんでぇ』って言い続けてたんだって…」
そう言うと佐伯さんはゆっくりと俯いた。
「病院が改装されて今のこの学校があるんだけど、夜になると子供たちの声が聞こえてくるんだって…」
佐伯さんは俯いたまま、肩を震わせている。佐伯さんの様子を見て、背筋に冷たいものが走った。教室に凍えるような冷たい空気が流れてくる。いつの間にか辺りは暗くなり、僕たち以外の人気は感じられなくなっていた。
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「さ、佐伯さん!さっきからなんなんすか?ただの冗談っすよね?!とっ、とりあえずもう真っ暗なんで今日のところは解散しちゃいますか!」
亮介の声は酷く裏返っていた。
「ガタン」
教室に入ってから俯いたままで何も反応の無かった倉持さんが、急に立ち上がった。
「私はこれにて失礼致します」
倉持さんは無表情のまま淡々と告げ、教室から出ようと足を一歩前に出した。
「待って!」
七海は大きな声を出して立ち上がった。
「倉持さん、あなたはいったい何がしたいの?」
七海の声に倉持さんはピタッと動きを止める。そして首だけを七海の方へ向けた。
「七海さんならもう分かっていると思いますが、そこに座っている『佐伯好美』は『生きた人間』ではありません。その子はこの学校に取り憑いている怨霊です。その子を解放するには、こうするのが最善の策と判断したため、ここに貴方方を来させるように仕向けた次第です」
倉持さんは軽く会釈をして教室から出て行ってしまった。
「ちょ、ちょい待ちぃぃぃい!」
亮介は弱弱しい声を上げながら、倉持さんの後を追いかける。
「バン」
勢いよく教室のドアが閉まる。
「えっ?えっ?これどうなってんの?」
亮介は頭を抱えてパニックに陥っている様子だ。
「ビタンビタンビタンビタンビタンビタン…」
身のすくむような奇怪な音の方へ視線を移すと、教室の窓に手がぎっしりと張り付いているのが見えた。
「ゴリ…ゴリゴリゴリゴリ…」
骨のきしむ様な音が教室に響き渡る。
佐伯さんを見ると、先程とは別人のような姿になっている。髪はずるりと抜け落ち、皮膚は赤黒く変色し、七海に視線を合わせたままゴリゴリと音を立てながら自分の右腕に噛みついている。
「ドスン」
そいつは前のめりのまま前に倒れ込み、七海の足首を掴むと一気に七海を転ばせた。
「あそんでぇ…あそんでぇ…」
そいつは七海に馬乗りになると、左手で七海の首を掴み、右手で髪の毛を引き千切るような勢いで引っ張った。
「やだ!痛い痛い!」
七海の顔が苦悶の表情に変わる。
僕は咄嗟に椅子を持ち上げ、そいつの頭に向かって叩きつけた。
「グヌゥ…」
叩きつけた椅子の脚が、そいつの頭に深くめり込んでいる。
身震いするような光景に、僕は思わず椅子から手を離してしまった。
「ズズズズズ…ガタン」
椅子はそいつの頭からゆっくりと下にズレていき、床へ落ちた。
そいつは首を傾げるような形で僕の方を向き、ギョロリと視線を合わせてくる。
ニタリと笑うと、まるで蛙のような動きで飛び跳ね、僕の目の前にしゃがみ込み、僕の顔を嬉しそうに見上げている。
そして左右に首をゆっくりと傾け続ける。
「カカカカカカカカ…」
気味の悪い声を発しながら、そいつはしゃがみ込んだ体制から僕の顔めがけて飛びついてきた。
僕は飛びかかってくるだろうと予想していたため、スレスレのところで避けて素早く七海に近付いた。
七海は放心状態になっている。僕は七海の両肩を掴むと、強めに体を揺すった。
「七海しっかり!」
「龍…くん…」
焦点の定まらない七海を無理やり立たせ、教室のドアまで移動した。
「ふんっ!ぐぐぐぐぐっ!あ、開かねえぞぉ!」
亮介は必死でドアを開けようとしているが、ドアはびくともしないようだ。
「ドスン…ドスン…」
あいつがもう後ろまで来ているのが分かる。
「カカカカカカカカ…」
後ろを見た瞬間にそいつは僕たちに向かって飛びかかってくる。
僕たちは避けることが出来ず、勢い良くドアにぶつかり、ドアごと廊下に倒れ込むような形になった。
僕はすぐに起き上がり、七海を立たせてから七海の腕を掴み、廊下を真っ直ぐと走った。
「亮介!とにかくここから出るよ!」
僕は亮介に向かって叫ぶと、亮介は全力疾走で僕と七海のことを抜かし、階段を物凄い速さで駆け降りていく。
「ビタン…ビタン…ビタン…ビタン…」
廊下の窓ガラスは手でびっしりと埋め尽くされている。
七海が転ばないように気を付けながら、階段を降りて正面玄関へと向かう。
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正面玄関を出たところで亮介が待ってくれていた。
「龍悟…ほんと悪い!俺先に帰ってるわ!」
亮介はそう言ってまたも全力で校門を駆け抜けていき、すぐに見えなくなってしまった。「あそぼぉ…あそぼぉ…」
僕たちのすぐ後ろで声が聞こえる。
「龍くん、ありがとう」
七海はいつもの表情に戻っている。
「七海、ここから早く離れよう!ここから離れればもしかしたらあいつは追ってこれないかも!」
七海はコクリと頷き、校門の方を向いた。
僕たちはそのまま校門を無事に走り抜けることに成功した。
僕と七海はお互い肩で息をしながら、祈りの気持ちを込めつつ今通ってきた校門の方を振り返る。
「ハァハァ…やった!ハァハァ…これで一旦は安心だね」
「ハァハァ…うん…ハァハァ…」
校門にはあいつが地面に手をついてしゃがみ込んでいるのが見える。思った通り僕たちを追ってくる様子はみられない。
「一度帰って七海のお父さんにどうしたら良いか聞いてみよう」
僕はそう言って七海の手を取り、ここから離れようとしたが、七海は眉間にシワを寄せて校門の方を見つめていた。
「七海?」
もう一度校門の方を見ると、今度はあいつが立ち上がっているのが見えた。
「ま、まさかね…」
七海は僕の手を強く引っ張る。
「龍くん逃げるよ!」
あいつは急に走り出し、校門をいとも簡単に通り抜け、物凄い勢いで僕たちに近付いてくる。
僕と七海は再び全力疾走をすることとなった。とにかく大通りを目指して無我夢中で走る。全力で走っていることと、あいつの足音が徐々に近付いてくる恐怖で心臓の鼓動が激しくなるのと共に嗚咽感までもこみ上げてくる。
後少しで大通りに出られるところまできて、あいつとの距離を確認するため僕は素早く後ろを振り向いた。
「ドンッ」
鈍い音が聞こえたと思ったら、僕の体はいつの間にか地面に横たわっている。
何が起きたのか分からない。ただ、じんじんとした痛みが体中から感じられる。
肘を立ててなんとか上半身を少し起こせたが、息が切れているのと全身に痛みがあることで、立ち上がることが出来ない。
「龍くん!」
七海の僕を呼ぶ声が聞こえる。
顔を上げると、そこには異様な光景が僕を待っていた。
僕の目の前に熊が立っている。いや、熊のような大男が立っているのだ。暗くてよく見えないが、髪型はパンチパーマでサングラスをしているのが分かる。
「おい、痛ぇなこら」
その大男は太い声でそう言うと、僕に顔を近付けてくる。近付いてきた顔には無数の傷が確認できる。
僕は叫び出しそうになるのを必死で堪えた。多分、いや確実に僕はこの大男に酷い目に合わされるに違いない。
そんなことを考えていると、目の前の大男のすぐ後ろにあいつが立っているのが見えた。大男の脇から顔を出し、僕を見つめてニタニタと笑っている。
「う、後ろ!」
僕はこの大男にはあいつの姿が見えないと分かっていたが、反射的に声が出てしまった。
「あ?後ろがどうしたよ」
大男は眉間に酷くしわを寄せ、ゆっくりと後ろを振り返った。
七海がすぐさま僕に近付き、不安そうな表情で僕を見つめる。
僕は体に鞭を打ち、七海の肩を借りてなんとか立ち上がった。
大男はまだ振り返ったままだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
僕は七海の手を取り、大通り目指して走り出した。
後からは低い呻き声と砂袋が地面に落ちるような音が何度も聞こえてきたが、僕にはもう振り返る余裕はなかった。
大通りに出ると、七海は後ろを振り返った。
「ハァハァ……もう…追ってこないみたい」
僕は七海の言葉に安心して、膝に手をついて息を整えた。
「七海、帰ろう」
「うん」
僕と七海はお互い無言で歩いた。先程の出来事のことを話したかったが、しゃべる気力がわいてこなかった…
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七海の家に着くと、七海は俯いてしまった。
「七海?」
七海は僕の正面に体を向けると、僕の胸に顔をうずめてくる。
「やだ…」
七海は顔をうずめながら、僕の胸をトンっと叩いた。
「どうしたの?」
僕の問いかけに答えず、僕の胸をトントンと叩き続ける。
「龍くんが他の女の子としゃべってるのがやだ…他の女の子のことを見てるのがやだ…他の女の子と一緒にいるのがやだ…」
七海はそう言うと、ゆっくりと顔を上げて僕を見つめる。その瞳には大粒の涙がたまっている。
「龍くんの隣にいるのはいつも私じゃなきゃやだよぉ…」
瞳にたまっていた涙は次々に頬を伝って地面に落ちていく。
僕は優しく七海を抱きしめた。
「龍くん、わがままでごめんね…」
「七海、ごめん…」
僕は七海の肩の震えが止まるまで、ずっと抱きしめていた…
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《次の日》
朝、学校に到着し教室に入ると、いつものように亮介が自分の席で机に肘を立てて欠伸をしていた。
僕が教室に入ってくるのを見て、右手を大きく上げた。
「よぉ龍悟!昨日は大丈夫だったか?」
僕は亮介に近付き、亮介を睨みつける。
「大丈夫な訳ないだろ!一人で逃げやがって!あの後大変だったんだぞ!」
「悪い悪い!お前と七海ちゃんなら何とかすると思ってさ!でもよかったじゃん、無事に学校に来れてさ!」
亮介は全く悪びれる様子もなく、ムカつくほどの明るいテンションで笑っている。そんな亮介を見て、文句を言う気持ちも無くなる程に気が抜けてしまった。
「龍悟さん…」
教室の入り口から僕を呼ぶか細い声が聞こえた。振り返るとそこには倉持さんが立っている。
倉持さんの姿を見た途端に体中から怒りがこみ上げてくる。
どかどかと足音を立てながら僕は倉持さんに近付いた。
倉持さんは怒りながら近付く僕に対して、無表情のまま軽く会釈をする。
僕は倉持さんの腕を掴み、強引に廊下へ引っ張り出した。
「倉持さん!あなたのせいで僕たちは危険な目に遭ったんですよ!」
怒り心頭な僕の姿を見ても、倉持さんの表情には変化がみられない。
「驚きました。まさか一晩であの怨霊を成仏させるなんて…」
「えっ?ただ僕たちは逃げ回っていただけですが…」
倉持さんは頭を深く下げる。
「本当に申し訳ないと思っています。あれは私一人ではどうにも出来ない代物でした。色んなことを試しましたが除霊することが出来ず、霊感の強そうな貴方方にあれを取り憑かせる方法しか思い浮かばなかったのです」
倉持さんは感情のこもっていない話し方で淡々としゃべり、ゆっくりと顔を上げる。
倉持さんの言葉遣いはとても丁寧だが、言っているとこは滅茶苦茶だ。自分勝手にもほどがある。
僕は呆れてものが言えなかった。
「お礼と言っては何ですが…」
倉持さんはそう言うと、着ているコートのポケットに手を入れ、そこから何かを取り出した。
倉持さんの手の平の上には小さな木箱が乗っていて、その木箱は細い紐で縛られている。
「開けてみてください」
その木箱は見るからに怪しい雰囲気を醸し出していたが、好奇心に負けてしまい僕は木箱を縛っている紐をつまんでしまった。
少し力を入れただけでスルスルと簡単に紐は解けていった。
ゴクリと唾を飲み込み、木箱の蓋に手を掛ける。ゾワゾワとつま先から頭の天辺にかけて鳥肌が立つのが分かる。
恐る恐る蓋を持ち上げていくと、箱の中身が見えた。
「こ、これは何ですか?」
木箱の中に入っていたのは、楕円形をしていて、色が白く、いや少し黄色がかった『何か』が一つ入っている。
明らかに『やばい』物であることに間違いない。僕はその箱を受け取らずに一歩後ずさりをした。
「爪です…」
「えっ?」
「これは『爪』です」
「えっ?誰の?」
僕は思わず訊いてしまったことを深く後悔した。
倉持さんの瞳の奥にある深い深い闇が、じわじわと僕の心に侵入してくる。
関わってはいけないものに関わってしまったことを実感するのに、そう時間は掛からなかった…
作者龍悟
読んでいただきありがとうございます!
今回の話はまだ続きます。後どれくらい長くなるか僕にもまだ分かりませんがお付き合いいただければと思います!
今回は話を詰めすぎた感がありますので、もっとこうした方が読みやすい等のアドバイスも是非お待ちしております!