餓鬼。ご存じでしょうか。
餓鬼に取り憑かれた人間は見たことがありますか。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「気をつけてね。バスで気分が悪くなったら先生に言うねんで。」
「はぁ〜い。ママ!行ってきまぁす!」
「いってらっしゃい!」
今日は娘が待ちに待った自然学校。
昔で言う林間学校のようなもので、小学校高学年になると五日間参加します。
我が家は主人と私と娘の三人家族。
丁度主人が関東方面へ出張中に娘が出発。
主人は娘が帰る二日前に帰ってくる予定でした。
娘を送り出した初日、一人暮らしの経験がない私は初めて晩御飯を一人で食べました。
主人は月に数回ほどお付き合いや、仕事延長で居ないこともありますが、娘が居ないのは初めてでした。
「なんかめっちゃ寂しいなぁ。」
一度「寂しい」と思うと、やはりそのことばかりが頭に浮かびます。
「ま、将来娘が巣立ったらこんなもんか。」
片付けや入浴を済ませ、買っておいた小説や、ファッション雑誌を見るため、早々にベッドへ入りました。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「?今何時?」
時計は深夜二時を指していました。
いつの間にか眠っていたようです。
「初日からだらしないなぁ。」
苦笑い。
電気を消し、枕元を整え、再び眠りに就きました。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
『ハッハッハッ• • •』
「?」
『ハッハッハッ• • •』
「!」
やっぱり聞こえる。
犬?の息遣い。
我が家には犬は居ないのに。
『ハッハッハッ• • •』
近くなってる。
でも昔一緒に暮らしていた愛犬とは少し感じが違いました。
確認は出来ないけど亡くなった愛犬ではない、そう思いました。
布団をかぶり直そうとして気づきました。
「身体が動かへん!」
どうやら金縛りのよう。
しかし、いつの間にか寝てしまいました。
そんな状態が二日続き、主人が帰ってくる日になりました。
「ただいま〜。」
「おお、おかえり、ゆ〜!娘がいなくて寂しかったやろ。」
「そうね〜食事や寝る時がね。」
「そやな。あ、下ごしらえありがとう。晩御飯出来てるよ。」
「わあ、美味しそう!ありがとう!」
久振りの二人のご飯。
今日は出張から帰る主人の方が早く帰宅、私が下ごしらえした食材を調理してくれていました。
「俺の留守に変わったことはなかったか?」
「• • • うん、特には、ね。」
不確かな情報を主人にどう話せばいいか分からず、犬の息遣いや金縛りのことは言えませんでした。
やがて就寝時間。
その日は横に主人が寝ているので安心して眠りに就けました。
どのくらい経ったでしょう。
『ハッハッハッ• • • 』
またあの息遣い。
主人には聞こえているだろうか。
確認しようと身体を動かしたつもりでしたが。
見事な金縛りにあい、また1mmも動けない状態に。
しかし金縛りにあい始めて三日も経つと、変に慣れ、更に隣に主人が寝ているという安心感から妙な落ち着きがありました。
そして、目だけは動くということに気づき、主人の寝ている方を見ました。
間接照明のおかげで容易に見えます。
しかし眼球の動きには限界があり、全てを確認できません。
主人は久振りの我が家で熟睡している様子。
そうしていると、またあの息遣いが聞こえ、私の視界に『それ』は入ってきました。
真っ黒の大きな身体をしたドーベルマン風の犬の影。
超大型犬です。
その影が主人と私のベッドの間に立ちはだかります。
私は大きな犬が大好きですが、いるはずのない場所でそういった姿を見ると、恐ろしく感じました。
「な、誰⁉︎」
犬はスゥッと私の身体に入ってくる感じで消えました。
「え?今、私の身体に入ったよね?」
しかしそこから何も起こらなかったのでまた眠りに就きました。
朝起きると。
「昨日の夜中、えらいうなされとったで。」
「え、私?」
「うん、何や知らんけどハッハッハッゆうて。俺、疲れとって起きれんで、ごめんな。」
「起きれんのは、しょうがないよ。でもそのハッハッハッってやつ。それ• • • 私ちゃうよ。」(私違うよ)
「え?」
出勤時間もあるので超大型犬の話を掻い摘んで話すと、
「今晩、様子見よう。」
ということに。
さて、三日連続こんな事が続くと普通はかなり眠いはずなのですが、それよりもなんだか自分の意思とは別のところで何かを食べたいと思っていることに気づきました。
それは時間を追うごとにひどくなり、退社時間を過ぎる頃にはたまらなくなっていました。
私はそんなにお腹が空いてるわけではないのに何故か食べ物を口に入れたい。
スーパーに寄って調理不要で食べられる物を山程買い込みました。
帰宅し、玄関に入るや否や靴も脱がずにバリバリガツガツと食べ始めました。
ひとしきり食べると喉が乾きます。
慌ててキッチンへ行き、浄水ではなく、水道水を蛇口から飲みました。
「私、何しとんやろ。行儀の悪い。」
そう思っていても頭とは裏腹に身体は食べ物や飲み物を求めます。
食べ続けていると気分が悪くなり、トイレへ駆け込みました。
全て戻してしまうとまた、食べ物を求めます。
電気もつけず、カーテンも閉めず、着替えもせず、ただただ食べ続けていました。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
ガチャガチャ• • •
ガチャ、ガチャガチャ• • •
「おい!帰っとぉか?鍵、開けっぱなしやで!」
「お〜い!ゆ〜!おらんの?あれ?靴あるやん。うわ!なんやねん、これ、うわっ!」
「おい、ゆ〜⁈」
ピッ
部屋が明るくなり、キッチンにへたり込んで食べ物に貪りつく私を見つけた主人は
「なんなん!自分、暗いとこで何しとん!」(何をしてるの?)
「パパ、助けて• • •」
駆け寄る主人。
「自分、これ、何しとんよ。」
「食べたくて食べたくてしょうがな• • • うっ!」
またトイレに駆け込む私。
ぐったりしながらトイレから出た私に
「風呂場行けっ!」
主人にキレ気味にお風呂場へ連れて行かれ、脳天に粗塩を刷り込まれ、身体中に粗塩を蒔かれ、頭から日本酒をぶっ掛けられました。
「あぁ、あたしのスーツ• • •」
「命の方が大事やろ!」
「ぇ• • •」
主人に怒鳴られたのは初めてで、引きました。
「ええか、ここから出るなよ、電気もずっと付けとけ、俺はこれから寝室の床拭いてくる。」
十分くらい経ったでしょうか、主人がお風呂場に戻ってきました。
いつもの優しい主人に戻っていました。
「ごめんな、怖かったやろ。明日お寺さん行ったら多分大丈夫や。」
私はヘナヘナとへたり込んでしまいました。
餓鬼②へ続きます。
ご拝読ありがとうございました。
作者ゆ〜
私の書くお話は実話だけに怖さがないですが、読んでくださる方がいらっしゃって大変嬉しく思います。
餓鬼②も頑張りますのでよろしくお願いします。