流産してしまい、落ち込んでいた私でしたが周囲の理解と、次の妊娠への希望、そして托鉢のお坊さんとの出会いで前向きに考えられるようになりました。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「お数珠とお線香、赤ちゃんミルクと乳ボーロ、あとはオモチャかな?」
「そやね、ほな行こか。」
私の体調も戻り、通常の生活が送られるようになったある日、主人と私は連れ立って流産児の供養に行きました。
私達が檀家としてお世話になっているお寺に着いて、流産児に予め付けておいた名前を登録する。
一連の流れを終え、住職さんに挨拶し、帰路についた。
この日はお寺が近いこともあり徒歩だった。
何か食べて帰ろうということになり、いつもの商店街へ入った。
「あ、あの托鉢のお坊さん。」
「前話しとった人?」
「うん。」
私は歩み寄り、お椀に小銭を入れ、一礼した。
すると。
「あぁ、やっと会えた。」
と、お坊さん。
「こんにちは、この間はありがとうございました。」
「こんにちは、そちらの殿方はご主人様かな?」
「先日は家内がお世話になったそうで。ありがとうございました。」
「いやいや、あの後、失礼かとは思ってんけどね、奥さんに教えてもろた名前と生年月日やらを詳しく調べたんよ。そしたら• • • 」
あの日、私は寺へ帰ってから本堂に篭り、もう一度本を見ながらあなたの名前を詳しく調べたんや。
そしたらな。
ちょっとこないしてくれへんかな?(両手のひらを組む)
そうそう。
親指が上になった方の手のひらを見せてくんなはれ。
• • • ふむふむ• • •
反対側の手のひらも、見してくれる?
あぁ• • • やっぱり。
いや、今から言うこと、信じる信じひんは、あなた方の自由や。
そうか、聞いてくれるか。
ほな• • •
稀におるんやけどな、そういう人。
あなたのお腹に宿る長子はこの世に生まれてくると、早世してまうんや。
我が子や自分より年下の身内を亡くす事を逆縁言うねんけどな。
一度腕に抱いた我が子を亡くすほど辛いことはない。
で、その子は亡くなる時に、この世に命を置いていくんやわ。
あなた方の長子もよくできた子であなた方の腕に抱かれる前に昇天した。
そしてあなたのお腹にの中に命を置いていったんや。
次の兄弟のためにな。
ほいで次の兄弟は自分の定命プラス長子の命をもろて、健康で長生きするんや。
長子がそのまま生まれたら、ご主人、あなたが犠牲になってたかも知れん。
奥さん、あなたはこれから特に無理をせんようにね。
長子が命と引き換えに、教えてくれとんやから、くれぐれもホンマ無理はなさらんようにね。
私達はお坊さんにお礼を言って別れた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
その夜。
また夢を見た。
メーナークがこちらを見ている。
怖い、憎いはずなのになぜか私は彼女を憎めなかった。
愛おしささえ感じる。
メーナークは光の玉を私に向かってフワリと寄こした。
その光を受け取った。
淡いオレンジ色の光を放つ玉は美しく、力強かった。
メーナークと意思疎通ができないだろうか。
思い切って話しかけてみた。
「ねぇ、あなたはメーナークなの?」
玉が一層光った。
「私の赤ちゃん、死んじゃったの。でもね、お坊さんに、次の子は死んだ子の命をもらって長生きするよって言われたの。」
玉がさらに輝きを増し、視界が真っ白になった。
そして私の頭の中に優しい女性の声が響いた。
「痛かったでしょう。辛かったでしょう。ごめんなさいね。ただ、あなたを悲しませたくなかったんです。」
光がオレンジに戻る。
見るとメーナークが赤ちゃんを抱いている。
「この子は神になりました。神になる時、あなたは痛みに耐えました。そのおかげでこの子は何の苦しみもなく神になれました。そう、生を受ける前に亡くなった子は神になるのです。そしてあなた方ご家族をずっと守ってくれます。」
あの赤ちゃんは私の子供なんだ。
私は親として、赤ちゃんの苦しみを和らげることができたのだ。
あの時の安堵はこの感情だったのか。
「あなたのお友達、素敵な人ね。彼女があなたと私の橋渡しになってくれたんですよ。彼女、とても男らしい気質の方なのに女性らしい仕草と装いだったから思わず胸元を確かめてしまいました。」
ちょっと笑えた。
エリカがタイで金縛りにあった時の不届き者ってやっぱりメーナークだったのね。
「家族やお友達、周りの方を大切になさってね。そうすればあなたも幸せな人生を送ることができます。私もあなたを見守っています。」
「ねぇ、メーナーク、あなたは私を守ってくれたのに悪く思ってごめんなさい!」
「あなたの赤ちゃんが神になるため、私の使命を果たしただけです。あなたには私と同じ国の血が流れている事を忘れないでくださいね。」
そう言って彼女は消えていった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
朝、清々しい目覚めだった。
隣には主人、いつもの朝だ。
メーナークはいない。
あの光る玉も。
でも心の底から溢れる感謝の気持ちに満たされていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
数日後、実家に帰った私は、両親に名前の事を聞いてみた。
両親はお互い顔を見合わせ、父が徐に腰を上げた。
しばらくして父は古びた封筒を持ってきた。
中にはこれまた古びた便箋が三枚。
一枚目は挨拶文。
二枚目、三枚目に私の名前と、先日のお坊さんと似た数字や漢字が書いてあった。
父が説明し始めた。
あのな、ゆ〜が生まれた時、パパはすぐにお寺さんに名前の候補を持って行ったんや。そしたらな、お寺さん、どれもあかん言うねん。で、なんでか言うたらな、人には運命ってもんがあるんやけど、ゆ〜はこのままやったら自分が家庭を持った時、事故か天災で自分以外の家族、全てを失う言われてん。パパ、目の前真っ暗なってな。」
母は泣きそうな顔をしていた。
「住職さん、娘はそんな過酷な運命を背負っているんですか⁈」
「お父さん、そんな時のために姓名判断があるんですよ。」
そして私の名前は現在の名前になった。
「ゆ〜が流産しそうになった時、パパ、ゆ〜の部屋行ったやろ?あの時、よっぽど言おうか思うたけど、よう言わんかった。でもいずれ、ホンマの事は分かるんやな。」
「ゆ〜、ごめんね。」
母は泣き出した。
ケビンが心配そうに母に寄り添う。
「パパ、ママ、ありがとう、私を産んでくれて。流産した子はタイの国の神様になってんよ。あの子に私もいつかありがとうって言ってもらえる立派なママになるよ。うん、大丈夫。次は元気な赤ちゃん産むから。心配せんとってな。」
それから一年後、私は元気な女の子を授かった。
エリカも病院まで飛んできてくれた。
「ゆ〜ちゃん、おめでとう!わぁ〜赤ちゃんってちっちゃぁ〜い!あ〜ん、かわい〜い♡」
「きゃあ〜、なんにもしなくてもまつ毛が上向いてる〜羨ましいわぁ!」
メーナークの言っていた胸元の話を思い出し、吹き出す。
「え?なぁに?ゆ〜ちゃん、アタシが赤ちゃん見てたらおかしい?」
「ううん、エリカ、赤ちゃんとツーショットも似合ってるよ。」
「やだぁ〜、ホント?嬉し〜い。」
「エリカ。」
「ん?なぁに?」
私は胸元のお守りを取り出した。
「あ、ちゃんと持っててくれたのね?ありがとう。お役にたったみたいで良かったわ。」
「エリカ、ホンマ、ありがとう。」
「やだ、ゆ〜ちゃん、アタシ、なんか、あら
やだもう!どうしちゃったのかしら、ぐすん。」
「エリカ。大好きやで。これからもよろしくね。」
「ゆ〜ちゃん• • • ぐすん。こちらこそ• • • よろしくね• • • ズビッ• • • 」
「はい、ティッシュ(笑)」
「もォやだぁ!恥ずかし〜い!」
メーナーク、元気な赤ちゃん生まれたよ。
そっと一人呟いた。
エリカと私の間には、まだ目も開かぬ娘が眠っていた。
完
ご拝読ありがとうございました。
作者ゆ〜
皆様、お読みくださりありがとうございました。
今ではエリカも自分で店を持ち、従業員の女の子達を雇っています。
立派なママになったエリカ、今では素敵な彼と暮らしています。
もちろんエリカの雇い主だったママも健在です。
また近々主人と、二十歳になった娘とでエリカに会いに行く予定です。