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中編5
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高校時代の研修旅行

今は高梁市になっているが、昔は川上郡高山市(こうやまいち)と呼ばれていた所に、穴門山神社という神社がある。

高校生の頃、毎年夏に地学クラブの研修旅行の合宿をさせていただいた。

中国道や山陽新幹線はまだ開設していない時代で、山陽本線の各駅停車で倉敷まで行き、倉敷で伯備線に乗り換える。

備中高梁の駅で降りて、バスで、成羽を経て、川上町に至る。そこからはトラックの荷台に乗り、転げ落ちれば谷底という、恐ろしい山道を高山市村に向かう。

高山市村に着き、今度は軽トラックで穴門山神社へ向かう。

神社に着けば、ほとんど外界から隔離された世界である。

早朝家を出発して、大阪駅に集合し、ここに辿りつくと、もう夕暮れ、私たちは拝殿に昇殿させていただき、宮司さんのお祓いと神様へのご挨拶を済ませる。

その後顧問の先生が、ここでの心得を話してくれた。

その中で、私が高校に入学する前年に起こった話があった。

私の一つ上の先輩が、御神域に勝手に入り、悪戯をしたそうで、その後彼は帰る朝まで、心神耗弱状態になってしまった。

わけのわからないことを口走って、ずっと視線の定まらない状態だったという。

そして、その間ずっと、宮司さんが、祝詞を奏上して神様に謝罪の祈念を続けた。

帰り際、いざ出発という時、けろっと治り、その間の事は何も覚えていないという。

その後彼は、クラブをやめたらしい。

私たち新入部員は半信半疑であったが、皆、極力涜神的なことはしないように努めた。

そして、あくる日の夜はクラブ主催の肝試し、昼の間は15キロから20キロの地質調査をし、夕食後に先生が怪談を話したのちに神社から高山市まで新入部員が行く。

先生の怪談の間に先輩達が脅かす準備をする。

持ち物は懐中電灯一本、5分位の間隔を開けて一人づつ出発する。

街灯など全くない、しかも四方山に囲まれた谷道を歩く。光量が不十分な懐中電灯では足元を照らしながら歩くしかない。

特に神社周辺は木々が鬱蒼と茂り星明かりさえ差し込まない。

私はいつしか、子どもの頃覚えた十句延命観音経を唱えていた。口の中で小声で…。

1キロくらい先の鳥居をくぐるまでは神域である。

その先は所々に民家が点在していて、明かりも見え、街灯などもあって明るいのだが、

私は神域の闇の空間の方が怖さを感じなかった。

むしろ、包み込まれるような安心感があった。

歩いていると、所々先輩が隠れている気配を感じたが、誰も脅かすような気配を感じなかった。

スルーである。

鳥居の手前に社と神楽殿の吹き曝しの建物があり、そこに近づく辺りで女子の先輩が集まっているらしく脅かす練習で大きな声を上げているのが微かに聞こえてきた。

私はこの辺りから大きな声で十句観音経を唱えながら歩いた。

神楽殿まで辿り着くと、どうしたわけか、女子の先輩達が泣き喚いていた。うずくまっている先輩もいる。

何かあったらしい。

私は思わず、

「先輩、どうかしました?」

と聞く。

「もういいから早く行って行って」

そう言って、シッシッのポーズ、私は訳が分からなくなったが、そのまま鳥居の方に進んだ。

何か、かなりヤバい事があったらしい。

まだ神域の中なのに…。

鳥居をくぐると、何となく辺りは不気味だったがどうにか目的地の店まで辿りついた。

今回の肝試しで出発が最初だった私は、店のおじさんと雑談していた。そのうち新入生は全員揃い、脅かす側の先輩方も店に来た。

全員揃ったところで神社に帰った。

先輩方は、私たち新入部員に先を歩くことを促し10メートル程後ろを歩いている。

神社の石段の曲がり角に差し掛かり、殆ど全員安心状態だった。

急に石垣の影から駆け出してくる異様な影、新入部員は凍りついた。それが顧問の先生だとわかった時、全員そこにへたり込んでしまった。

社務所に帰って落ち着いた時、先輩方に言われた事、

「今度の肝試しな、お前が一番怖かった」

いやいや、顧問のM先生でしょ?

M先生は誠に不思議な先生で、理科系だが、霊的なものは否定されない人だった。

数霊術などの占いにも通じていて、霊感もある方で、この神社でもいろいろな体験をされている。

学生の頃に初めてこの地に来られた時にこんな体験をされたそうである。

先生は一人でこの神社にこもって、この一体の地質調査をされたそうで、

夏季休暇の約一月をここで過ごしたという。

山陽本線、伯備線を使って備中高梁から、バスに乗り継ぎ、神社の最寄りの集落に着いた頃には夜も更けたころであった。山間の道には街路灯などない。

明かりの乏しい懐中電灯で道を照らしながら、おぼつかない闇路を行くと、茂っていた木々が開けて、谷を隔てた向こうに家の灯りが見える。神社の社務所らしいので、

大きな声で、

「そちらは穴門山神社ですかー?」

と呼ばわると、

「Mさんですか〜?お待ちしておりました」

「N宮司さんですか?遅くなりまして申し訳ありませーん」

「お疲れ様です。そこをくだられたらすぐ門があります。そこから石段を登って来てください」

「わかりました」

そう言って道を下りかけると、

暗くてわからないが、神社の石段らしいところを、灯りが下ってくる。

かなりの速さである。

バイクのヘッドライト?

その時はそう思った。

谷に下った灯りは、先生が降りて行く道を向こうから登ってくる。

そして、

先生の数メートル先で止まり

「さあ足元に気を付けて、参りましょう」

そういうのが聞こえたので、

あ、迎えに来ていただいたのだと、

先生は思い、礼を言いながら、その時は何の疑問もなくその明かりについて行った。

谷に降りて、門をくぐり、石段を登り切り、社務所の玄関が見えた時、案内してくれた明かりは突然消えた。

上がり框のところで、烏帽子狩衣姿で待っておられる宮司さんが座っておられた。

明かりは懐中電灯でもなく、提灯でもなかった。

先生は後で言っておられた。

明かりについて何んの疑問も持たずについて行った。

そこに明かりを持った人がいると許り思っていた。

「今、お迎えに来ていただいた方はどなたですか?」

宮司さんは微笑み、

「ここではそういうことは普通にあります。

まあ深く考えずに、

先ずは神前に上がって、神様にご挨拶しましょう」

それが、この神社に初めて来た日の先生の体験であったそうである。

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