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中編6
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怨霊と商家

・・本妻が息子を産んだ時から私の暮しぶりは一変した。寝起きしていた部屋も別宅へと移され、遊び相手の手代は、いつしか丁稚へと変わっていた。「所詮、妾腹」と声をひそめて陰口を言う分には、まだ良かったが、本妻の息子が初めての七五三を祝う頃から、私の状況は更に変わった。使用人を含めた家人からの嫌がらせが一段と激しさを増したのだ。

・・生母は暇を出され里へと帰ることを強要された。まだ幼い私は、生木を裂かれるような思いが涙となり、生母の裾を掴まえて泣き叫んだ。

生母はもっと辛かったのだろう、痩せてやつれた背を向けて震えていた。泣きじゃくる私を後ろから抱きしめて止めたのは乳母だった。

肩を落として、ふらつく生母が見えなくなっても、乳母は涙を拭おうともせずに、私を抱きしめ「坊ちゃん堪忍して、堪忍」と何度も何度も、呟いていた。そして、その乳母との暮らしも土蔵の裏の日の当たらぬ小屋へとなった。

・・本妻の息子が二度目の七五三を向かえて、次の赤子が生まれた時、ついに、私と乳母も家から出される羽目になった。家督の世襲は、これで安泰となったからだろう。石を持って追われるように、放り出された。ついに私達は橋の下で身を寄せて、暮らしはじめた。

・・いつしか、山の木々も、色を変えた頃、乳母は枯れた葉が落ちるように、辛い生涯を閉じた。ぼろ雑巾のような亡骸を背負い、お寺の門を叩いた。弔いを乞うためである。

「仰ることは何でもします。私が背負っている老婆は、私を育てて呉れた、大切な母です。後生でごさいます。ご慈悲で弔ってやっては頂けませんでしょうか」

箒を片手に持ち替えた、寺男は蔑んだ目をむけて

「このお寺を何と心得る、いにしえより由緒正しき場所。己れのような乞食が立ち寄れる場所ではない、早く去れ」

・・家督、伝統?そんな、下らない事に翻弄された挙句に捨てられた。私は言い表せない怒りを胸に乳母を背負い、河原で荼毘に付した。乳母の亡骸は、またたくまに、骨となり古い木箱の中に収まった。

せめて、遺骨は見晴らしの良い所と思い、その木箱を胸に、山へと向かった。その道すがら、ゴザを抱えた娼婦が道端で客を待っていた。私を見た途端に、顔を伏せ走り去って行く女は、まぎれもなく二年前に生き別れた私の生母だった。私の怒りは、いつしか深い恨みに変わっていた。

・・緩やかな斜面に生える梅の根元、やがて来る春に咲く梅の花に思いを寄せて、乳母の遺骨を埋めた。その木に足を掛けてよじ登り太い枝と自分の首に紐をゆわえ、私は、ためらわず身を投げた、、、

しばらくすると、梅の枝から、ぶら下がった“私”を見上げている私がいた。そうか、私はもう、この世のモノでは無いんだと、思う心のひび割れから漆黒の怨念が流れ込んできた。

我らに、何の罪、咎があったのだ。許せない、いや、許してなるものか。神仏さえも見放した私は怨霊と化して、山を下り、かつて暮らした土蔵の裏へと、向かっていた。

道行く途中、人々の様々な恨みや、呪いが体に入り込み、さらに大きな怨霊の塊となっていた。

・・自分の名すら忘れたのに、憎しみは増すばかり。怨念を喰らう、漆黒の怨霊は、どのように呪い殺すか、ばかりを考えていた。

この深い恨みを晴らすには、憎い、あ奴等を絶望の淵へと追い込み、一筋の灯りすら見えぬ奈落の底へと引きずり込んでくれよう。

そうだ。父、本妻が大切に育てた、あの世継ぎの息子から始めてやろう。

我が子の死に、嘆き涙する、悲痛を喰らってやる。次は生まれたばかりの赤子だ。あの夫婦は絶望し神仏すら恨むだろう。

非道のあの父は何時でも引き裂いてやるが、最後は、必ず本妻だ。生母、乳母に辛くあたった上、使用人を使ってまで、いじめつくした、あの女は血の涙を流して許しを乞いても地獄の底を這わしてやる、、、

・・怨霊の復讐は突然、始まった。夕刻、縁側から厠へと向かう世継ぎの息子の思念を厠の窓から手を伸ばし捕まえた。

(以下からは、その息子の言葉となる)

◇◇◇

・・普段から土蔵の裏には行くなと言いつけられているが、厠で用を足していた時、ふと、厠の窓から夕焼けに染まる土蔵裏の小屋に興味が湧いた。おいらも、もう五つだ。明日は、あの小屋にしのび込んでやると心に決めた。

昼食の後片付けに走り回る女中達に見つからないように、縁側から土蔵の裏へと行った。玄関には板が打ち付けられて、とても入れないが、勝手口に回ろうとした時、一枚の雨戸が朽ちているのを見つけた。左右に揺すると案の定、雨戸がはずれた。

小屋の中は、かび臭く据えた匂いがした。ふと、眼を凝らすと、部屋の中には外の日差しを遮るような黒い霧が満ちていた。

黒い霧は意志を持ったように固まり始め、やがて人の形になってきた。と同時に「ギィ、ギィ」と軋む音が聞こえてきた。

いつの間にか、眼の前には首を吊った、黒い人が、左右に揺れている。「ぎぃやぁあぁ」

叫べども、身体が、足が震えて動かない。逃れようと這い出した、後ろで「ボダァン」と音がした。思わず眼をむけると、首吊り死体の首が落ちて、自分を追うよに転がって来た。

あまりの恐ろしさに、漏らしながら這い回り震える手を雨戸にかけた時、激痛が足に刺さった。

歯茎から血を流した眼の無い生首が、ふくらはぎを噛みながら笑っていた。

◇◇◇

・・此の商家の世継ぎであった、息子は三日三晩、高熱にうなされた挙句、布団から空を掴むように手を上げて、白目をむいて絶命した。

突然の我が子の悲惨な死に、嘆き悲しむ叫び声は怨霊と化した者への子守り唄に聞こえるのだ。さて次の赤子を、どうしてくれようかと考える矢先に誤算が生じた。

父でもある此の商家の主人は、真言のお寺に頼み、部屋に曼荼羅の結界を張った。

阿闍梨を勤める坊主の法力は強く、近づくことも叶わない。怨霊は、かつて遊び相手だった、手代に近づいた。

怯えきった手代に取り憑き殺さぬ代わりに、まずは主人を結界から出るように仕向けさせた。

息子の初七日あけに、馴染みの女が茶屋で待っている。と知らせさせると、案の定、安心した間の抜けた面持ちで、茶屋へと足をはこんだ。

茶屋の途中にある、薄暗い竹藪にしのび、息子が見たのと同じ景色を味合わせた。

ただ少し違うのは、思念の中だけでは無く、実際に手足を喰い千切り、コケシのような姿で絶命させた。

手代は無論だが、正妻も震えあがった。乳母も遠ざけて、赤子と結界の部屋に引き込もったきり、一歩も、出ようとしない。その上、厠、湯屋にいたるまで阿闍梨に結界を張らせた。

知恵をめぐらした怨霊は、恐ろしさに泣き狂う手代を再び脅した。

「正妻が湯浴びをする湯船に毒を盛れ」

「し、しかし、匂いが生じます」

「悪鬼を祓う菖蒲湯だと申せばよい」

「・・・」

「主人の死に様を忘れるな」

怨霊は、毒が正妻の身体に染みて、苦しむ姿、赤子が毒乳を喰らい泡を吹く姿を想い、低い声で笑った。

・・そして、ついに正妻が湯浴みをした。床に付いた明け方、全身に毒がまわり青紫にただれ、血を吹き出しながら絶命した。

断末の声を聞いた怨霊は笑いながら

「終わりじゃ、終わり家督は断絶じゃ」

・・すると結界の中、襖の内側から、

「ほんぎゃ、ほんぎゃ」と赤子の声がした。しまった。あの女、毒の乳を赤子にやる前に絶命しやがったな。本来なら毒の染みた乳首を咥え、泡を吹いて死んでいる筈の赤子なのに、、

突然、縁側からの叫び声に怨霊が振り返ると

・・番頭が廊下で泡を吹いて死んでいた、、

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本当に本当にありがとうございます

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ありがとうございます、へこたれモナカを過ぎて
何とか自発呼吸は出来てます、今しばし、時間を下さい

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あ、神判兄さん生きてた!…ひ… いやあお久しぶりですお元気ですか?ロビンはこの通りビンビンしております!

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めっちゃドロドロして怖かったのにオチがw

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さ、最後…

よもやの展開に面喰らいました!

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aoiさん、コメント&“怖い”ありがとうございます。僕の話は実話が主体(創造性が欠落)ですが、数少ない創造の物語を評価していただき、本当に感謝、感激です。

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来道さん、コメントありがとうございます、
プレー(笑)については墓穴を掘りそうなので、、、駄文をお読みいただき感謝!

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>番頭が廊下で泡を吹いて死んでいた
正妻、妾、馴染みの女・・・屋敷の内外問わず遊び倒した主人に負けず
主人の居ぬ間に正妻も似たような感じではなかったかと・・・
・・・とするなら跡取り息子が「本当」に主人の子供だったのか・・・
生き残った赤子は?番頭さん怪しい・・・

と、勝手に想像してみました(^^V

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ば、番頭さん・・・
おっぱいプレーはもうこの時代あったんですね

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カヤさん、“怖い”をありがとうございます。退場を考えてた僕には、本当に嬉しい事です。阿呆やって良かったと思います。

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アキコさん、コメント&怖い、本当に、ありがとうございます。また投稿させて頂きますので、宜しければ読んでやって下さい。

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オチもあって、オモシロ怖い話でした(^^)

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ロビンMさん、いつも本当にありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張りますが、是非、ご指摘、ご批判を頂けますようにお願いします。自分の悪癖は第三者の目が必要だと信じています。これからも宜しければ、ご拝読下さい。

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やあロビンミッシェルだ。

神判氏、色々考えたが、涙あり、恐怖あり、最後のオチで笑いとエロを同時に掻っ攫うという完成度の高い怪談に、俺のカメ虫レベルの頭脳ではそれを超えるオチは見当たらないようだ…う…すまん!!

何度読み直しても面白い。
また怖いやつを聞かせてくれ!

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ロビンMさん、ありがとうございます。早速のコメント感謝します。ロビンさんのお得意な分野だと思いながら書かせて頂いたのですが、毒の母乳と赤子の代わりに泡を吹き死んだ番頭のちょっしたエロジョークだったのですが、上手く伝わらなかったようです。
ロビンさんならどのようなオチで締めたか、機会があれば、是非お教え下さい。

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やあロビンミッシェルだ。

ふう… 鬼気迫る怨みの恐ろしさに途中で読むのを断念しそうになったよ…うう…

こういう時代物の怪談は好きなのでまたよろしく頼むよ!

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