中編6
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林檎と姫

「ねぇ、林檎の絵を描いて。小さい奴。」

ある日、付き合い始めたばかりの彼女が、そう言った。

彼女とは同じ美大に通っていて、今は僕のアパートに同棲をしている。

彼女は、ポフ、と顔の前で両手を合わせた。

「額に入れて、部屋に飾るから。ね、お願い。」

僕は小さく頷いた。

静物画なら、結構自信がある。

彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「やった!」

ニコニコと微笑みながら、どんな林檎がいいのかを語る彼女。

僕はしみじみと幸せな気分になった。

それから僕は、毎日少しずつ、林檎の絵を描き続けている。

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♪♪♪

彼女はずっと前から、林檎が好きだったのだと言う。

「綺麗だよね。林檎。」

僕がそう言うと、彼女は大きく頷いた後、嬉々として林檎の魅力を語り始める。

香り、味、歴史、逸話・・・。

林檎の事ならば、彼女は何時までも限り無く話せた。

「あ、でも、やっぱり一番の魅力はあの見た目かな。あんな綺麗な赤、他の果物には無いもの!」

彼女の中では、林檎は赤いものと決まっていた。

青林檎は、彼女の中では認められていなかった。

「あの赤に合わせるなら、やっぱり白だよね!」

《林檎の似合う女》を目指して、今日も、彼女は美白美肌に力を注ぐ。

「××君が林檎の絵を描いてくれるんだもの、益々綺麗にならなきゃね!」

彼女は、小さなキャンパスに林檎を描いていく僕を見て、彼女が、にっこりと微笑んだ。

ふわり

彼女から発せられている、甘酸っぱい香りが辺りを包んだ。

林檎に似ていると、僕は思った。

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♪♪♪♪

彼女と出会ったのは、大体三ヶ月程前だっただろうか。真夏の、よく晴れた日だった。

僕は中庭のベンチで昼寝をしていて、其処を彼女に話し掛けられたのだ。

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♪♪♪♪♪

「ねぇねぇ。」

降って来た声に目を開けてみると、其処には一人の女の子が立っていた。

「君、肌、白いねぇ。睫毛も長いし。」

「・・・え?」

「お姫様みたいだね!」

初対面でしかも大の男を捕まえて《お姫様》とか言われてもな・・・。

僕は、どう反応すればいいかも分からずに、ぼんやりと彼女を見た。

これが、彼女とのファーストコンタクトである。

それから、僕等は会う事が多くなり、今の関係に至っている、と言う訳だ。

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♪♪♪♪♪♪

林檎の絵を描きながら思った。

実の所、僕は林檎が好きでは無いのだ。

青林檎はまだ許せる。しかし、赤い林檎はどうしても好きになれない。

理由は一つ。

あの見た目だ。

中が新鮮で瑞瑞しかろうと、腐ってグズグズになっていようと、林檎は何時までも美しく、赤い。

中身がどんな事になっていようと、どんなに崩壊し、壊れきっていようと、その外見は他の正常な物と殆ど変わらない。

それが怖い。怖くて、気持ち悪い。

他の人に言うと、考え過ぎだ、と笑われるので、誰にも言った事は無いのだけれど。

ずっとずっと、怖いままなのだ。今でも。

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僕は苺が好きだ。

理由はやはり見た目である。

美味しさが一目で分かる。

赤くて形がいいのが美味しいのだ。

あれ程に分かりやすい果物が、他にあるだろうか?

熟れ過ぎも一目で分かる。

見た目で全てを把握出来る。

全く便利な果実だ。

味も美味しいし。

幾ら子供っぽいと言われようと、僕は苺が好きなのである。

目の前で形を成していく林檎を見つめながら、僕は小さく溜め息を吐いた。

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♪♪♪♪♪♪♪

描き上がった林檎は、まるで本物の様に艶めき、自分でも驚く程の出来映えだった。

「凄い・・・。××君凄いよ!!」

彼女が目を輝かせながら言った。

「お祝い・・・お祝いしよう!」

「大袈裟だな。祝う程の絵じゃないよ。」

本当は僕も祝いたくなってしまうくらいだったのだけど、謙遜して、わざと、どうでもいい様な感じで答えた。

彼女はぶぅ、と膨れると、少し考える様な素振りをしてから言った。

「じゃあ、アップルパイ!アップルパイ作るね!」

アップルパイは、彼女の一番得意なお菓子だ。

・・・僕はあまり好きでは無いけれど。

「ちょっと、散歩に行って来るから。」

これから部屋中に満ちる林檎の香りを想像して、僕は思わず部屋から出て行った。

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♪♪♪♪♪♪♪♪

僕が部屋に帰ると、部屋の中はすっかり甘い匂いで満たされていた。

しかし・・・・・・・・・。

「この匂い・・・苺?」

僕が独り言の様に呟くと、彼女は嬉しそうに頷いた。

「××君、苺好きだったでしょ?思い出したの。やっぱり、××君の好きな物、食べて貰いたいし・・・。」

少しだけ恥ずかしそうに微笑む。

「・・・ありがとう。」

僕も自分が出来る精一杯の笑顔で、答えた。

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♪♪♪♪♪♪♪♪♪

用意されていたストロベリーパイを食べ終え、二人で紅茶を飲んでいると、しみじみとした口調で彼女が話を始めた。

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「××君。」

「ん?」

「××君、私ね、林檎の話の中でも、特に好きな話があるの。」

僕が彼女の方を見ると、彼女はティースプーンをじっと見つめていた。

その表情は、これ迄見た事の無い程に張り詰めていた。

「白雪姫」

そっと、囁く様にして彼女はそう言った。

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♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

あのね、白雪姫が好きなの。昔から。

白い肌と黒い髪、そして真っ赤な林檎。

凄くよく考えられた話じゃない?

・・・え?

ううん。憧れとは違うかな。

私、白雪姫になりたい訳じゃ無いの。

だって、姫になってしまったら、眠り続ける姫を見る事が出来ないでしょ?

私はね、××君。

真っ赤な林檎と一緒に眠り続けている姫を、見る側になりたいの。

雪の様に白い肌と、真っ赤な林檎。

そして、それを包む透き通ったガラス。

きっと、この世の物とは思えない程に綺麗。

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♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

うっとりとしながら、彼女は語った。

そして、ふと思い出した様な感じで言った。

「ねぇ、××君。」

「何?」

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「白雪姫の王子様がネクロフィリアだった、て話、知ってる?」

「え?」

「ネクロフィリア・・・。日本語だと、死体愛好者とでも、訳すのかな。」

「あ、ああ。・・・王子が、死体同然だった姫を引き取ろうとしたからだろ?」

彼女はコクリと頷いた。

「王子様の気持ち、私、理解出来るよ。」

「・・・ふーん。物騒な話だね。」

「だって、せっかく綺麗なんだもの。動き回られたら迷惑でしょ?ほら、眠ってるならずっと、一番綺麗に見える、角度とかポーズにさせていられるし。白雪姫の場合、腐らなかったのもポイント高いかな。永遠に綺麗なまま。」

茶化してみたも、彼女は少しも笑わなかった。

あくまで真面目至極と言った感じだ。

ふわわわわ

僕の口から、大きな欠伸が出た。

彼女はゆっくりと言った。

「初めて見た時に、確信したの。」

「・・・何を?」

何だか眠たい。

「××君は、お姫様なんだって。」

「・・・・・・・・・ああ。そう言えば。」

欠伸を噛み殺しながら、答えた。

「なのに、何時まで経っても、眠ってくれないから。」

朦朧とする頭。

彼女は、子守唄を唄う様に言う。

「だからもう、自分で眠らせちゃおうかなって。」

「・・・え?」

「本当は、林檎で眠って欲しかったんだけど、××君は林檎が好きじゃ無いでしょ?アップルパイだと、全部食べてくれないんだもの。あ、でもあのストロベリーパイ、林檎も少しだけ入れてるの。結果オーライかな。××君は気付いた?」

重たい瞼。

もう、質問に答える事は出来なかった。

彼女は、そっと、僕の頭に手を伸ばした。

「黒檀の様に黒い髪、雪の様に白い肌。・・・血のように赤い頬は要らないの。林檎があるから。」

彼女の手が、優しく僕の頭を撫でる。

「お姫様に見合う林檎が欲しかったの。」

ゆらゆらと彼女の声が遠退く。

「安心して。腐らせたりなんて、××君を醜くなんて、絶対にさせないからね。」

「ありがとう。お休み。大好きだよ。」

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「××君・・・。いいえ、お姫様。」

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♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

中身がどんな事になっていようと、どんなに崩壊し、壊れきっていようと、その外見は他の正常な物と殆ど変わらない。

・・・いや。違う。

寧ろ、崩壊し、壊れきって、より一層美しく輝き、その艶を増す。

・・・嗚呼。やはり林檎は嫌いだ。

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鼻を擽る甘い香り。

彼女が発しているのか、僕が描き上げた林檎が発しているのか。もう僕には分からない。

これだから林檎は嫌いなのだ。

僕は、静かに目を閉じた。

Concrete
コメント怖い
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絶望さんへ
コメントありがとうございます。

お褒めに預り恐縮です。
宜しかったら次の話も、お付き合い下さい。

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この話良くできていて かなり気に入りました他の人にも聞かせてあげたいですね

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Uniまにゃ~さんへ
コメントありがとうございます。

林檎って、料理の材料としては便利ですけど、好き嫌いが別れる果物でもありますよね。
食感や香りが問題なのでしょうか・・・。
果物に火を通すかどうかも、結構人によって好みは違いますし。

あ、個人的には、桃や梨等の酸味が弱い物か、夏蜜柑や柘榴等の酸味が強い物が好きです。
まぁ、基本は苺を除いて何でも好きですけどね。

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りんご嫌い
果物をわざわざ熱加えるのも、意味わからん

全国のジャム好きのみなさん、アップルパイ大好きさん
ごめんなさい

私は、無理っス

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☆チィズケェキ☆さんへ
コメントありがとうございます。

恐らくそうかと思われます。
この場合、ヤンデレと言えるんでしょうか?

栃木まで!
凄いですね。やっぱりその場で採って食べるのが一番何でしょうね。

今日も、
朝・苺ジャムのトースト
昼・苺寒天
おやつ・苺ジュース
夜・苺ジャムと冷凍苺のヨーグルト
と、怒濤の苺祭でした。
もう嫌だぁぁぁぁ、です。

苺鍋?!苺ご飯?!
・・・フランス料理とかで、フルーツを使ったソースとかを使うそうですが、そう言う事何でしょうか・・・。

や、やれるだけやってみます!

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眠らせて、額に飾ったのでしょうか・・・
林檎も、【オヒメサマ】も。

苺大好きです!例年、12月になるとバスツアーで栃木のとちおとめ狩りに行くんですが、最高で47個しか食べたことないです(。-_-。)
暫く自分が苺臭なんですよσ^_^;

苺いいなー。ジャムとかジュースにして・・・て言っても、ずっと苺は辛いかなー
どこかの料理で苺ご飯や苺鍋があるって聞きましたが・・・

がんばって消化してください(笑)

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荒氏さんへ
コメントありがとうございます。

簡潔に述べさせて頂きますね。

それなwwwwww

次回も良かったら、お付き合い下さい。

返信

苺が悪いのにリンゴのせいにするなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

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