ある精神科病院で実際に起きたと言われる話。
ある晩のこと。深夜の見回りに行っていた看護士が当直室に飛び込んできた。仮眠用のベットで寝ていた医師は、何事かと飛び起きた。
「どうした?」
「先生、大変です!201号室の患者さんがいないんです!部屋の中を隈無く探したんですが、どこにもいなくて……」
201号室には一昨日入院したばかりの若い女性がいた。彼女は長いこと鬱病を患い、7年もの間、実家に引きこもっていた。それを心配した家族により、半ば強制的に入院したのだが……。
「いないとはどういうことだ。部屋の鍵は閉まっていたのか?」
「はい。部屋には外側からしか鍵が開閉出来ないようになっていますし、私が見回りに行った時には確かに閉まっていました。でも、部屋に入ったら誰もいなくて」
「そんな馬鹿な……」
医師は俄かに信じがたい思いに駆られつつ、看護士と共に201号室へと走った。
部屋に入ると、確かに人影は見当たらない。ベットの下やトイレなども探したが、やはり女性の姿はどこにもなかった。
医師はまさかと思いながらも、窓に目を向けた。この病院では、鬱病患者の衝動的な自殺防止のために、窓には鉄格子が嵌めてあるのだ。だから窓の外には出られない筈である。
「まさか……なぁ」
口ではそう言いながらも、医師の脳裏には嫌な予兆めいた何かがあった。肌がざわざわっと粟立ち、唇からは水分が失われていく。
窓に駆け寄った医師は、「ああっ」と短い声を上げた。鉄格子はぐにゃりと飴細工のように曲がりくねり、人が1人どうにか出られるくらいのスペースが出来ていたからだ。
驚きも束の間、医師は階下に目を向ける。
女だ。女が、いた。
それは確かに201号室に入院していた女性だった。
医師は異様な光景に目を疑った。彼女は何故か下半身が地面に埋まっているのである。腰から下は地面に埋まっており、身動きが取れないようだ。
女性はぼんやりとした表情で医師を見上げ、か細い声で、
「おーい……。おーい……」
と、手を振った。その顔は、どこか満ち足りたような穏やかな顔だったという。
医師は慌てて部屋を飛び出し、下半身が地面に埋まってしまった彼女の元へと駆けつけた。
そしてーーー絶句した。
彼女は下半身が地面に埋まっていたのではない。部屋から飛び降りた衝撃により、下半身がグズグズに崩れ、潰れてしまったのだった。
この女性、実は長いこと引きこもりの生活をしていたため、骨が脆くスカスカだった。骨粗鬆症の診断も受けていたのだとか。だからこそ、飛び降りた衝撃で下半身が潰れてしまったらしい。
しかし、健康体の人間であっても、鉄格子をぐにゃりと曲げることは不可能に近い。骨粗鬆症、その上、非力な女性の力ではまず無理である。
ではなぜ、あの女性は鉄格子を曲げることが出来たのかーーーそれは今をもってしても謎である。
作者まめのすけ。-2